不忘探偵3 〜波紋〜

あらんすみし

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第二章 始まりの鐘の音

本音と建て前

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小川は破損した棚を持ち帰るため、学校をあとにした。何か起きる前にあいつが話しをつけて、あの棚を鑑識に調べてもらえることを祈るしかない。
「佐藤先生、これからいかがしますか?」
久米川教頭に尋ねられて、俺は少し間を置いて応える。
「私はこれから保健室に行ってみようと思います。いちおう教え子が危険なおもいをしたわけですし。それに、今は授業中で聞き込みをすることもできないので、何か聞くことができるとしたら佐野杏奈しかいないので」
俺は久米川教頭といったん別れ、その足で保健室へと向かった。
保健室の扉を開けると、そこには保険医の中島と大野先生、そして横になっている佐野杏奈の傍らには加納慎一が寄り添っていた。
「あっ、佐藤先生。いらしてくれたんですね」
俺の姿を確認した加納慎一が軽く笑顔を作って反応した。
「どうでした?怪我はありませんでしたか?」
俺は保険医の中島と大野先生に向かって問いかけた。
「はい、幸いにも転倒したときに手を擦りむいたくらいで、大きな怪我はありませんでした」
大野が安堵の表情を浮かべる。ここ1ヶ月、彼女の心労を思えば大事にならなかったことで救われた部分もあるのかもしれない。
「ちっとも良くなんかないわよ、あたし、殺されかけたのよ!」
「まぁまぁ、佐野君落ち着いて」
加納慎一が佐野杏奈を優しく宥める。
「ごめんなさい、そういうつもりで言ったんじゃないのよ」
さっき少し明るい表情を見せた大野から、再び表情が消えてしまう。
「まったく、あたし、絶対に許さないんだから。こんなことした奴を絶対に見つけて懲らしめてやるんだから」
さっきよりトーンダウンしてはいるものの、佐野杏奈の怒りは相当なもののようだ。
「その事なんだけど、あれが事故でないとした佐野君は誰かに恨まれるような心当たりはあるのかい?」
俺はなるべくさりげなく聞いてみた。
「あるわけないでしょ!せいぜい目黒だけよ。絶対に何か細工があるに違いないわ!」
佐野杏奈の中では、目黒明日香しか考えられないようだった。
「それはまたどうして?君は目黒さんが君を恨んでいると言っていたよね」
俺はこの質問で、佐野杏奈が目黒明日香を虐めていると認めるとは思わなかったが、今は少しでも情報が欲しい。一縷の望みをかけて聞いてみた。
「そんなの知らないわよ、あの女に聞いてよ」
佐野杏奈の返事は予想通りだった。
「あっ、佐藤先生、このあとのホームルームをお願いしてもいいでしょうか?私、もう少し佐野さんのそばにいてあげたいので。生徒に配るプリントが私の机の上にあるので、それを持って行ってください。加納君、佐藤先生をサポートしてもらえる?」
「わかりました。それでは佐藤先生、行きましょうか」
俺は加納慎一に促されて、佐野杏奈にお見舞いの言葉をかけると保健室を出て職員室へと向かった。
「あ~ぁ、全くあの女、どうにかならないのかな」
いきなり態度を豹変させた加納慎一に、俺は驚いて目を丸くした。
「あんな女、殺したって損はするけどメリットなんて無いってーの。自意識過剰なんだよ」
「どうしたんだい、急に。君は佐野君と仲がいいんじゃないのか?」
「まぁ、悪くはないけど、とりたてていいとも思わないですね。あっちは俺のことを友だちだと思っているかもしれませんが、俺の方はそれほど」
そう言うと加納慎一は大きく伸びをした。
「そうか、てっきり君たちは仲の良いグループなのかと思っていたよ」
「俺としては、あの女が表でフロントマンとしていてくれて、ナンバー2としていられればそれでいいんですよ。2番手の方が何かと楽で都合がいいし」
「なぜ、そんなことを俺に?」
「まぁ、なんとなくフラストレーションが溜まってて、誰かに愚痴りたいと思ったんで。それに、佐藤先生は臨時雇ですよね?ずっといるわけではないから言いやすいかな、と思って。話しもわかってくれそうだし」
赴任したてで生徒から信任を得ることができたのは嬉しいが、何とも食えない理由だ。
「佐野さんは、クラスの皆んなからどう思われているのかな?」
「あぁ、あの人、目立ちたがりで何にでも首を突っ込むから、正直ウザいと思われてるんですよね。俺にとっては、面倒ごとを全て見てくれる、都合のいい存在ではありますけど」
「じゃあ、加納君はただクラスの代表としてお見舞いに来ていた、ということなのかい?」
「そうですね、誰かが行かないと、あの人すぐに拗ねちゃうんで」
加納慎一は鼻で笑った。
「さっき、佐野さんを殺しても損はするけどメリットが無い、と言ったのはどういうこと?」
「まぁ、例えば俺なんかは、さっきも言ったけど面倒事を引き受けてくれる人を失うだけだから、殺したって損しかしないですよね。他のクラスメイトにしても、あんな我儘な女を殺して人生台無しにする必要無いでしょ。高校生活も残り1年も無いのに」
「なるほどね。ところで加納君は、佐野さんが事故に遭った時にどこにいたのかな?」
「なんですか、それ?俺を疑っているんですか?」
加納慎一は立ち止まると振り返り、強い眼差しで俺の顔に穴が開くんじゃないかというくらい睨みつけてきた。
「いや、特に他意は無いが、単純にふと思い浮かんだだけだよ」
「そうですか・・・それならその時は図書室にいましたよ。まぁ、周りに誰もいなかったんで、証明はできないですけど」
「そうか・・・」
なんだ、この男は?仮にも教師に対して敵意を剥き出しにしたり、佐野杏奈に対する罵詈雑言も度を超している。
聞いていた評判とは全く違う一面があるようだ。
「あっ、そうだ。俺を疑うなら他の人も疑った方がいいかもしれませんよ」
「他の人?どうして?」
「安城達だって、あの女には嫌気が差しているんですから、動機が全く無いとは言えないと思いますよ」
そう言うと、加納慎一は白い歯を見せて不敵な笑みを浮かべた。
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