どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや

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終幕

ミルラと帰路

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困り果てて私がバロウの株のそばに腰かけていると、むこうから二人の男性がかけてくるのが見えた。あらマリア、いま、どうしてちょっと舌打ちを?

けど、お義兄様たちがきてくださってよかったわ。
「お義兄様、こちらですわ!」
「大丈夫か、怪我は?」
駆け寄ってくるので、微笑んでうなづいた。
「すまない、ここへついた途端マリア嬢がとてつもない早さで駆け出して、見失ってしまった」
まあ、と私は口元をおおった。迷宮で迷子にならなくてよかったわ。
「お姉様の危機を感じました!」
マリア、何だか本当に子犬のようね。

「バロウズはアシュレイお姉様と私が倒したんですよ」
じゃん、とマリアがオダマキのほうを指差し、レイモンド様がおお、と感嘆の声をあげた。
「でも、ミルラの鱗粉を使いきってしまったのですわ」
私が言うと、マリアが
「お兄様のダガーではどうかしら?あれで迷宮のどこかを引き裂いたら?」
ううん、と私は首をかしげた。あれは生きているミュシャの牢獄のなかだったからできたことで、別の世界に繋がってる薔薇の迷宮とは、ちがうかも。

「いや、ここへ来るのに手間取ったのは、あのダガーが壊れたからなんだ」
レイモンド様がダガーを胸元から取り出した。部品部品は無事なのに、まるで分解したみたいにバラバラになっている。
「バロウズの加護を失ったからか…」
お義兄様はその欠片をパズルのように組み直す。でも、もちあげようとするとまた、バラバラに外れてしまった。

「困ったわね…」
私達はバラバラになったダガーを見下ろして、無言になった。これは、とても絶望的なのでは?

「アシュレイ、俺が手伝ってやろうか?」
私の肩に誰かが手をおいた。それは、なくした筈の懐かしい声だった。

◇◇◇◇◇◇◇

振り向いた私たちのまえに立っていたのは、すらりと長身の若い男性。神官のように立ち襟で淡い緑の縁取りとベルトのある、足首のあたりまでの長い裾の服。でも、帝国の神官のような長い髪ではなく、短かくて琥珀色の髪。

オレンジ色の、いたずらっぽいきらきらした瞳。

「ミルラ?」
えへへへへ、と彼は両手を拡げた。私はそこへ飛び込む。ぎゅっ、と暖かい腕が私を抱き返してくれた。
「色が違うわ!服も!」
「他にも色々違うと思うんだけど」
ミルラはやさしく私の肩を撫でた。
「嬉しいわミルラ、よかった、無事なのね?」
ミルラは頬をかいて
「うん、無事。アシュレイがしんぞうを取り戻して、木に戻してくれたからさ!」
半身後ろに下がったミルラが、木を指差す。ミルラの木は確かに傷ついて焦げていたけれど、あちこちに小さな緑の芽をふいていた。

心配したのよ、とか、びっくりさせないで、とか、言いたいことは沢山あった。けど、なにも出てこずにぎゅうぎゅうとミルラに回した腕にちからを込める。
「いてててて、アシュレイ、いたい!強い!折れるよ!あと、すげえ睨まれてる!」
そう叫んでミルラは私から離れた。睨まれてる?振り返ると、マリアとレイモンド様は何故また木の枝をもってるのかしら?お義兄様も、剣を構えているし…バロウズはもう居ないのに?ああ、そうか。


「これはミルラ、私の妖精さんよ。いつも一緒だったけど、会うのははじめてよね?」
ほう、と声を出したのはやはりお義兄様だった。
がずいぶんお世話になったようだが、貴方が例の妖精とはね。もっと虫のようなものかと思っていたが」
えええ?とミルラは首をすくめた。
「アシュレイ、怖い!」
「お義兄さま、怖がらせてはだめですわ!」
私はあわててミルラを背中に隠した。けど、なんともいえないこの殺伐とした空気。どうしよう…

「あ、ねえ。ミルラはフィヨールトからの出口を知ってるのよね?」
ミルラを見上げると、上目遣いにうん、と頷いてトコトコと私の背中から出てきた。
「いいよ、案内してやるよ。ああ、うーんと、そうだ、これも治してやらないとね」

地面に置かれていた、ダガーを簡単に組み直し、ふうーっと息を吹き掛けて汚れをおとした。あら?息をふきかけたとき、オレンジに光った…かしら?

