トンネル

あらんすみし

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東京から、およそ4時間のところに、そのトンネルはある。
長さはおよそ100メートルほどのトンネルは、昼でも薄暗く壁は苔むし、中は不思議と外気よりも涼しい。
今から21年前、トンネルの先にあるS村I地区で、上流の溜池が決壊して大規模な土石流が発生し、住民121人のうち102人が亡くなる災害があった。
その後、この地区は廃村となり今に至る。
そして、いつしかこの村へ続くトンネルは、冥界へと続くトンネルとして、有名な心霊スポットとして噂されるようになる。
いろいろな噂が飛び交うなか、全ての話しに共通するのは、夜中の午前2時にトンネルの中である事をすると、心霊現象が起きるというものだった。
しかし、そのある事というのが何なのかは諸説あり、真偽の程は定かでなかった。
ただ、実際にそのある事をした者が行方不明になったり、生きて帰って来た者は精神を病み、後に自殺する者もいたという噂だった。

そんなある夏の夜、4人の大学生が納涼心霊体験と題して、肝試しにトンネルへやって来た。
「あたし、肝試しなんて初めて~。楽しみ~。」
橘なぎさは楽しみを隠せなかった。
「私は怖いわ。ねぇ、やっぱり帰ってカラオケ行かない?」
楠木恵梨香は不安を隠せなかった。
「大丈夫、どうせただの噂なんだから。幽霊なんていないって。いざとなったら、俺が守ってやるから。」
片桐徹は期待を隠せなかった。
「そうそう、こんなこと若い今のうちしかできないし、何事も挑戦だよ。」
中山達也はハンドルを握りながら不敵な笑みを隠せなかった。

そして、4人を乗せた車がトンネルの前に停車した。車を降りた4人はトンネルの入り口に立つと、トンネルから涼しい風が吹いてくる。しかし、その風はどこか纏わりつくような湿気を含んでおり、苔の独特な香りがした。
「早く行きましょ。」
橘なぎさが足取りも軽やかにトンネルに入って行く。
「あとは計画どおり…頑張れよ。」
中山達也が片桐徹に耳打ちする。
「おう、ありがとな。」
片桐徹は、親指をあげて橘なぎさのもとへ向かう。
「何?計画って?」
楠木恵梨香が中山達也に尋ねる。
「気づかないか?片桐、橘の事が好きなんだよ。だから俺が2人の距離を縮めるために、今回の肝試しを計画したんだよ。」
「そう…片桐くん、なぎさのことが好きなんだ…。」
楠木恵梨香は視線を落とす。
「…楠木には、楠木のいいところがあって、それを好きな奴がいるから…」
中山達也が消え入りそうな声でフォローする。
「そんな人、いるわけないわ。こんなネガティヴな女なんて。」
「僕じゃ、だめなのかな?」
2人の間に沈黙が訪れる。
「え?」
中山達也は、思わず楠木恵梨香を抱きしめてしまう。

橘なぎさと片桐徹は、トンネルの中間地点くらいにやって来た。
トンネルの壁は、これまでに肝試しで来た人たちの物であろう、落書きが一面に描かれていた。
「もう、不謹慎ね。でも、これだけたくさんの人が来てると思うと、ちょっと安心するね。」
「なぎさちゃん、怖くないの?」
「どうして?楽しいじゃない?片桐君は、もしかして怖いのかな?」
そう言ってなぎさは片桐徹をからかう。
「それで、このあとどうすればいいの?何をしたら幽霊が出るの?」
橘なぎさが片桐徹に対して、上目遣いで尋ねる。
「それはね、こうするんだよ。」
片桐徹は、思い切り息を吸い込んだ。
「ただいまーーー!」
片桐徹の叫び声が幾重にもトンネルの中で反響する。
どれくらいしただろうか?30秒くらい経っただろうか?
「何も起きないけど…?」
橘なぎさは不服そうに頬を膨らます。
その時。
「おかえりーー!」
中山達也の大きな声がトンネル内で木霊した。
「もう!達也君たら!ふざけちゃって!」
憤慨するなぎさちゃんも可愛いな、と徹は思った。すると、徹の携帯に電話がかかってきた。
「徹?どうだ?うまくいったか?」
達也だった。
「おーい!そろそろ帰ろうぜー!」
え?
達也が呼んでいる。
電話口の達也が叫んでいる。
「おい、どうした?どうかしたのか?返事しろ!」
達也の声が、電話とトンネルの入り口の両方から聞こえる。
「どうかしたの、徹君?」
なぎさが不安げに徹のシャツの袖を掴む。
『どっちだ?どっちが本物だ?』
「惑わされるな、徹!俺の言うことを信じろ!」
え?
「…達也、今、お前なんて言った?」
徹は電話口の達也に尋ねる。
「え?俺のことを信じろ、って。」
「達也、お前、いつから一人称が“俺“になったんだ?」
電話が切れた。
こうして俺たちは命拾いをした。
それからと言うものの、俺たちは肝試しはおろか、お化け屋敷に行くことさえなくなった。
もし、あの時、電話の方を信じていたら、俺たちはどこに連れて行かれていたのか?それは誰にもわからない。

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