不忘探偵3 〜波紋〜

あらんすみし

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第三章 ネクストステージ

掴み損ねた雲

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田之上陽子と別れた俺は、その日の夕方、大野と組んで駅周辺で見回りに向かった。
大事なシーズンに、駅周辺で遊び回って生徒がトラブルに巻き込まれたりしないためには、これも必要な仕事である。
「学校のお仕事をしてみて、いかがでしたか?」
大野が何とは無しに俺に聞いてきた。
「そうですね。まだまだ戸惑うことばかりです」
「そうなんですか?すごく落ち着いて見えるから、すっかり慣れたのかと思っていました」
「よくそう言われるんですけど、仕事が終わってからは、毎日1人反省会ですよ」
俺がそう言うと、大野は小さく「えっー」と、おどけて微笑んだ。
「学校の仕事をしながら調査もするって、大変じゃないですか?」
「まぁ、そうですね。調査だけに集中できれば楽ですけど、学校の中という空間を考えると、この方法も必要かな、とは考えています」
「調査はどれくらい進んでいるんですか?」
「まだ情報不足です。単純にアリバイが無ければ怪しいとも限らないし、問題は動機です。その点で言えば、まだ確認しなければいけないことが多くあります。ただ・・・」
「あら?」
俺が言いかけたとき、大野が急に足を止めてゲームセンターのある方向を見つめた。
俺が大野の視線の先を探ると、そこには部活に参加しているはずだった中井華子の姿があった。
「中井さんったら、この間の試験もあまり良くなかったのに、こんな時間にこんな所で」
大野は、俺の存在など忘れたかのように、小走りにゲームセンターにいる中井華子に向かって駆け寄った。
「中井さん!」
大野が中井華子に向かって声をかける。
すると、それに反応した中井華子は店から飛び出し、繁華街の人混みへと走り出してしまう。
大野が慌ててその後を追う。
俺も人混みを掻き分けて必死に中井華子を追った。
「俺に任せて下さい!」
やはりここは腐ってもプロの俺の方が、人混みの中の追跡は慣れている。
人波に揉まれている大野を置いて、俺は中井華子を必死に追跡した。
中井華子は、通行人たちにぶつかりながら押し退け逃走するが、俺たちの距離はどんどん縮まっていく。
そして、繁華街のはずれ辺りにある駐輪場で、俺は遂に中井華子を捕まえることができた。
「離して!離して下さい!」
中井華子は、持っている鞄を振り回しながら必死に抵抗する。
と、その時だった、中井華子の腕を掴んでいる俺の手首を取り上げる者がいた。
「何をしている!その手を離しなさい」
その手の主を見ると、そこには2人の警察官がいた。どうやら、俺たちのことを見ていた誰かが通報したらしい。
俺が学校名の記された腕章を見せると、警察官たちは俺の手を離してくれた。
「盟朋の先生でしたか、失礼しました」
「いえ、こちらこそお騒がせしてます」
「いったい何の騒ぎだったんですか?」
「それは」
俺が警察官たちに事情を説明しようとした時、ようやく大野がやって来た。
「大丈夫ですか?中井さんも大丈夫?」
咽び泣いている中井華子の肩に、大野はそっと手を添えて慰めた。
「ここでは何ですから、交番で事情を伺わせていただけますか?」
「わかりました。そうしましょう」
俺たち3人は、警察官に導かれて交番へと案内された。
繁華街の入り口付近にある交番は、道を尋ねる人や、落とし物を届けに来た人、受け取りに来た人など、ひっきりなしに人が出入りしていた。
「そうでしたか、そのような事情だったのですね」
俺たちに事情を聴いていた警察官も、経緯を聞いて合点がいったようだった。
「今日はもう、お引き取りいただいてよろしいですよ。警察の方でも、パトロールを強化いたしますので、ご安心ください」
そうして俺たちは警察から解放された。
「佐藤先生、今日はこれくらいにしましょう。中井さんも動揺していますし、私がタクシーで送って行きます。先生も学校に戻ってお帰りください」
「わかりました、そうします」
正直、俺は中井華子にどうしてもアリバイを聞きたかったのだが、中井華子の様子を見るに、今はこれ以上刺激を与えない方がいいとも考え直した。仕方がない、明日改めて話しを聞くことにしよう。
中井華子は、大野に付き添われてタクシーに乗りこみ、家路についた。
1人取り残された俺は、その足で学校へと戻り、自席で状況を整理してみることにした。
結局、中井華子のアリバイは確認出来なかった。仮に中井華子にアリバイが無かったとしよう。そうなると、加納慎一を襲える人間が1人増えることとなる。今回のことでアリバイが無いのは、佐野杏奈を除く4人だ。この中で、動機という観点から考えて犯行に及びそうなのは誰だろう?
現時点でいちばん強そうな動機を持っているのは、加納慎一に好きな女子を取られた槇隆文のようだが。
明日は、アリバイだけでなく動機の観点からもそれぞれに事情を聞いてみる必要がありそうだ。
互いが互いをどう見ているのか、それが大事なのかもしれない。
その時、職員室に中井華子が所属しているバドミントン部の顧問である、門田先生が入ってきた。
「あぁ、佐藤先生、見回りお疲れ様です」
門田先生は、恰幅のいい、いつも気さくに接してくれる男だった。俺の隣の席に腰を下ろした門田は、俺の労を労ってくれた。
「門田先生、お疲れ様です。今、部活終わりですか?遅くまで大変ですね」
「いやぁ、まだうちの学校は早い方ですよ。うちの学校は進学校だから、部活動よりも勉学の方に重きを置いていますからね。他の強豪校なんかは夜の10時までやるなんて所もあるそうですよ。そこまでやるか?って思いますね」
「ところで、先生の部に所属している中井華子のことでお尋ねしたいのですが、彼女はどんな生徒なのでしょうか?」
「ん?中井君ですか?これといって、特に目立たない生徒の1人ですよ。部の中でも、熱心に取り組むわけでも無いし、レギュラーでも無いし」
なるほど。そうだ、加納慎一が襲われた日のアリバイを知っているだろうか?聞いてみるか。
「その日も部活はありましたよ。中井君も参加していて、その日も終わったのは今くらいの時間でした」
と、なると、加納慎一や槇隆文が帰るのと同じくらいの時間か。中井華子のアリバイを証言してくれる誰かがいればいいのだが。
その時、職員室の代表電話がけたたましい音を立てて鳴った。静まり返っていた職員室に、その音はいつもより大きく鳴っているように聞こえた。
「はい、盟朋学院です・・・はい・・・はぁ、そうですが・・・えっ!わかりました、すぐに行きます!」
受話器を置いた門田の顔からは、いつもの人当たりのいい笑顔が失せていた。
「どうかされましたか?」
「大変です!今度は安城君が怪我をして病院に搬送されたそうです!」
なんてことだ!恐れていたことが起きてしまったようだ。次の事件を防ぐことは出来なかったのか!?
「佐藤先生、とにかく付いてきてもらえませんか?」
「わかりました、行きましょう!」
俺と門田先生は、手元の荷物だけ持って急いで職員室を飛び出した。
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