やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや

文字の大きさ
12 / 60
レイノルズの悪魔 南領へ行く

南領の公爵令嬢

しおりを挟む
9歳の夏、私はクロードさまに出会った。
優しく、紳士的で、おとなびたクロードさまに私はたちまち夢中になり、何通もの手紙をかき、建国記念の日には一緒に花火を見た。しかし、クロードさまは私が側にいることどころか花火にさえ興味がなく、どこかにいるという【天使】の話をしていた。
その【天使】は、森の奥深くにある美しい館に隠れ住んで、いつか来る王子を待っていて、雌鹿や小鳥や、子馬を友達として暮らしているそうだ。クロードさまはいつか冒険の旅をして、悪魔を打ち倒し、その【天使】を助け出すのだそうだ。
「いつか冒険の旅にでるときには、私も連れていってくださいね」
そう言うと、クロードさまは此方を見もせずに
「君は連れて行かない」
ぴしゃりと冷たく撥ね付けられた。その言い方はクロードさまらしくなく、けれど、今思えばあのときの姿は、ほんの一瞬だけ私にみせた、彼の本心だったのかもしれない。

馬車のなかでいつの間にか眠っていた。
「お嬢さん、ついたみたい。これ、荷物、もって降りろってさ」
トリスに揺すり起こされて、荷物を投げ渡され、今自分がどこにいるのかをやっと思い出した。
さっきまで見ていたのは、ただの夢ではなく紛れもない9歳の夏の私の記憶だ。
19の私、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードに婚約を破棄され、かわりに婚約者となったレミ・クララベルへの嫌がらせや暴行を指示した罪で、塔に幽閉され、死んだはずだった。けれど、どういうことなのか、私が次に目を覚ましたのはレイノルズ邸のベッドのうえで、9歳の子供にもどっていたのだ。
同じ時を二度生きることがあるなんて、考えてもみなかったけれど、とにかく私は宮殿ではなく、リディア大叔母さまの屋敷でこの夏をすごすのだ。
「お嬢さん!どうしたのさ」
トリスは私を馬車からおろそうと荷物をぐいぐい引っ張ってくる。わたしは馬車から転がり落ちそうになりながら、それに従った。

「貴方が持ちなさい!」
馬車から降りたところで、黒い侍女のお仕着せを着て白髪混じりの黒髪をきちんと結い上げている女性がトリスに厳しい叱責の声をあげた。うえっとトリスは声をあげて、私の鞄を持ち、私に肩をすくめてから、女性に促されてさっさと屋敷の中へ入っていってしまった。

「ようこそお越し下さいました、レディ・レイノルズ。奥様は只今外出しておりますが、お部屋へお通しするようにと申しつかっております」
声をかけられてはじめて、馬車を降りてきた私の側に男性が立っていたことに気づいた。黒いスーツ姿に、暗い色のタイをしめていて、レンブラントを思い起こさせる服装だけれど、赤い髪と鳶色の瞳がどこか不思議と親しみ安い雰囲気の、小柄な男性だった。
「あの、あなたは?」
私が尋ねると、
「私はこの家の執事を勤めております、家令のアルバート・オリバーです、ですが、奥様はただバートと呼びます。お部屋までは私がご案内したほうが良さそうですね」
どうやらバートは、私の連れてきたメイドが戻ってきて部屋へ私を案内すると思っていたようだ。
「お手数をおかけします。トリスはまだ侍女になって間がないもので」
気恥ずかしくなって、肩を竦めると、いいえ、とバートは短く応えてから私の前を歩きだした。私に速度をあわせ、ゆっくりと階段を登り、二階の廊下を二度曲がった先に、私の部屋が用意されていた。
「こちらがレディ・レイノルズの滞在中のお部屋でございます。同じような形の部屋が連なっておりますので、もし分からなくなりましたら中庭をご覧になっていただければ、分かりやすいかと存じます」
そう言って廊下に作られた窓を見やすいように半歩下がってくれた。

中庭には、藍色とうす緑のタイルで作られた泉があり、名前はわからないけれど青い花が群れ咲いていた。
「この屋敷には、同様の中庭が三ヶ所ございます、階数さえ覚えていらっしゃれば、中庭の色は白、赤、青にわけてありますので、景色で部屋を見つけやすいかと存じます」
なるほど、確かに青い中庭は完全な対照になっておらず、四隅の花などがあえて違うもので出来ていた。暫くながめて、そのつくりを覚えておく。
「公爵様のお屋敷とは、作りも違います。もしわからないことなどありましたら、ちかくに控えております屋敷のものにお尋ね下さい」
バートに言われて、ええ、と頷き、ああこれが公爵家でも普通になるには、どれ程の時間が必要なんだろうと考えていた。





しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...