デートDV  ―― 相沢怜佳の回想記 ――

寿 直樹

文字の大きさ
28 / 141
 同級生

28

しおりを挟む
同じ学年にカッコイイ男子がいた。背が高く、イケメンで、スポーツが得意で、勉強もできて、笑顔が爽やかで。
 
名前は創希そうき
 
創希とあたしとは同じクラスになったことはない。でも、注目される存在なので知ってはいた。多少の興味はあったけれども、ただそれだけ。
 
三年生になった直後、あたしは創希に好きだと告白された。
 
でも、あたしは断った。
 
創希には多くのファンがいて、お互いに牽制けんせいし合っており、その輪のなかに巻き込まれたくなかったから。
 
それに、このときは気付いていなかったけれども、母の黒い影がちらついて異性と距離を置きたいと、暗に思っていたから。母の黒い影とは、母が反面教師であることだった。
 
あたしには女子の友達がいれば充分だ。しかし、
 
「俺はいつでも好きだから」と、創希は言った。
 
それを何人かの女子が聞いていた。ドラマティックに響いたのかもしれない。
 
「何かのヒロイン気取り?」
 
いままで口もきいたことない女子に言われた。
 
最初、何のことか分からなかった。けれども、すぐに創希のことだと悟った。
 
「何の……」
 
こう言うしかなかった。
 
「自分のこと、綺麗だなんて勘違いしてない? ブスのくせに」
 
おかっぱ頭に平べったい頬。その四角い平面に配置されたスイカの種のような目が、射貫くようにあたしをにらみ付けていた。
 
その横にいる二人の女子たちも、あたしを睨んでいた。
 
「あたしは……」
 
それきり、三対一で向かい合ったまま、廊下の真んなかで沈黙が流れた。
 
始業のチャイムでも鳴ってくれれば、それをきっかけに教室に戻ることができるかもしれない。けれども、昼休みで、時間はまだあった。
 
周囲は騒がしく、それぞれが話に夢中だった。庭球を投げ合っている男子もいた。あたしの状況を気にする生徒などいない。
 
しかたなしに、あたしは彼女たちの名札のうえに視線を送った。
 
おかっぱ頭の名札には『大谷』と書かれていた。残り二人の名前は記憶に残らなかった。一人は『白岩』だったかもしれない。
 
しばらくして、脇にいた女子が、急に何かに気付いたように大谷のそでを引っ張った。
 
促された大谷の小さな目は、あたしの背後に向けられた。その目は何かに焦点が合い、その途端、表情が変わった。
 
「えー、うそーっ」
 
大谷は、突然大きな声をあげた。驚いたような顔のなかに、あたしに向けて親しげな表情も作っていた。
 
あたしは彼女たちがいま何かの会話を交わしたのかと思った。しかし、記憶を再生してみても、脇の女子が袖を引っ張っただけで、言葉は発せられていないはずだった。
 
大谷は、あたしを見ながら、不自然に大きな声で続けた。
 
「北田君が好みなの? そーなんだー、意外だねー」
 
大谷は、とにかくあたしから目を離さない。
 
「え? どういう……」
 
あたしは困惑するだけだった。
 
「私、応援する。相沢さんと北田君がうまくいくように」
 
こう言いながら、大谷はあたしの腕を掌で軽く打って、さすった。
 
大谷の言う「北田君」とは、色白で小太りの背の低い男子だった。老けた顔をしていて、天然パーマ。無口で大人しい性格のせいか、よく揶揄からかわれていた。『大仏』と渾名あだなするクラスメイトもいた。
 
あたしは北田と去年同じクラスだったけれども、ほとんど話したことがない。なぜ大谷が北田の名前を持ち出すのか、さっぱり分からなかった。正直なところ、大谷は気でも狂ったのではないかと思った。
 
不意に、あたしの横を大きな影が通った。後から来たその影は、あたしの視界にすっぽり入った。創希だった。
 
なるほど、と、あたしは創希を見て、大谷が何をしたかったのか、合点がてんがいった。
 
「え? 北田君? あたし話したこともないよ。北田君のことを好きなのは大谷さんじゃん。北田君に合わせて丸くなりたいって、めちゃくちゃ食べてるって聞いたよ」
 
あたしは、こう叫んでやろうかと思った。でも、そんな勇気はなかった。
 
あたしはその場を離れることにした。いまだったら、すんなりとそれができる。創希の前で、大谷も滅多な真似はできないだろう。大谷が無理を通せば、あたしは創希の前で大袈裟に被害者を演じることもできる。その機会に気付かない大谷ではないはずだ。
 
あたしは大谷の脇を通った。大谷は、一瞬、そうさせまいとした。それでも、あたしはやや強引にり抜けた。
 
創希の横を通った。
 
「相沢……」
 
創希はあたしに声をかけたけれども、あたしは聞こえないふりをして、そのまま素通りした。あたしの歩くのに合わせて、追うように、創希の顔がゆっくりと動くのが分かった。
 
大谷がしたようなことは、教室でも起こった。
 
あたしが女子の輪に近付くと、彼女たちは即座に会話を中断した。そして、「ほら、来ちゃったよ」と言わんばかりに顔を見合わせ、立ち去るのだった。
 
ときに話しかけてみると、
 
「空気読めよ」
 
「面倒なことさせないでくれる」
 
こういった不満の表情を、彼女たちはあからさまに浮かべた。
 
なかには、わざとらしくため息を吐く子もいた。
 
あたしは仲のよかった子を引っ張ってみた。
 
「ごめんね。怜佳と話できないから」
 
彼女は困惑した顔で、こう言った。
 
あたしは独りになった
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...