レイモンド様に渡すとき、ミルラがレイモンド様の耳元で何か言った。

「《けして無下にあつかうな。カーラントベルクの博識の源だ》」

小声だからか私には全く聞こえなかった。レイモンド様はハトが豆鉄砲を食らったみたいな表情で、ミルラを見ている。

「どうしたの?」
私の質問にミルラは、ううん、とまた首をふった。
「もう落っことして壊したら駄目だって言っただけ」
そうなのね。ミルラが簡単に直したから、レイモンド様は驚いたわよね。

「さ、ここから出ようぜ!俺もキンバリーの庭に置いてきた仲間を迎えに行かなきゃなんないんだ!」
仲間?と首をかしげてから、そういえば庭には沢山妖精がいるとお母様が言っていたのを思い出した。
私には見えないけれど、いるのだと。

「残念ね、ようやく公爵邸に帰れるのに、結局あなたのお友達の妖精は見えないんだわ」
ミルラと並んで歩きながら、私が言うと、
「またフィヨールトに遊びに来たらいいよ!アシュレイなら皆大歓迎だからさ!」
とミルラが言う。
「バロウズがいなくなって、みんな戻ってくるから、アシュレイのこと伝えておくよ。俺の命の恩人だもの」
ミルラは私に微笑んだ。わあ、すごい。フィヨールトでは妖精って笑うとなんていうか、お日様が差したみたいになるのね。回りがキラキラ光っているわ。後光がさしてるみたい!

「義妹を唆そうとしないでもらいたい」
がし、と両肩を掴まれて引き戻された。
「ヒヒヒ、怒られちゃったな」
とミルラは笑い、先にたって機嫌よく鼻歌を歌いはじめる。陽気なところはいつも通りね。レイモンド様とマリアを振り返ると、レイモンド様は何故かダガーを見ながら歩いていて、あまりにつまづくのでマリアに叱られているところだった。
「ちゃんと前を向いて歩いて下さい!」
あらあら、と微笑ましく思っていると、自分もバラの根元に足をひっかけてしまった。

「アシュレイ」
さっと腰を支えられてひらりと地面におろされた。
それから、いつものようにエスコートしてくれる。

お義兄様ってかっこよくなくなる時があるのかしら?見た目というより、多分もう、お義兄様の生き様そのものがカッコいいのかもしれない。ちらちら横顔を見ていると、
「ここは足元がよくない。しっかり前を見ていなさい」
と叱られた。うう、怖い顔しなければもっといいのに。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
帰りついたのは、深夜に近い時間だったけれど、公爵邸には明々と火が焚かれ、皆庭に出てざわざわと騒いでいた。
「アシュレイ!テオドア!」
甲冑姿のお義父様が、がちゃがちゃと兵を引き連れてこちらへ走ってきた。
「無事か!?敵は、敵はどうした」
「アシュレイが討ち取りました」
お義兄様の一言で、ほうー、とお義父様はからだの力を抜いた。
「ほら、ね、公爵。だから私が言っただろ?あんたの子供たちを信じろって」
第二皇子がぶらぶらとこっちに寄ってきて、お義父様の肩に手をおいた。

その手をお義父さまが振り払い、
「信じられないのは皇宮の、おまえのような輩だ。得体の知れぬ魔術師など連れ込んで」
お義父様に思いっきり睨まれて、うええ、と第二皇子殿下はお義兄様の後ろに隠れる。
「テオドア卿、私の護衛騎士だろう?かばえよ」
お義兄様は命令に従うことにしたのか、単に疲れて面倒なのか、盾にされたまま何とも言わない。

「あれ?騎士の後ろのやつ」
ミルラが目を凝らすようにした。
「お義兄様のうしろ?ああ…第二皇子殿下?」
ううーん、とミルラが首をかしげる。
「俺、あの人見たことあるんだよ」
え、と私がミルラを見上げ、ミルラがまたお義兄様の背後に隠れた殿下を指差す。
「あ!おもいだし…」
「我々はこれでお暇しようかな!な、皆!もう遅いし、帰る!キンバリー卿も疲れただろう!今日は宮に戻らなくていいからな!」
突然、逃げるように殿下は帰っていった。え、なんなの?あの人なにしに来たのかしら?魔術師だけ貸してくれたらよかったのに…。

