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キルファンとの商談を終えてから、しばらく。
飲み屋を出たあと、二人はキルファンと別れることとなった。
話によると、キルファンは一度国に帰るらしい。次に来るのはひと月以上先になるとのことだ。取引材料でもある茶葉をまとまった量運ぶ必要があるので、仕方あるまい。
だが、その前に、一度二人の家を訪ねて正式に契約を結ぶ予定だ。
「いやいや、実に有意義なひとときでしたね。これも女神の思し召しかもしれません」
「その、女神っていうの……こそばゆいからやめてほしいかも」
「それは無理ですね。ナーナル様は私の女神ですから、それ以外は私が納得できません」
少し困った表情で笑うナーナルと、その横で真顔のエレン。
そんな二人と向き合い、キルファンが姿勢を正す。
「では、後日また」
そう言って、キルファンは背を向ける。
後ろ姿を見送る二人。
忙しくも成果を手にしたナーナルは、小さく拳を握って達成感に浸る。
「さあ! 目的は果たしたし、屋台でも見ながら帰りましょう」
ナーナルは上機嫌だが、エレンはやれやれと息を吐く。
「左手か……」
ぽつりと呟くのは、つい先ほどのやり取りについてだ。
キルファンは、エレンに対して左手で握手を求めた。それは西の国の文化では宣戦布告を意味する。
単に左利きなのではないか、と考えもしたが、それもすぐに否定された。
串焼きを食べていたとき、キルファンは右手で持っていた。
飲み屋での所作の一つ一つを通してみても、右利きなのは明らかだ。
ナーナルとの握手は右手だが、エレンのときだけは意識して左手を出したということになる。それも一度ではなく、二度も。
もちろんそれが敵意ではないことぐらい、エレンは見抜いている。
しかし同時に、ナーナルへの本気度が充分に伺える。かんざしをプレゼントすることも含め、中々に厄介な人物である。
「次から次へと面倒ごとが増えていくな……」
よりにもよって商売相手がナーナルに惚れてしまうとは、とエレンは肩を竦めた。
「どうしたの、エレン? 何か悩みごと?」
最近のナーナルは、エレンのちょっとした表情の変化に気付けるようになっていた。
だからエレンは少しだけ口元を緩め、頷いた。
「ああ。ナーナルと一緒にいると退屈しないものだと、しみじみ思っていたところだ」
「あらそう? それならこれからもずっとそのままだから、しみじみする暇なんてないからね?」
「肝に免じておくよ」
ナーナルと共にある限り、退屈などありえない。
何もせずに二人でくっついているだけでも幸せなのだ。エレンは今の環境に心から感謝している。
だからこそ、油断は禁物だ。
何事もなく無事に契約を結び、ナーナルが求める理想の貸本喫茶を開くことができるように、改めて気を引き締めることにした。
飲み屋を出たあと、二人はキルファンと別れることとなった。
話によると、キルファンは一度国に帰るらしい。次に来るのはひと月以上先になるとのことだ。取引材料でもある茶葉をまとまった量運ぶ必要があるので、仕方あるまい。
だが、その前に、一度二人の家を訪ねて正式に契約を結ぶ予定だ。
「いやいや、実に有意義なひとときでしたね。これも女神の思し召しかもしれません」
「その、女神っていうの……こそばゆいからやめてほしいかも」
「それは無理ですね。ナーナル様は私の女神ですから、それ以外は私が納得できません」
少し困った表情で笑うナーナルと、その横で真顔のエレン。
そんな二人と向き合い、キルファンが姿勢を正す。
「では、後日また」
そう言って、キルファンは背を向ける。
後ろ姿を見送る二人。
忙しくも成果を手にしたナーナルは、小さく拳を握って達成感に浸る。
「さあ! 目的は果たしたし、屋台でも見ながら帰りましょう」
ナーナルは上機嫌だが、エレンはやれやれと息を吐く。
「左手か……」
ぽつりと呟くのは、つい先ほどのやり取りについてだ。
キルファンは、エレンに対して左手で握手を求めた。それは西の国の文化では宣戦布告を意味する。
単に左利きなのではないか、と考えもしたが、それもすぐに否定された。
串焼きを食べていたとき、キルファンは右手で持っていた。
飲み屋での所作の一つ一つを通してみても、右利きなのは明らかだ。
ナーナルとの握手は右手だが、エレンのときだけは意識して左手を出したということになる。それも一度ではなく、二度も。
もちろんそれが敵意ではないことぐらい、エレンは見抜いている。
しかし同時に、ナーナルへの本気度が充分に伺える。かんざしをプレゼントすることも含め、中々に厄介な人物である。
「次から次へと面倒ごとが増えていくな……」
よりにもよって商売相手がナーナルに惚れてしまうとは、とエレンは肩を竦めた。
「どうしたの、エレン? 何か悩みごと?」
最近のナーナルは、エレンのちょっとした表情の変化に気付けるようになっていた。
だからエレンは少しだけ口元を緩め、頷いた。
「ああ。ナーナルと一緒にいると退屈しないものだと、しみじみ思っていたところだ」
「あらそう? それならこれからもずっとそのままだから、しみじみする暇なんてないからね?」
「肝に免じておくよ」
ナーナルと共にある限り、退屈などありえない。
何もせずに二人でくっついているだけでも幸せなのだ。エレンは今の環境に心から感謝している。
だからこそ、油断は禁物だ。
何事もなく無事に契約を結び、ナーナルが求める理想の貸本喫茶を開くことができるように、改めて気を引き締めることにした。
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