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レイノルズの悪魔 南領へ行く
南領の公爵令嬢
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9歳の夏、私はクロードさまに出会った。
優しく、紳士的で、おとなびたクロードさまに私はたちまち夢中になり、何通もの手紙をかき、建国記念の日には一緒に花火を見た。しかし、クロードさまは私が側にいることどころか花火にさえ興味がなく、どこかにいるという【天使】の話をしていた。
その【天使】は、森の奥深くにある美しい館に隠れ住んで、いつか来る王子を待っていて、雌鹿や小鳥や、子馬を友達として暮らしているそうだ。クロードさまはいつか冒険の旅をして、悪魔を打ち倒し、その【天使】を助け出すのだそうだ。
「いつか冒険の旅にでるときには、私も連れていってくださいね」
そう言うと、クロードさまは此方を見もせずに
「君は連れて行かない」
ぴしゃりと冷たく撥ね付けられた。その言い方はクロードさまらしくなく、けれど、今思えばあのときの姿は、ほんの一瞬だけ私にみせた、彼の本心だったのかもしれない。
馬車のなかでいつの間にか眠っていた。
「お嬢さん、ついたみたい。これ、荷物、もって降りろってさ」
トリスに揺すり起こされて、荷物を投げ渡され、今自分がどこにいるのかをやっと思い出した。
さっきまで見ていたのは、ただの夢ではなく紛れもない9歳の夏の私の記憶だ。
19の私、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードに婚約を破棄され、かわりに婚約者となったレミ・クララベルへの嫌がらせや暴行を指示した罪で、塔に幽閉され、死んだはずだった。けれど、どういうことなのか、私が次に目を覚ましたのはレイノルズ邸のベッドのうえで、9歳の子供にもどっていたのだ。
同じ時を二度生きることがあるなんて、考えてもみなかったけれど、とにかく私は宮殿ではなく、リディア大叔母さまの屋敷でこの夏をすごすのだ。
「お嬢さん!どうしたのさ」
トリスは私を馬車からおろそうと荷物をぐいぐい引っ張ってくる。わたしは馬車から転がり落ちそうになりながら、それに従った。
「貴方が持ちなさい!」
馬車から降りたところで、黒い侍女のお仕着せを着て白髪混じりの黒髪をきちんと結い上げている女性がトリスに厳しい叱責の声をあげた。うえっとトリスは声をあげて、私の鞄を持ち、私に肩をすくめてから、女性に促されてさっさと屋敷の中へ入っていってしまった。
「ようこそお越し下さいました、レディ・レイノルズ。奥様は只今外出しておりますが、お部屋へお通しするようにと申しつかっております」
声をかけられてはじめて、馬車を降りてきた私の側に男性が立っていたことに気づいた。黒いスーツ姿に、暗い色のタイをしめていて、レンブラントを思い起こさせる服装だけれど、赤い髪と鳶色の瞳がどこか不思議と親しみ安い雰囲気の、小柄な男性だった。
「あの、あなたは?」
私が尋ねると、
「私はこの家の執事を勤めております、家令のアルバート・オリバーです、ですが、奥様はただバートと呼びます。お部屋までは私がご案内したほうが良さそうですね」
どうやらバートは、私の連れてきたメイドが戻ってきて部屋へ私を案内すると思っていたようだ。
「お手数をおかけします。トリスはまだ侍女になって間がないもので」
気恥ずかしくなって、肩を竦めると、いいえ、とバートは短く応えてから私の前を歩きだした。私に速度をあわせ、ゆっくりと階段を登り、二階の廊下を二度曲がった先に、私の部屋が用意されていた。
「こちらがレディ・レイノルズの滞在中のお部屋でございます。同じような形の部屋が連なっておりますので、もし分からなくなりましたら中庭をご覧になっていただければ、分かりやすいかと存じます」
そう言って廊下に作られた窓を見やすいように半歩下がってくれた。
中庭には、藍色とうす緑のタイルで作られた泉があり、名前はわからないけれど青い花が群れ咲いていた。
「この屋敷には、同様の中庭が三ヶ所ございます、階数さえ覚えていらっしゃれば、中庭の色は白、赤、青にわけてありますので、景色で部屋を見つけやすいかと存じます」
なるほど、確かに青い中庭は完全な対照になっておらず、四隅の花などがあえて違うもので出来ていた。暫くながめて、そのつくりを覚えておく。
「公爵様のお屋敷とは、作りも違います。もしわからないことなどありましたら、ちかくに控えております屋敷のものにお尋ね下さい」