私が呟くともなくいうと、
「お前のことを心配して来たんだろう。この国で、はじめてできた友達だと思っていたそうだからな」
お義兄様がふふ、と笑って屋敷のほうへ歩きながら言った。
「お義兄様?ではやはり私は殿下とどこかでお会いしているのですね?」
さあなあ、といいながら、明るい窓を背にして、お義兄様は私を振り返った。
「また明日な、アシュレイ」
逆光でもかっこいいとか、一体お義兄様ってなんなのかしら?あ、おやすみなさいをいい忘れてしまったわ。

「ミルラ、きれいなものの精霊っているのかしら?」
はあ?とミルラは首をかしげる。
「いや、知らないけど」
そうよね、と私が苦笑いしていると、マリアとレイモンド様も階段を上がってきた。
マリアは私に飛び付き、ぎゅっと力を込めて手を握った。
「私、今日はちょっと眠れそうにありません!」
そうね、私もそうだわ。変な夢を見そう…
「だってお姉様に!お友達と言っていただいたし!手も繋ぎました!」
……ああ、そういう、のね。
「またお会いしましょうねマリア」
ハイ!と元気に頷いて、そんな体型でもないのにのしのしといった感じで歩いて行く。足が痛いのかしら?

レイモンド様はというと、なぜかミルラをじいっと見上げていたかと思うと、深々と礼を取った。
「レイモンド様?」
私は不思議におもったけれど、こちらに来たレイモンド様にぽん、と頭を撫でられてとても嬉しくなってしまった。それはマリアだった時に、心配ないよ、とかそんな意味でしてもらっていた仕草だ。

「また遊びにくるよ」
嬉しい、と私が笑うとミルラも
「そうか、じゃあ俺も来るね」
と笑う。ん?なぜ?まあ、いいか。
「ミルラは食べ散らかさないと約束するなら、お茶会にまぜてさしあげるわ」
ええ、とミルラは顔をしかめてから、じゃあやっぱり一人で来よう、等と言っていた。

皆が行ってしまうと、ミルラも私から離れて庭のほうへ戻って行く。庭にはまだ警戒しているお義父さまと屋敷の皆がいたけれど、ミルラがなにかひとことふたこと交わしただけで、あわあわと皆ミルラに頭を下げている。なにかしら?

やがてふわりとミルラの体が宙にういて、きらきらしたあたたかな光がかけらみたいに降り注いだ。それに呼応するように、あちこちの花の茂みから色とりどりの小さな灯りがとびだしてきた。これは見覚えがある。妖精だわ。
いまは灯りの点にしかみえないけれど、すぐにわかった。あれがミルラの言っていたお友達ね。

妖精たちはミルラを取り囲むようにして、螺旋を描いてから夜空へととんでゆく。やがて全ての灯りが飛び去ると、ミルラも大きな翼を広げ、夜空へと舞い上がってゆく。

「おやすみなさい、ミルラ。また明日ね」

私は空へと手を振った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

突然はじまった入れ替わり生活に、とまどうこともあったけれど、今となっては沢山友達もできたし、お義兄様やお義父さまとも今までよりずっと仲良くなれたとおもう。

学生時代は酷いものになっちゃったけれど、最後だけはいい思い出をつくれたわ。学長がどうなったのか、わからないのは残念だけれど。

「お茶会にはリズも呼んであげなきゃ…招待客のリストを作って…ジェレミーに一番いい紅茶を注文しなくちゃね…あと、お義兄様にはカモミールティ。はちみつと…お菓子は…」
思ったより忙しい日々が、また明日からも続きそうだわ、と私がペンの後ろを咥えているとナンシーが入ってきた。

「お嬢様、おかえりなさいませ。今日はミルクはどうしましょうか?」
ん?ああ、そうか!
「ただいまナンシー。ありがとう、いつも通りお願いするわ。角砂糖もわすれないでね」

ねぐらにしていたバラの茂みはないけれど、いたずらな妖精が、飲みにくるかもしれないもの。

窓のそとには夜の帳。
月と、妖精の時間になっていた。




          「どうも、死んだはずの悪役令嬢です」
                                               おわり
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