36 / 39
番外
冬の午後には、お茶会を
しおりを挟む
義妹であり、主家の姫。生涯をかけて守るべき、麗しき宝玉。手を触れてはならぬ、と決めてからはや数年。しかし、ここのところテオドアの固い決心を揺るがすようなことが、様々と起きてきている。
すなわち、
「お義兄様、今日はお時間を作ってくださってありがとうございます」
と、アシュレイが精緻な柄の施された美しいティーポットをかたむけて、甘い香りのするハーブティを注いでくれたり、二人きりひと気のない…わけではないが、冬の日の差すテラスで向かい合っていたりすることだ。
「いや、礼をいわれるほどのことでは」
できるかぎり優しく、と目をほそめて頷くと、アシュレイの笑顔が微笑みかえしてきた。
「このところずっとお疲れのご様子でしたのに、私は留守にしていて」
留守というのか?とテオドアは心の中で呟く。
「それより体は大丈夫なのか?無理をするな」
それを聞いたアシュレイは、椅子をひいてテオドアの前に座った。
「お義兄様も、やさしいわ」
も?とテオドアが首をかしげると、アシュレイは、自分のティーカップをもちあげて笑った。
「カーラントベルクにいた時、レイモンド様がマリアをとっても大事にしてらして。ちょっと羨ましかったので」
「……アシュレイ」
この家にバロウズがかけた呪いは燃え尽き、家族は笑顔と思いやりを取り戻した。けれど、幼かったアシュレイの心の傷は、それでは癒えないのだろうか、とテオドアはうつむく。
「すまない、寂しい思いをさせて」
「そんな、お義兄様はわるくないですわ!それに悪いやつは私が!このアシュレイ・キンバリーがやっつけました!もう心配いりませんよ…ね?」
ふふ、とテオドアは笑う。そうだな、と手をさしのべると、喜色満面いった風に握手された。
「お義兄様はとても素敵なので、その笑顔でしたらすぐにどこの令嬢でもお嫁さんにきてくださいますわ!」
テオドアの顔をこう褒めるのは、アシュレイくらいなのだ。父よりは母似だといわれたことがあるが、アシュレイのそばで睨みをきかすことが多いテオドアは、老若男女問わず怖いとしか言われたことはない。
「私のことはいいんだ、アシュレイ…」
そのまま手をとって、できたらこの気持ちを受け入れてもらえたらどんなにいいだろうか、と考える。
「あら、お義兄様に良い人がいないうちは、私だって結婚しないわ。できたらお義兄様みたいなかたと、今度こそ好きあって…おかしいかしら?」
うぐ、と喉からおかしな声が出た。飲み込みかけていた茶菓子が詰まり、助けをもとめてハーブティを口にいれた。
「お義兄さま!それはお茶にいれる蜂蜜です!」
ぐふっ、と口を押さえ、なんとか飲み込む。もはや息も絶え絶えなテオドアに、アシュレイはハーブティを差し出した。
「大丈夫ですか?カーラントベルク医師に連絡をしますか?」
いいや、とお茶で落ち着きをとりもどしたテオドアは首をふり立ち上がった。カーラントベルク医師ではなく、息子が来たりしたら面倒だ、と考えたからだ。
「大丈夫、こんなことで医師だなんて、必要ない」
そう?と顔を覗き込むためにアシュレイはたちあがる。その腕をとり、くるりと向きを変えさせた。
「それより、新しく植えたエニシダの様子でも見に行くか?」
そうですわね、とアシュレイが頷こうとしたとき、
「アシュレイお姉様!」
二人の背後から、客人の声がかかった。テラスの窓から手を振る女性がいる。
「あら、マリアだわ」
さっとテオドアの手をはなれ、アシュレイは来た道を戻ってゆく。
マリアをエスコートしているのは、いつも通りレイモンドだろう。テオドアはため息をついて、ちょっと立ち止まった。二人の到着を知らせるように、冬の庭に、春のような風が吹いてきた。
「なるほど、精霊の加護か」
なんとなく、アシュレイの友人であり、ちょくちょく菓子だの牛乳だのをせびりに来るあの妖精を思い出したテオドアは、いや、あいつはただの悪ガキか、とため息をついた。
「お義兄様!マリアからお菓子をいただきましたわ、チェリーパイですって!」
満面の笑みで跳び跳ねるようにテラスから顔を覗かせてこちらを見ているアシュレイに、再び笑みが零れる。アシュレイが幸せであること、それがテオドアの幸せなのだ。
