不忘探偵2 〜死神〜

あらんすみし

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蜘蛛女

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九十九要は、毎月給料日に憂鬱になる。本来なら給料日は嬉しく思うのが大多数だろうが、九十九にとってはそうではなかった。
「さて、と。行きますか」
仕事の終業時間を時計で確認して、九十九は足取りも重くオフィスを出た。
途中のATMで8万円を引き出し、目的地のカフェへと向かう。
いつまでこんなことが続くのか?もう一生、今の生活から抜け出せないのではないかと思うと、自分の生まれてきたことの意味、生き続けていることの理由について考えさせられてしまう。
カフェに入ると店員がやって来る。九十九は「待ち合わせです」と告げて、店内を見渡すと、一人でコーヒーを飲んでいる女の後ろ姿を確認して、まっすぐその席へ歩いて行き、女の向かいの椅子に腰をかけた。
「遅いわよ。何分待たせるの?」
牧野ユミは開口一番強い口調で言い放つ。
「ごめん、出る時に課長に捕まって」
九十九は適当にそれらしい嘘をついて、これ以上牧野ユミの機嫌を損ねないようにした。
「まぁいいわ、そんなことは。それより、早く今月分を出しなさい」
牧野ユミは、人差し指でテーブルをコツコツと叩いて九十九に促す。
九十九は、さっきATMで下ろしたばかりの金の入った封筒を牧野ユミに差し出した。
「あと2万」
「えっ?」
「あんた、昨日刑事達に彼のアリバイのことで余計なこと言ったでしょ?そのせいで彼に何かあったら、どうやって責任取ってくれるのよ!だから今月から値上げさせてもらうわ。10万円の方がきりが良くてわかりやすいでしょ?」
牧野ユミは、金を数え終わると封筒をバッグにしまった。
「そんな・・・今だってやっとのことなのに、2万円も増えるなんて生活できないよ!」
九十九は何度も「頼む」、「許してくれ」と詫びて懇願して何とか許しを請うた。
「わかったわ、それなら今月は見逃してあげるわ。でも、来月からは10万円よ」
「そんな・・・これだけ頼んでもダメなのか?」
九十九の顔に絶望の色が浮かぶ。
「イヤなら別にこちらは構わないわよ。その代わり、あの写真が世の中に出回るだけだから」
「それだけは、勘弁してくれ」
「じゃあ、頑張ってお金を工面しなさい。まったく、あんたもあいつも私の温情で今の生活を送れているんだから、少しは感謝しなさいよ」
「あいつって、誰?」
九十九はくしゃくしゃの顔のまま、牧野ユミに尋ねる。
「そんなこと、あんたには関係無い話しでしょ?あいつはあいつよ」
九十九は、自分の他にも牧野ユミに脅されて金を巻き上げられている人間がいる、ということを理解した。
このクソ淫売女め。
こっちだって、お前が政臣と別の他の男達と浮気していることをチクれば終わりのくせに、大きな顔しやがって。
しかし、それではこの女にとってはさほど痛くは無いだろう。
仮に政臣を失ったとしても、また別の男を捕まえればいいだけなのだから。
蜘蛛みたいな女だ。
それに引き換えると、自分が握られている弱味は、自分の人生そのものを失うくらい大きい。
あぁ、やはりこの女に言われたとおり、要求された金額を払うしか無いのだろうか?
いっそのこと、この女が死んでくれたらどんなにいいことだろうか?
事故か病気かで死んでくれないだろうか。この女が死んでくれるなら、理由は何だっていい。こんな女だ、他にも恨みを買っていることは十分あり得る。その誰かが、この女に天罰を与えてくれればいいのに。
「なにを私のことを睨んでいるのよ」
「あ・・・いや、そんな睨んでなんかいないよ」
危ない。つい、心の中の感情が表に表れてしまったようだ。
それにしても、俺以外にこの女に脅されている奴とは、どんな人なのだろう?この女にどんな弱みを握られているのだろう?
「さっき言ってた、あいつって、何で俺と同じ目にあってるの?」
「しつこいわね。何でそんなこと聞きたがるのよ?」
「いや、同じ境遇にいる身として、ちょっと興味があって」
俺は、なるべく牧野ユミの機嫌を損なわないように、へりくだって質問をしてみた。
「そうね・・・愛、かしら?」
「え・・・愛?」
「それ以上は言えないわ、企業秘密だからね」
それだけ言うと、牧野ユミは悪戯っぽく微笑んだ。
「さて、と。私、そろそろ行くわ。今日はまだこれから集金があるの。コーヒー代、払っておいてね。ご馳走様」
それだけ言うと、牧野ユミは呆気にとられている九十九を残して、足取りも軽やかに店を出ていった。
何だ、愛って?
どうして愛でお金を脅し取れるんだ?
だが、理由はどうあれ、自分と同じくあの女に金を巻き上げられている人間がいるんだ・・・。
どんな奴なんだろう?
この後、あの女はそいつからも集金をしに行くのだろうか?
そう考えた九十九は、急いでテーブルの上に置かれている伝票を掴み取ると、慌てて会計を済ませて牧野ユミのあとを追ってみることにした。
店を出ると、牧野ユミは少し離れた所で電話をしていた。これから集金しに行くという奴に電話しているのだろうか?
九十九は物陰に隠れて、それとなく牧野ユミの様子を窺う。
電話を終えると、牧野ユミは駅を通り越して路地裏に入った。
九十九もあとに続いて路地裏に足を踏み入れた。
すると、そこには黒い車が停まっていて、牧野ユミがちょうど車に乗り込むところだった。
牧野ユミを乗せた車は、そのまま狭い道を発進して姿を消した。
九十九は、牧野ユミが車に乗り込むところを撮影した写真を見返してみる。
急いでいたし、少し距離のある所からの撮影だったせいで、車のナンバーまでは鮮明に確認することは出来なかった。
この写真がこの後何かの役に立つかどうかは分からないが、車の持ち主がどこのどんな奴なのか、牧野ユミの周囲を少し調べてみよう、と九十九は思った。


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