デートDV  ―― 相沢怜佳の回想記 ――

寿 直樹

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 濡れ衣と母

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学校でクラスメイトに意地悪をされても、母には言えなかった。守ってくれるのか、それとも「面倒なことを持ってきやがって」と怒鳴られるのか、判断できなかったから。

小学生のころ、こんなことがあった。

ある女子が教室にブロマイドを持ってきた。人気アイドルのもので、皆がうらやましがった。

昼休み、そのブロマイドがなくなった。男子も含めて騒ぎになった。

ところが、すぐにミカリという女子が言った。

「相沢さんが持ってた」

皆の視線があたしに集まった。

沈黙が流れる。

あたしは状況を理解し、大急ぎで否定した。

「あたし知らない」

ミカリは、迷うことなくあたしのランドセルに近付き、「じゃあ、これは何?」と、なかからブロマイドを引き抜いた。彼女の顔は確信に満ちていた。

「知らない、知らない、あたし知らない」

「じゃあ、どうしてここにあるの」

ミカリはブロマイドをひらひらさせた。

「どうしてか知らない。でもあたしじゃない」

ミカリは白々しいと言わんばかりに大きくため息をき、

「認めたら? 言い逃れしようとすればするほどアイちゃんが傷付くんじゃないかな」

「だって、あたしじゃないんだから」

最初からこちらを犯人だと決めつけるミカリの態度に対する苛立ちと、このままでは泥棒にされてしまうという焦りとで、あたしはほとんど怒鳴っていた。

あたしの勢いにミカリは少し気圧けおされたみたいだった。しかしすぐに、自分に分があると自らに言い聞かせたのか、ミカリは意識的に冷静な表情を作った(ように見えた)。

「確かに、相沢が犯人とは限らない。誰かが入れたのかも」

ある男子がこう言った。

暗闇に一筋の光が差し込むようだった。あたしは、その光が広がり、あたしの無実が強く照らし出されることを期待した。皆が冷静になれば、この男子の賛同者が現れるはずだ。

「何よあんた。怜佳のことが好きなの」

「違うよ、俺はただ……」

これっきり、その男子は口ごもってしまった。

「どうしたら信じてもらえるの」

あたしは言った。

「信じるも何も、ここにこうしてあるし」

ミカリはあきれた表情をした。

「違うのに……」

目に涙が浮かんだ。

「謝ったら?」

ミカリは言った。

何もしていないのに、謝ることなどできない。

記憶を振り返ってみても、あたしは朝以降、ランドセルに触れてはいなかった。誤ってブロマイドを自分のランドセルに入れてしまったということはないと言える。

「誰かが入れたんだ」

こう言えばいいのだ。

けれども……、言えば、ミカリは強い態度に出るだろう。皆がミカリに加勢するかもしれない。多勢になれば、根拠のない話もどんどん出てくる。呼応して、いわれない中傷も始まる。

貧乏、片親、父親が何人もいる、エロ女、経験済み……

こちらが一つ言えば、五も六も返ってきそうだった。

いやだな、と思った。同時に、謝れば楽になれるのか、と刹那せつなに浮かんだ。

しかし、謝ってしまえば、あたしは泥棒になってしまう。そう言われ続けてしまう。

やっぱり、戦うしかない。いやでも、そうするしかない。

「あたしがやったという証拠はあるの?」

「ミカリ、あなたが入れたんじゃないの?」

あたしは、これらの台詞せりふを胸のなかで反芻はんすうした。

反撃すべく、息を吸い込んだ。すると、急に頭がぼうっとした。何かおかしい。

痺れて縮みあがった心が身体から乖離かいりし、身体という器のなかで、陸にあげられた魚のように跳ね回っていた。跳ね回っている心が、身体を内側から揺すっている。実際、足元が揺れて見えた。

皆はどうだろう。あたしの異変に気付いているのか。

気になって、あたしは周囲を見てみた。何も変わらない。いくつもの目が、あたしを見ている。

あたしだけがおかしいと感じているのか。だったら、我慢して早く言わなければ。

あたしはいま一度息を吸い込んだ。そして、口を開いた。

「あたしは……、いや、あたしが……証拠」

「『あたしが証拠』? 何それ」

ミカリはすぐに反応した。こちらと違って、きびきびしている。

あたしの視界は白く濁った。ミカリが見えにくい。見えない……

あたしは気を失った。……


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