8 / 39
悪役令嬢が去ったあと
侯爵家にはお金がない
しおりを挟む
私の部屋ではなく、マリアの部屋。ととのっていて可愛いけれど、どこか寂しい。
「おはようございますマリアお嬢様、レイモンド様をお呼びになりますか?」
唐突に話しかけられて、私は戸惑って周りを見回した。天蓋のない簡素なベッドの向こうに、侍女のキャルが立っている。
「え、なぜ?」
「うなされておいででしたよ、『おにいさま』って」
ハッとして口をふさいだ。それを見てキャルは、私が恥じらったと思ったようだ。
「お嬢様も夏には立派なレディですからね、ここだけの秘密にしておきます」
私は頷く。
「怖い夢だったんですか?」
これには首をふった。あまりはっきり覚えていないけれど、怖くはなかった。
「おにいさまが、皇宮の使用人に暴力を振るう夢でした」
うん、別のおにいさまだけど嘘は言っていないわね。
まあ!とキャルが口を押さえた。
「そんなことが皇后陛下のお耳に入ったら、お嫁の来てが失くなってしまいますわ!」
そう、と私はうなづいた。
「だから、必死に止めようとしてお兄様を呼んだんだわ」
そう話すと、キャルは大きくうなづいた。
「成る程、それは慌てますね…夢でようございました」
キャルのため息を聞きながら私は思った。カーラントベルク侯爵家は、公爵家よりいくぶん使用人との距離が近い。私が知る限り、私の侍女は7人いたけれど私語はほとんどしなかったから、夢について話をすることもなかった。まあ、家によってそれぞれよね。
「お嬢様?」
キャルにたずねられてちょっとごまかし笑いをしながら、着替えをしてもらう。変なお嬢様ですねえー、などと軽口を叩きながらもキャルの手は止まらない。ふと、気になったことをたずねた。
「ねえキャル?うちって侍女は貴方とお母様づきの2人だけ?ほかの使用人は?」
ぴたり、とキャルの動きがとまった。あら、聞いちゃまずかったかしら。
「あとは料理人と侍従兼馬丁がひとりおります……記憶がないのですから、お答えせねばなりませんね」
こほん、とキャルは咳払いし、本来…と話しはじめた。
「侯爵家におかれましては代々、緑の精霊王の加護を頂き、皇帝の筆頭典医を勤めていらっしゃいます。
しかしながら、他の領主様方のような土地などは持っていらっしゃらないうえ、研究熱心なために高価で希少な植物を、高価で希少な温室で育てることに財産の殆どを費やしてきたそうです。それが今日の帝国の高い医療水準をささえているのです。
さらに、旦那様奥様、レイモンド様…そして、もちろんマリア様も貧しい方々への医療の提供に尽力していらっしゃいます。ありがたいことではございますが、このような次第ですので、他の領主様方のようには…収入が…」
成る程、言いたいことはわかった。つまり、この家は帝国に医療を提供するために随分とお金がかかっているので、困窮しているということなのね?
「…わかりました…言いづらい話をさせてごめんなさいね?」
いくら加護があるからといっても、ひとつの貴族に頼りきりだなんて、この国の将来はますます心配だわ……と私は口元を押さえた。その姿がどういう風に見えたのか、
「お嬢様が心配するほどではございませんよ。夏のデビュタントで素敵な方に出会ったとしても、持参金くらい出せるから心配いらないと侯爵様はおっしゃっていましたからね」
キャルがそういって励ましてくれる。そうね、娘の持参金はどの貴族でも大金だもの。
そういえば、お義父さまは持参金をとりかえせたのかしら?かなりの金額だとおもうのだけれど……
「ところでキャル、あなたに手紙をたのめるかしら?」
お金といえば、私にはやらなきゃならないことがあるわ。人が変わっては上手くいくかはわからないけど、待ってるだろうし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼前には学園に挨拶にゆく。マリアは私より1学年下の5年生で、所属はやはりというか魔法薬学専攻らしい。記憶がないのでついて行けるか心配だとレイモンド様に話したところ、今日のところは見学だけすればいい、とついてきて下さることになった。
グレーと白のマントにタイ。タイピンが私のいた政治経済学専攻の青と白ではなくて、鮮やかなグリーンの輝石でできている。生徒のつける輝石はどれも僅かな魔力を帯びていて、悪い精霊から生徒を守るという言い伝えがある。
「これをつけていたら、こんなことにはならなかったのかしら?」
鏡の前でため息をついていると、
「俺は悪い妖精なんかじゃないぞ!」
とミルラが突然降ってきた。あまりのことに驚いて声をあげそうになる。
「……夢じゃなかったのか、って顔してるね。もちろん、こ こ に い る よ」
ぱしぱし、と頬をたたかれてホントに叫びそうになったけれど、両手で口をおさえて我慢した。妖精が見えるなんて他の人に見られたら気が狂ったと思われるわ。
「それより、学校に行くんだろ?楽しみだなあ!」
え?と私は首を傾げた。
「アシュレイ、君はとってもイイコだからさ!君を苛めてた奴らは今頃酷いことになってるぜ!な、俺もついていっていい?」
キラキラした目で頼まれて、お父様お母様のことを思い出す。
『妖精を大切にしなさい』
『彼らを怒らせては駄目だよ』
ハァ、とため息が出た。
「良いわよ…でも、何にもしては駄目よ。まんいち捕まりでもしたら、あなた実験室へ連れて行かれてしまうわ。ちゃんと隠れていてね」
一瞬キョトンとしたミルラは、ヘヘエ、と笑って私のポケットに潜り込んだ。
「アシュレイは優しいな、俺他の人間には見えないのに…心配してくれてありがとうな!」
学校でミルラがなにかしでかさないか心配してるんだけど…まあ、見えないならいいかと私は靴を履き、自分の部屋を出た。
