公爵家令嬢と婚約者の憂鬱なる往復書簡

西藤島 みや

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グリードの宮殿にて

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秋、といってもまだ夏の名残の暑い昼下がり。パルマローザの乗った公爵家の馬車がグリードの宮殿のまえに到着した。

「まあ、グリード様?」
車寄せの前にグリードが立っているのに驚きながら、パルマローザが馬車から降りようとすると、グリードは従者のように片手を差し出した。
「グリード様がどうして…」
支えられて降り立つと、グリードはその手をとったまま無言で歩き出した。

グリードが住む北の宮殿は、白と紫の色の絨毯が敷かれ、なんとなく冷たい印象すら受ける。のちにはグリードの妻になる、ということで何度か訪れた場所ではあるものの、パルマローザにとってはさしていい思い出のある場所ではなかった。

冷たい表情の黒髪の秘書官は、パルマローザを身分の低いもののように、出入りの商人が出入りする使用人用の応接室で待たせた。

さんざん待たされた挙げ句、侍女が薄笑いをうかべて、じゃりじゃりしたものが浮いている見かけだけお茶の姿をしたなにかを、出してくることさえあった。

ふとその事を思い出したパルマローザは、
「あの、今日はいつもの秘書官のかたは?」
そこまできいてから、ハッと口をとざした。妙にぎこちない笑顔でグリードが振り返ったからだ。

「辞めさせたよ、知らなかったな…あいつ、君の飲み物に塵を入れさせていたんだって?」
ひえ、とパルマローザは顔を青くする。確かに手紙で皇宮でもたいして歓待されていないとは書いたが、内容まで書いた覚えはなかった。まるで告げ口をしたようで、居心地が悪い。

「いいかい?」
そう言うと、パルマローザの手をとり、じっとその目を覗き込んだ。
妻にと望む女性に、混ぜ物をした飲み物を出すことがどれ程の罪か、奴は理解してなかったんだ」
思いがけずみつめあう形になり、パルマローザがどぎまぎしながら首をふった。

「ま、まだ正式に婚約破棄が成立してませんものね」
と、パルマローザに言われてグリードはなにか、とても鋭いもの硝子片でも握ったときのような、どこか痛いような表情になり、ぐっと歯を噛み合わせて耐えるようにしたあと、
「ああ、早く破棄したいものだが」
そう言うと、それ以上パルマローザのほうに背を向けて先にたってテラスへとでていった。


テラスからは北の庭園が見渡せる。秋とはいえ、まだ日差しは強く、小さな噴水が吹き上がる泉には、あちこちに光の環がみえた。
「パルマローザ、こっちへ」
呼ばれてちかづいてゆくと、テラスの端にかかっている鳥籠がみえた。
「先日北のフロスタの森であやまって罠にかかっていたんだ。羽が治ったので森に返す前に君に見せようと思って」
そう言って、グリードは鳥籠に近づいた。

中にいたのはパルマローザの指先ほどの小鳥だ。
「…これ、生きているんですよね」
確認したくなるのは、あまりに小さくてふわふわの羽毛で覆われていて、小さな黒い目クチバシがチラリと羽毛のあいだからみえているだけだからだ。
「かわいい」
パルマローザが微笑むと、グリードは先ほどの不機嫌さも吹き飛んだ様子でうん、と頷いた。

「明日、兄上とフロスタで放ってきてくれないかな?君の都合さえよければだけれど」

ええ?とパルマローザはグリードをみあげた。
「お兄様とですか?グリード様は行かないのに?」
うん、とグリードは頷く。
「君は気づいているとは思うが、私と兄上はあまり仲がいい兄弟とは言えないからな」
そこまで話して、不意にまたパルマローザに背を向けた。

ううん?とパルマローザは首をかしげてから、わかりましたとうなづいた。
「では、また明日参りますわね。小鳥さんも、また明日ね」
かわいらしい声で囀ずった小鳥に微笑みかけてから、
「ではグリード様、失礼いたしますわね」
振り向きもしないグリードに首をかしげながら、パルマローザはさっと踵をかえした。

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