バートに言われて、ええ、と頷き、ああこれが公爵家でも普通になるには、どれ程の時間が必要なんだろうと考えていた。
優しく、紳士的で、おとなびたクロードさまに私はたちまち夢中になり、何通もの手紙をかき、建国記念の日には一緒に花火を見た。しかし、クロードさまは私が側にいることどころか花火にさえ興味がなく、どこかにいるという【天使】の話をしていた。
その【天使】は、森の奥深くにある美しい館に隠れ住んで、いつか来る王子を待っていて、雌鹿や小鳥や、子馬を友達として暮らしているそうだ。クロードさまはいつか冒険の旅をして、悪魔を打ち倒し、その【天使】を助け出すのだそうだ。
「いつか冒険の旅にでるときには、私も連れていってくださいね」
そう言うと、クロードさまは此方を見もせずに
「君は連れて行かない」
ぴしゃりと冷たく撥ね付けられた。その言い方はクロードさまらしくなく、けれど、今思えばあのときの姿は、ほんの一瞬だけ私にみせた、彼の本心だったのかもしれない。
馬車のなかでいつの間にか眠っていた。
「お嬢さん、ついたみたい。これ、荷物、もって降りろってさ」
トリスに揺すり起こされて、荷物を投げ渡され、今自分がどこにいるのかをやっと思い出した。
さっきまで見ていたのは、ただの夢ではなく紛れもない9歳の夏の私の記憶だ。
19の私、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードに婚約を破棄され、かわりに婚約者となったレミ・クララベルへの嫌がらせや暴行を指示した罪で、塔に幽閉され、死んだはずだった。けれど、どういうことなのか、私が次に目を覚ましたのはレイノルズ邸のベッドのうえで、9歳の子供にもどっていたのだ。
同じ時を二度生きることがあるなんて、考えてもみなかったけれど、とにかく私は宮殿ではなく、リディア大叔母さまの屋敷でこの夏をすごすのだ。
「お嬢さん!どうしたのさ」
トリスは私を馬車からおろそうと荷物をぐいぐい引っ張ってくる。わたしは馬車から転がり落ちそうになりながら、それに従った。
「貴方が持ちなさい!」
馬車から降りたところで、黒い侍女のお仕着せを着て白髪混じりの黒髪をきちんと結い上げている女性がトリスに厳しい叱責の声をあげた。うえっとトリスは声をあげて、私の鞄を持ち、私に肩をすくめてから、女性に促されてさっさと屋敷の中へ入っていってしまった。
「ようこそお越し下さいました、レディ・レイノルズ。奥様は只今外出しておりますが、お部屋へお通しするようにと申しつかっております」
声をかけられてはじめて、馬車を降りてきた私の側に男性が立っていたことに気づいた。黒いスーツ姿に、暗い色のタイをしめていて、レンブラントを思い起こさせる服装だけれど、赤い髪と鳶色の瞳がどこか不思議と親しみ安い雰囲気の、小柄な男性だった。
「あの、あなたは?」
私が尋ねると、
「私はこの家の執事を勤めております、家令のアルバート・オリバーです、ですが、奥様はただバートと呼びます。お部屋までは私がご案内したほうが良さそうですね」
どうやらバートは、私の連れてきたメイドが戻ってきて部屋へ私を案内すると思っていたようだ。
「お手数をおかけします。トリスはまだ侍女になって間がないもので」
気恥ずかしくなって、肩を竦めると、いいえ、とバートは短く応えてから私の前を歩きだした。私に速度をあわせ、ゆっくりと階段を登り、二階の廊下を二度曲がった先に、私の部屋が用意されていた。
「こちらがレディ・レイノルズの滞在中のお部屋でございます。同じような形の部屋が連なっておりますので、もし分からなくなりましたら中庭をご覧になっていただければ、分かりやすいかと存じます」
そう言って廊下に作られた窓を見やすいように半歩下がってくれた。
中庭には、藍色とうす緑のタイルで作られた泉があり、名前はわからないけれど青い花が群れ咲いていた。
「この屋敷には、同様の中庭が三ヶ所ございます、階数さえ覚えていらっしゃれば、中庭の色は白、赤、青にわけてありますので、景色で部屋を見つけやすいかと存じます」
なるほど、確かに青い中庭は完全な対照になっておらず、四隅の花などがあえて違うもので出来ていた。暫くながめて、そのつくりを覚えておく。
「公爵様のお屋敷とは、作りも違います。もしわからないことなどありましたら、ちかくに控えております屋敷のものにお尋ね下さい」
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