妹に婚約者を寝取られましたが、未練とか全くないので出奔します

ひじり

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【83】

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「時代の寵児……って、わたしが?」
「もちろんですね。わたくしの記憶が間違っていなければの話ですが、貴女はこの国をカロック商会の手から救い出した女神のはず」
「め、……そんな大げさすぎるわ」

 招待祭でカロック商会と一戦交えたのは事実で、キルファンの言っていることは正しい。
 しかし、女神と呼ばれるのはこれが初めてのことで、ナーナルは少し驚いてしまった。

「いえいえ、決して大げさではございませんね。少なくともこのわたくしにとっては、貴女は間違いなく女神です。何故なら、塞がっていたはずの道を切り開いてくださったのですからね」
「道を……?」

 その言葉が何を示しているのか分からず、ナーナルは眉をひそめる。
 すると、キルファンは笑みを崩さずにゆっくりと立ち上がり、ナーナルの手からかんざしを受け取った。

「実はわたくし、ここより西にある小さな島国の生まれでして、商いを営んでおります」
「あら、貴方も商人だったのね?」
「はい。この国は商人にとってオアシスにも等しい場所と聞き及んでおりましたので、わたくしもご多分に洩れず、一獲千金を夢見て海をわたった次第ですね」

 大陸生まれのナーナルの目には、あまり見たことのない風貌のキルファンが珍しく映ったに違いない。

 詳しく話を聞いていくと、どうやらナーナルは間接的にキルファンを助けていたらしい。

 自国の船に乗り、十日ほどかけて港町レイストラに着いたまではよかったが、そこから先が苦難の連続であった。

 まず、レイストラからローマリアに向けて発つことができなかった。
 何もしていないにもかかわらず、カロック商会傘下の傭兵たちに拘束されてしまい、足止めを食らったのだ。

 ナーナルとエレンがレイストラに着いた際、同じような目に遭うことはなかったが、それはヤレドとレイストラを繋ぐ定期船に乗っていたからだ。

 いつまで経っても拘束を解かれることはなく、途方に暮れていたキルファンだったが、抜け道を見つけてからは思いのほか早くレイストラを抜け出すことができた。
 それは、監視役の傭兵に袖の下を渡すだけ。たったそれだけのことで、あっさりと解放された。

 招待祭は既に開催中で、出遅れた感は否めないが、商売をすることはできる。
 期待に胸を躍らせ、ローマリアに着いたキルファンは、南部地区の門を叩くのだが……ここでもやはり、カロック商会に目を付けられてしまう。

 この国で商売をしたければ、カロック商会の傘下に入らなければならない。
 一応、条件面を聞いてはみたのだが、あまりにも馬鹿げていた。故にキルファンは断った。

 結果は言わずもがな。
 皇都に入ること自体は叶ったが、店を出すことを禁じられてしまった。

 自国の外に出るのが初めてだったキルファンには、行商隊のまとめ役のような伝手はなく、何もできずに時が流れるのを受け入れるしかない。
 つまり、海をわたって商売をしに来たにもかかわらず、今回の行商は何の成果もなく失敗に終わるということだ。

 ローマリアが商人の国だと知り、いつかこの目で見てみたいと思っていた。
 しかしオアシスは既に枯渇していた。
 悲しいが、ここには夢も希望も残されていない。

 キルファンがナーナルの姿を目撃したのは、そんなときだった。

 カロック商会の副長であり、ローマリアを実質的に支配するティリスを相手に、一歩も引かずに言葉でねじ伏せた。
 その対決を、キルファンは間近で見ていたのだ。

「カロック商会が潰れたことで、わたくしは何物にも縛られることなく、招待祭が終わるまで商いをすることができました。もちろん、これから先もですがね」

 感謝しても、し切れない恩がある。
 だからこそ、キルファンはナーナルを女神と称したのだ。

「お役に立てたのでしたら、光栄ですわ」

 自分の知らないところではあるが、感謝されて悪い気はしない。
 口元を緩め、ナーナルは笑い返した。

「そうそう、因みにこのかんざしについてですがね……」

 思い出したかのように口を開き、キルファンはかんざしの代金を店主に支払う。
 そしてそれを再びナーナルへと手渡した。

「彼の方も当然似合うことでしょうが、貴女が身に付ければもっと魅力的になるでしょう」
「え」
「それはわたくしから女神へのプレゼントですね。では、また」

 それだけ言い残し、キルファンはナーナルの前から立ち去ってしまう。
 声をかける間もなく、手元に残ったのは、かんざしが一つ。

「これ……どうしようかしら」

 つい流れで受け取ってしまったが、もらうべきではなかったとナーナルは考える。
 しかし、キルファンの好意を無下にして、捨てるわけにもいかない。

 結局、ナーナルはかんざしを小鞄に仕舞い込み、エレンへのプレゼント探しを再開するのであった。
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