「おはようございますマリアお嬢様、レイモンド様をお呼びになりますか?」
唐突に話しかけられて、私は戸惑って周りを見回した。天蓋のない簡素なベッドの向こうに、侍女のキャルが立っている。
「え、なぜ?」
「うなされておいででしたよ、『おにいさま』って」
ハッとして口をふさいだ。それを見てキャルは、私が恥じらったと思ったようだ。
「お嬢様も夏には立派なレディですからね、ここだけの秘密にしておきます」
私は頷く。
「怖い夢だったんですか?」
これには首をふった。あまりはっきり覚えていないけれど、怖くはなかった。
「おにいさまが、皇宮の使用人に暴力を振るう夢でした」
うん、別のおにいさまだけど嘘は言っていないわね。
まあ!とキャルが口を押さえた。
「そんなことが皇后陛下のお耳に入ったら、お嫁の来てが失くなってしまいますわ!」
そう、と私はうなづいた。
「だから、必死に止めようとしてお兄様を呼んだんだわ」
そう話すと、キャルは大きくうなづいた。
「成る程、それは慌てますね…夢でようございました」
キャルのため息を聞きながら私は思った。カーラントベルク侯爵家は、公爵家よりいくぶん使用人との距離が近い。私が知る限り、私の侍女は7人いたけれど私語はほとんどしなかったから、夢について話をすることもなかった。まあ、家によってそれぞれよね。
「お嬢様?」
キャルにたずねられてちょっとごまかし笑いをしながら、着替えをしてもらう。変なお嬢様ですねえー、などと軽口を叩きながらもキャルの手は止まらない。ふと、気になったことをたずねた。
「ねえキャル?うちって侍女は貴方とお母様づきの2人だけ?ほかの使用人は?」
ぴたり、とキャルの動きがとまった。あら、聞いちゃまずかったかしら。
「あとは料理人と侍従兼馬丁がひとりおります……記憶がないのですから、お答えせねばなりませんね」
こほん、とキャルは咳払いし、本来…と話しはじめた。
「侯爵家におかれましては代々、緑の精霊王の加護を頂き、皇帝の筆頭典医を勤めていらっしゃいます。
しかしながら、他の領主様方のような土地などは持っていらっしゃらないうえ、研究熱心なために高価で希少な植物を、高価で希少な温室で育てることに財産の殆どを費やしてきたそうです。それが今日の帝国の高い医療水準をささえているのです。
さらに、旦那様奥様、レイモンド様…そして、もちろんマリア様も貧しい方々への医療の提供に尽力していらっしゃいます。ありがたいことではございますが、このような次第ですので、他の領主様方のようには…収入が…」
成る程、言いたいことはわかった。つまり、この家は帝国に医療を提供するために随分とお金がかかっているので、困窮しているということなのね?
「…わかりました…言いづらい話をさせてごめんなさいね?」
いくら加護があるからといっても、ひとつの貴族に頼りきりだなんて、この国の将来はますます心配だわ……と私は口元を押さえた。その姿がどういう風に見えたのか、
「お嬢様が心配するほどではございませんよ。夏のデビュタントで素敵な方に出会ったとしても、持参金くらい出せるから心配いらないと侯爵様はおっしゃっていましたからね」
キャルがそういって励ましてくれる。そうね、娘の持参金はどの貴族でも大金だもの。
そういえば、お義父さまは持参金をとりかえせたのかしら?かなりの金額だとおもうのだけれど……
「ところでキャル、あなたに手紙をたのめるかしら?」
お金といえば、私にはやらなきゃならないことがあるわ。人が変わっては上手くいくかはわからないけど、待ってるだろうし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昼前には学園に挨拶にゆく。マリアは私より1学年下の5年生で、所属はやはりというか魔法薬学専攻らしい。記憶がないのでついて行けるか心配だとレイモンド様に話したところ、今日のところは見学だけすればいい、とついてきて下さることになった。
グレーと白のマントにタイ。タイピンが私のいた政治経済学専攻の青と白ではなくて、鮮やかなグリーンの輝石でできている。生徒のつける輝石はどれも僅かな魔力を帯びていて、悪い精霊から生徒を守るという言い伝えがある。
「これをつけていたら、こんなことにはならなかったのかしら?」
鏡の前でため息をついていると、
「俺は悪い妖精なんかじゃないぞ!」
とミルラが突然降ってきた。あまりのことに驚いて声をあげそうになる。
「……夢じゃなかったのか、って顔してるね。もちろん、こ こ に い る よ」
ぱしぱし、と頬をたたかれてホントに叫びそうになったけれど、両手で口をおさえて我慢した。妖精が見えるなんて他の人に見られたら気が狂ったと思われるわ。
「それより、学校に行くんだろ?楽しみだなあ!」
え?と私は首を傾げた。
「アシュレイ、君はとってもイイコだからさ!君を苛めてた奴らは今頃酷いことになってるぜ!な、俺もついていっていい?」
キラキラした目で頼まれて、お父様お母様のことを思い出す。
『妖精を大切にしなさい』
『彼らを怒らせては駄目だよ』
ハァ、とため息が出た。
「良いわよ…でも、何にもしては駄目よ。まんいち捕まりでもしたら、あなた実験室へ連れて行かれてしまうわ。ちゃんと隠れていてね」
一瞬キョトンとしたミルラは、ヘヘエ、と笑って私のポケットに潜り込んだ。
「アシュレイは優しいな、俺他の人間には見えないのに…心配してくれてありがとうな!」
学校でミルラがなにかしでかさないか心配してるんだけど…まあ、見えないならいいかと私は靴を履き、自分の部屋を出た。
734
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる