どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや

文字の大きさ
26 / 39
令嬢は甦る

バロウズの迷宮

しおりを挟む
季節ではないはずの薔薇の迷宮。むせ返るような、強い薔薇の芳香。方向感覚を失わせるような、どこまでも同じ平らな芝の地面。夕暮れ時だったはずなのに、青い空には雲ひとつなく、しかし太陽もみえない。時間の感覚さえおかしくなってしまいそうだわ。

普通の迷宮ではなく、バロウズのつくった異世界…まさか、ここへ閉じ込めて飢えさせて、私が泣きつくのを待つつもり?私は唇を噛み、あたりを何度も見回した。でも、出口の手がかりになりそうなものはない。

「落ち着いて、アシュレイ嬢。なにか策があるはずだから」
レイモンド様が、芝にすわって言った。着ていた上着を地面にしき、私に座るよう促してくる。
「一緒に考えよう」
手を差しのべられて、私はその手をとった。見た目よりしっかりした、骨ばった男の人の手。でも、その手が冷や汗ですこしだけひんやりしているのに気づいてしまった。
「レイモンド様…大丈夫、かならず出られますよ」
私に言われて、レイモンド様は赤くなった。
「すみません、情けない奴とお思いでしょう…あなたの義兄あに上なら、こんなときもっと頼りになるのでしょうが」
どうかしら?と私は思う。
「怒り狂ってそのあたりの薔薇をなぎ倒しそうではありますけど。この迷宮でそんなことをして、タダで済むとはおもえないわ」
青筋をたてて暴れまわるお義兄様を思い浮かべて、クスッと笑ってしまう。そういえばミルラのことも、私とマリアを入れ換えた、とかで見えもしないのに睨み付けてたわね。まあ、無理だったけれど。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらくの休憩のあと、私たちは出口を求めて少し歩いた。その間に、レイモンド様に経緯を説明する。
「…そうか、殿下と一緒にいたお嬢さんは人間ではなかったのか。それは怖い思いをしましたね…1人でよく、がんばったんですね」
優しく言われたときには、本当に泣きそうになった。以前なら優しく頭も撫でてもらえたかもしれないけれど、妹でないとわかった今は、いわゆる社交的に問題ない距離までしか、近づいてこない。それを寂しく思うのは、レイモンド様をお兄様として慕っているからかしら?

気を逸らそう顔をあげると、生け垣の白いつるバラが目にはいった。そういえばミルラはずっとうちの庭のつるバラの茂みでねむっていたわね。

「…!そうだ、これがつかえるかもしれません!」
ミルラをおもいだしたところで、私はバッグに入っていたミルラの革袋を取り出した。あの日、ミルラに手渡されたものだ。中にはミルラの鱗粉が入っている。

人間の世界では、幻覚を見せる位しかできないといっていた妖精ミルラの鱗粉。だけど、ここではなにか変わるかもしれない。
「…これ、沈薬?」
鱗粉の香りを嗅いだレイモンド様が、つぶやいた。
「気付けの香か、ここが本当に幻なら、もどれるかもしれない」
そういって、煙草の巻き紙を取り出して鱗粉をすこしだけ紙に巻き、火をつけた。いつも優しげなレイモンド様が、紙巻きたばこの巻き方を知っていることにすこしだけ戸惑う。レイモンド様がまた少し、遠くに感じる。

ゆっくりと、煙がそらへとのぼってゆく。からいような、甘いような、花の咲く茂みにいるときのような、優しい薫りがする。
「《アシュレイ!こっちだ!》」
どこからかミルラの声がして、私はレイモンド様の手をひいて歩きだした。
「……なにか、みえたの?」
レイモンド様に尋ねられてうなづいた。
「声がきこえたんです」
レイモンド様は、そう、と頷いてそれ以上なにも言わずについてきてくれた。

「《まっすぐ、まっすぐだよ、あと少しだ》」
ミルラの声に導かれて、私は進む。やがて、暗闇にむこうが見えない薔薇のアーチが見えてきた。
「……暗くてなにも、見えないわ」
私が足を止めると、レイモンド様が私のそばへ立った。アーチのむこうは真っ暗で、足元さえみえない。もし、バロウズの罠だったら…暗い海や崖に二人で落ちるかもしれないわ。

「アシュレイ嬢?」
レイモンド様はこんなときでも優しい声をしている。どうしよう、もし罠なら、私のせいでレイモンド様が命をうしなうことになるの?そんな、恐ろしい…
「行こう、アシュレイ嬢。行ってみるしかないよ」
繋いでいた手をひかれて、アーチをくぐった。

◇◇◇◇◇◇◇

ごうっ、とまた強い風が吹いて、レイモンド様の持っていた火のついたミルラの鱗粉が空へと運ばれていく…いえ、ちがうわね。あれは夜空の、星?

「やあこんばんは、レイモンド君。それから…カーラントベルク令嬢だね?」

聞き覚えのある声に驚いて上を向いていた顔を戻すと、お義父様がつるバラの茂みの側に立っていた。
「あれ?ここ、は…」
レイモンド様も訳がわからないという風にキョロキョロしている。

何故私たちはキンバリーの屋敷の庭に出たんだろう?というか、どれくらい時間がたっているの?
「アシュレイとテオドアなら先程家に戻ったところだが、会っていくかい?」
お義父様は不思議そうにはなしかけてくる。お義父様は私とマリアの入れ替わりをご存知ではないのかしら?お義兄様が全部話したとおもっていたのだけれど。

「いえ、二人とは先ほどまで一緒にいたんです。帰ろうとしてどこをどう間違えたのか…すみません、お休みのところ。…ああ、つるバラの手入れですか?」
レイモンド様が上手く取り繕うと、お義父様は目をほそめた。
「これは亡くなった奥方様が大切にしていた薔薇なんだ。アシュレイが面倒をみていたんだが、最近は色々あっただろう?」
持っていた鋏を見せて話しているお義父様は、とても数日前に騎士団宿舎に乗り込んでひと暴れした人物には見えない。

「カーラントベルク侯爵家のおかげで娘は随分と元気になった。本当に感謝している」
鋏をおき、お義父様は私たちのほうへむきなおった。
「お嬢様をとても大切になさっているんですね」
レイモンド様がちらりと私のほうをみた。大丈夫、ちゃんと聞いてますわ。ちょっと気恥ずかしいけど。

けれど、お義父様の顔色は冴えない。
「いや…どうだろうか?亡くなった公爵閣下の命を承けて、たかが男爵だった私はなんとかこのキンバリー家を保つことだけを考えてきた。奥方様が亡くなったあと、遺された姫を臣としてお支えしてきたつもりが、あのような愚にもつかぬ皇子にめあわせようとするとは。…最近はもはや少しも寄り付かせては貰えなくなってしまった。それもこれも、私の不徳のいたすところだ」

一気に話したあと、深いため息をついて煌々と明かりの灯る屋敷を見る。
「きっと」
私は思わず、声をあげた。カーラントベルク家のマリアなら、何も言わず立ち去るはず。でも、お義父様をこのままにしては行けないわ。
「きっと、アシュレイ様は寂しかったと思いますわ。臣としての支えより、義理とはいえお父様としての愛情を欲していたのではありませんか?」
呪いのせいで、それを表すのはきっと無理だったでしょうけど、だからこれはただのわがままね。お義父様に、面と向かっては一度も言えなかったわがままを、マリアの姿を借りて言うなんて。私なんて悪い娘なんだろう。

「貴方にとってキンバリーの後継者でしかなかったんですか?アシュレイ様は」
「まさか!あれほど美しく、聡明で、清らかで、愛らしい娘はいない。あの子が幸せになれるなら、私はなんだってするさ」
そうですか、とレイモンド様がうなづいたのは、私が涙ぐんでいるのに気づいてお義父様の視線を逸らすためだったのだと思う。

「いまからでも遅くはありませんわ。正直な胸のうちを話し合うべきなのです」
私が涙をぬぐって話しかけると、そうか、そうだな、とお義父様は頷いた。
「ありがとうカーラントベルク令嬢。アシュレイは良い友人をもった」
鋏を拾い上げ、お義父様は私達に頭を下げた。そうして私達も今度こそ、帰路についたのだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうしてお義父様を焚き付けた翌日の放課後、私はお義兄様と二人で庭に出て昨晩の話をしていた。

「やっぱり門はとじていますね」
私がアーチを見上げると、お義兄様も同じようにアーチを見上げる。
「そうか。もし開いていたとしても1人では中には入らないようにな…お前は時々無謀だから」
そう言ってちらりと私をみおろした。どこか痛そうな顔に、また例の頭痛かしら?と心配になる。

ちょうど私のところからだと、長い睫毛が目にかかるのが見える位置だった。濡れ羽色の長い睫毛が深い紺碧の瞳にかかって素敵だわ。やっぱりお義兄様は、怖いことさえ言わなければ本当に顔がいい。
いつまでも見ていられるわ…。

じっくり観察していると、コホン、と咳払いをしてお義兄様がはなれた。いやだ、私ったら男性の顔をしげしげ眺めるだなんて。あわてて庭のほうへ目をうつした。懐かしい、お母様と手入れしたキンバリー邸の庭だった。

「アシュレイ、皇宮に行くまえに、お前にきいておきたいことがある」

お義兄さまが、がちゃ、と宝剣をならして私にむきなおった。



        
しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

婚約破棄はハニートラップと共に

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、平民の血を引いた子爵令嬢を連れた王太子が婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を宣言した! さて、この婚約破棄の裏側は……。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

処理中です...