妹に婚約者を寝取られましたが、未練とか全くないので出奔します

ひじり

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【98】

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 ナーナルに声をかけられたカルロの娘は、びっくりした顔を向ける。

「へっ、は? え? あん、た……え? だれだ?」

 いきなりのことに驚いているのだろう。
 喉を詰まらせ、上手く言葉にできないでいる。

「ああ、失礼しましたわ……。わたし、ナーナルと言います。クノイル商会で働いています」
「な、ナーナル? クノイル商会……? はあ、はい、……ん? ナーナルって確か……」
「そのまさかだ、クリア」

 ナーナルの背中越しに、助け舟が出される。
 カルロが声をかけ、娘であるクリアにナーナル本人であることを伝える。

「へっ? おとう……ほんとか!? この人っ、あの……ナーナルさんか!?」

 先ほどよりも驚いたと言わんばかりの表情を張り付け、クリアは目を見開く。
 しかしその顔はすぐに変化し、笑みをこぼした。

「あこがれ! です! ナーナルさん、貴女はあたしのあこがれの存在です!」
「え? ……わたしが貴女の憧れ……なの?」
「はいっ!」

 話を聞くところによると、どうやらローマリアでの出来事に尾ひれがついて広まっているらしい。

 曰く、愛するエレンと共に愛の巣――クノイル商会を再建するために、単身ローマリアに乗り込んだとか。
 曰く、恋敵のティリスと拳で語り合い、コテンパンにして牢屋にぶち込んだとか。
 曰く、エレンと一つ屋根の下で暮らし、相思相愛っぷりを国民に見せ付けているとか。

「……ごめんなさい、ちょっと頭痛が……」
「まだ話終わってませんけど! まだまだあるんですけど!」
「もういいから、ね」

 これ以上は毒だ。ナーナルはため息を吐いた。

「改めまして、娘のクリアです」
「っ、えと、ナーナルさん、エレンさん、ロニカさん。初めまして! あたしはクリアって言いますっ!」
「よろしくね、クリアさん」
「ここ、こちらこそです!」
「そういえば、何か書いていたみたいだけれど……」

 そう言って、ナーナルは視線をずらす。

「ほあっ!?」

 直後、クリアが体を仰け反り見られまいと死守した。

「……クリア、さん? どうしたのかしら」
「え? いえっ、なんでも……ないです」
「実は、娘は作家を目指しておりまして、暇を見つけては自作の小説を書いているんですよ」
「ちょっ、おとう!」
「自作小説!? それ、本当なの、クリア!」
「っ、よ? 呼び捨て? は、はい、はいそうですけどもっ」

 急に前のめりになったナーナルに対し、クリアは同じ体勢のまま返事をする。

「娘はこれまでにも幾つか原稿を持ち込んだことがありまして、まあそのほとんどが門前払いされています。運良く読んでもらっても、内容がダメだと一蹴されたりでして」
「ううっ、言わなくていいことを……」

 ローマリアには無いが、王都や他国には書籍専門の商会が存在する。そこで発行したものが行商人の手に渡り、各地へと流通していく。

 クリアの場合、自作小説の持ち込みで作家への道を目指しているのだが、それは狭き門だった。
 書籍専門の商会では作家を募集することがあるので、その時期に合わせて作品を送ることもあるが、それも落ち続けていた。

 だが、それでも彼女は書き続けている。つい先ほど、声をかけるまで、自分の世界に入り込んで物語を綴っていた。

「……レイゼンさん。この本屋はいつまでここにいますか?」
「そうですね、一週間は滞在する予定ですが……」
「そう。それなら大丈夫ね」

 返事を聞いたナーナルは、クリアの手を取る。そして優しく引いて立ち上がらせた。

「あっ、あの……?」
「貴女の原稿、わたしに見せてくださらない?」
「っ、ナーナルさんに見せられるようなものじゃ……‼」
「あら、作家を目指しているのに、読者を選ぶつもり?」
「――ッ」

 有無を言わさぬ口調だが、その表情はどことなく優しさに満ちている。

「クリア、貴女今、幾つなの?」
「あ、あたしは……十八になりますが、それが何か……」
「大有りよ」

 ナーナルは返事を待たず、机の上に置かれた原稿を手に取った。

「同年代の女子が書いた物語だもの。興味が湧くに決まっているじゃない」

 だから読ませてほしい、と。
 優しくお願いする。

「もちろん、読むからには全力で臨むから、感想もしっかりと伝えるわ」
「か、感想をもらえるんですか……! ありがとうございますっ!」

 いつの間にか読まれることを了承する形になっていたが、クリアは感想をもらえることに喜んでいる様子だ。
 自分の小説を読まれることに恥ずかしさはあるものの、読者がどんな感想を言うのか気にならないわけがない。それも直に聞けるというのだから、なおさらだ。

「クリア、約束ね」
「はいっ!」

 元気な返事を聞けたところで、ナーナルは満足気に視線を移す。その先に映るのは、もちろん本棚だ。

「さあ、とても良い出会いをしたことだし……」
「欲しい本でも探すか」
「正解! さすがわたしのエレンね」
「っ」

 目の前のやり取りに対し、クリアは苦悶する。これは噂通りだと。
 結局、その日は気になる本を数冊見繕い、購入して帰路に付くのだった。
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