優しい冬の午後、冬枯れた庭にアシュレイとテオドアの足跡だけが、行きつ戻りつダンスのように弧を描いていた。
すなわち、
「お義兄様、今日はお時間を作ってくださってありがとうございます」
と、アシュレイが精緻な柄の施された美しいティーポットをかたむけて、甘い香りのするハーブティを注いでくれたり、二人きりひと気のない…わけではないが、冬の日の差すテラスで向かい合っていたりすることだ。
「いや、礼をいわれるほどのことでは」
できるかぎり優しく、と目をほそめて頷くと、アシュレイの笑顔が微笑みかえしてきた。
「このところずっとお疲れのご様子でしたのに、私は留守にしていて」
留守というのか?とテオドアは心の中で呟く。
「それより体は大丈夫なのか?無理をするな」
それを聞いたアシュレイは、椅子をひいてテオドアの前に座った。
「お義兄様も、やさしいわ」
も?とテオドアが首をかしげると、アシュレイは、自分のティーカップをもちあげて笑った。
「カーラントベルクにいた時、レイモンド様がマリアをとっても大事にしてらして。ちょっと羨ましかったので」
「……アシュレイ」
この家にバロウズがかけた呪いは燃え尽き、家族は笑顔と思いやりを取り戻した。けれど、幼かったアシュレイの心の傷は、それでは癒えないのだろうか、とテオドアはうつむく。
「すまない、寂しい思いをさせて」
「そんな、お義兄様はわるくないですわ!それに悪いやつは私が!このアシュレイ・キンバリーがやっつけました!もう心配いりませんよ…ね?」
ふふ、とテオドアは笑う。そうだな、と手をさしのべると、喜色満面いった風に握手された。
「お義兄様はとても素敵なので、その笑顔でしたらすぐにどこの令嬢でもお嫁さんにきてくださいますわ!」
テオドアの顔をこう褒めるのは、アシュレイくらいなのだ。父よりは母似だといわれたことがあるが、アシュレイのそばで睨みをきかすことが多いテオドアは、老若男女問わず怖いとしか言われたことはない。
「私のことはいいんだ、アシュレイ…」
そのまま手をとって、できたらこの気持ちを受け入れてもらえたらどんなにいいだろうか、と考える。
「あら、お義兄様に良い人がいないうちは、私だって結婚しないわ。できたらお義兄様みたいなかたと、今度こそ好きあって…おかしいかしら?」
うぐ、と喉からおかしな声が出た。飲み込みかけていた茶菓子が詰まり、助けをもとめてハーブティを口にいれた。
「お義兄さま!それはお茶にいれる蜂蜜です!」
ぐふっ、と口を押さえ、なんとか飲み込む。もはや息も絶え絶えなテオドアに、アシュレイはハーブティを差し出した。
「大丈夫ですか?カーラントベルク医師に連絡をしますか?」
いいや、とお茶で落ち着きをとりもどしたテオドアは首をふり立ち上がった。カーラントベルク医師ではなく、息子が来たりしたら面倒だ、と考えたからだ。
「大丈夫、こんなことで医師だなんて、必要ない」
そう?と顔を覗き込むためにアシュレイはたちあがる。その腕をとり、くるりと向きを変えさせた。
「それより、新しく植えたエニシダの様子でも見に行くか?」
そうですわね、とアシュレイが頷こうとしたとき、
「アシュレイお姉様!」
二人の背後から、客人の声がかかった。テラスの窓から手を振る女性がいる。
「あら、マリアだわ」
さっとテオドアの手をはなれ、アシュレイは来た道を戻ってゆく。
マリアをエスコートしているのは、いつも通りレイモンドだろう。テオドアはため息をついて、ちょっと立ち止まった。二人の到着を知らせるように、冬の庭に、春のような風が吹いてきた。
「なるほど、精霊の加護か」
なんとなく、アシュレイの友人であり、ちょくちょく菓子だの牛乳だのをせびりに来るあの妖精を思い出したテオドアは、いや、あいつはただの悪ガキか、とため息をついた。
「お義兄様!マリアからお菓子をいただきましたわ、チェリーパイですって!」
満面の笑みで跳び跳ねるようにテラスから顔を覗かせてこちらを見ているアシュレイに、再び笑みが零れる。アシュレイが幸せであること、それがテオドアの幸せなのだ。
優しい冬の午後、冬枯れた庭にアシュレイとテオドアの足跡だけが、行きつ戻りつダンスのように弧を描いていた。
480
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる