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第三話 猿楽師はかく語りき
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「得根須人皇子、付き添いをしてくださりありがとうございます」
「とんでもありません。私が摩利子殿のお供をしたかったのです。こうして同じ牛車に乗りお話ができるなど、夢のようです」
摩利子の二蛭神社参りに、得根須人皇子は付き添いを買って出てくれた。
摩利子の父である右大臣は、得根須人皇子のこの申し出を喜び、二つ返事で了承した。
右大臣はこのまま摩利子が得根須人皇子と結婚すれば良いと思っているのだろう。
皇太子になると目されていた第一皇子璃王練が丁寧降江へ流された今、皇太子の最有力候補は第二皇子である得根須人皇子なのだから。
「父がおかしなことを期待しているようですが、どうかお気遣いなきよう」
「いいえ、私はぜひとも右大臣の期待に答えたく存じます」
「え……そ、それは……」
得根須人皇子の気持ちを聞かされ、摩利子は思わず扇で顔を隠した。
「み、帝が……璃王練皇子に厳しいご判断をなされて、大変驚きました」
摩利子は話を逸らした。
「帝は璃王練皇子を大変可愛がっておられましたのに」
「ああ……」
摩利子が振った雑談に、得根須人皇子は生真面目な調子で答えた。
「実は色々と訳があるのです。帝が今まで兄者を最も大切にしていたのは……」
白髪紅目の璃王練皇子が生まれたとき、その稀な色彩に帝は霊異を感じた。
「この子には神が宿っているに違いない」
帝は璃王練皇子を大切にした。
いずれは璃王練皇子を皇太子とするために、宮中で権勢をふるう右大臣の娘とも婚約させた。
しかしこのところ璃王練皇子には不品行が目立つようになっていた。
幼いころは神々しかった璃王練皇子だが、ここ最近は、かつての神威のようなものは感じられなくなっていた。
そんなある日、帝の夢枕に祖霊が現れて告げた。
――璃王練皇子を都より遠ざけよ。
――さもなくば都に災いが降りかかるであろう。
「……!」
夢のお告げを受けた帝は、しかし迷った。
都から追放するということは、皇子の将来を潰すということだからだ。
しかし期せずして、あの宴での婚約破棄騒動が起こった。
娘を虚仮にされた右大臣は怒り心頭だった。
宮中で権勢をふるう右大臣に疎まれては、皇太子として立つことは難しいだろう。
璃王練皇子の政治生命はすでに終わったのだと帝は覚った。
「それで帝は、兄者を流す決断をなされたのです」
「うちの父のせいで……」
「摩利子殿が気に病むことではありません。兄者は摩利子殿を島流しにしようとしたのです。それで右大臣に疎まれたのですから因果応報というもの」
「ですが、皇子の一存で妾を島流しにすることは不可能だったことでしょう。あれは口先だけのことです。だって、璃王練皇子ですから……」
「それは、まあ、確かに。兄者は口先だけは大きい男でした……」
「壺装束もお似合いですね」
「た、ただの外出着ですわ」
牛車を降りると、摩利子は得根須人皇子とともに二蛭神社の境内に続く参道を歩いた。
「あら、歌が……」
境内に近付くにつれ、歌声が聴こえた。
参道を進むにつれてその歌声ははっきりと聴こえてきた。
「これは今様ですね」
「風流ですこと」
神社の鳥居をくぐったところで、歌声の主の姿が見えた。
少し派手目な狩衣を来た男が、今様を口ずさみながら、神社の境内でひらりひらりと舞っていた。
「……」
摩利子は足を止めた。
舞の邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
得根須人皇子も足を止めると、摩利子に囁いた。
「あれは猿楽師ですね」
二人はしばしその場で、境内で舞う猿楽師の舞を眺めた。
「……!」
舞を終えた猿楽師はこちらを振り向いて微笑むと、摩利子に話しかけて来た。
「貴女のような美しいお方に出会えるとは。驚きました。妖怪だったとしてもかまいません。どうかお名前をお聞かせください」
「よ、妖怪?!」
摩利子が面食らうと、得根須人皇子が憮然とした表情で猿楽師に言い返した。
「貴様、無礼だぞ」
「これは失礼いたしました」
猿楽師は恭しく礼をとった。
「私は旅の猿楽師、鳶と申します。以後お見知りおきを」
「貴様はここで何をしていたのだ」
「舞を奉納しておりました。貴方こそ、何者ですか」
「私は帝の第二皇子、得根須人だ」
「ほう……」
猿楽師は一瞬、値踏みするような目で得根須人皇子を見た。
だがすぐに朗らかな笑顔を浮かべると言った。
「それで、そちらの美しい女性は?」
「彼女は右大臣令嬢だ。猿楽師が軽々しく話しかけて良い女性ではない」
「では人間なのですね」
「まだ、言うか」
「失礼いたしました。あまりに美しい女性でしたので、つい疑ってしまいました。美女に化ける妖怪がはるばる海を渡って在日名の国に来ていると聞いていたもので」
「いい加減にしろ」
「本当の話です」
猿楽師はしかつめらしい顔で言った。
「皇子であれば、海の向こうの国が滅亡したという話をご存知なのでは?」
「……」
「美女に化けた妖怪が、王を骨抜きにして国を荒らしたのです。妖怪の討伐は失敗。彼らは妖怪を逃がしてしまったのです。その妖怪は、在日名の国の方角に逃げたそうです」
(なんだか、怖いお話……)
摩利子は言い様のない不安に襲われた。
「とんでもありません。私が摩利子殿のお供をしたかったのです。こうして同じ牛車に乗りお話ができるなど、夢のようです」
摩利子の二蛭神社参りに、得根須人皇子は付き添いを買って出てくれた。
摩利子の父である右大臣は、得根須人皇子のこの申し出を喜び、二つ返事で了承した。
右大臣はこのまま摩利子が得根須人皇子と結婚すれば良いと思っているのだろう。
皇太子になると目されていた第一皇子璃王練が丁寧降江へ流された今、皇太子の最有力候補は第二皇子である得根須人皇子なのだから。
「父がおかしなことを期待しているようですが、どうかお気遣いなきよう」
「いいえ、私はぜひとも右大臣の期待に答えたく存じます」
「え……そ、それは……」
得根須人皇子の気持ちを聞かされ、摩利子は思わず扇で顔を隠した。
「み、帝が……璃王練皇子に厳しいご判断をなされて、大変驚きました」
摩利子は話を逸らした。
「帝は璃王練皇子を大変可愛がっておられましたのに」
「ああ……」
摩利子が振った雑談に、得根須人皇子は生真面目な調子で答えた。
「実は色々と訳があるのです。帝が今まで兄者を最も大切にしていたのは……」
白髪紅目の璃王練皇子が生まれたとき、その稀な色彩に帝は霊異を感じた。
「この子には神が宿っているに違いない」
帝は璃王練皇子を大切にした。
いずれは璃王練皇子を皇太子とするために、宮中で権勢をふるう右大臣の娘とも婚約させた。
しかしこのところ璃王練皇子には不品行が目立つようになっていた。
幼いころは神々しかった璃王練皇子だが、ここ最近は、かつての神威のようなものは感じられなくなっていた。
そんなある日、帝の夢枕に祖霊が現れて告げた。
――璃王練皇子を都より遠ざけよ。
――さもなくば都に災いが降りかかるであろう。
「……!」
夢のお告げを受けた帝は、しかし迷った。
都から追放するということは、皇子の将来を潰すということだからだ。
しかし期せずして、あの宴での婚約破棄騒動が起こった。
娘を虚仮にされた右大臣は怒り心頭だった。
宮中で権勢をふるう右大臣に疎まれては、皇太子として立つことは難しいだろう。
璃王練皇子の政治生命はすでに終わったのだと帝は覚った。
「それで帝は、兄者を流す決断をなされたのです」
「うちの父のせいで……」
「摩利子殿が気に病むことではありません。兄者は摩利子殿を島流しにしようとしたのです。それで右大臣に疎まれたのですから因果応報というもの」
「ですが、皇子の一存で妾を島流しにすることは不可能だったことでしょう。あれは口先だけのことです。だって、璃王練皇子ですから……」
「それは、まあ、確かに。兄者は口先だけは大きい男でした……」
「壺装束もお似合いですね」
「た、ただの外出着ですわ」
牛車を降りると、摩利子は得根須人皇子とともに二蛭神社の境内に続く参道を歩いた。
「あら、歌が……」
境内に近付くにつれ、歌声が聴こえた。
参道を進むにつれてその歌声ははっきりと聴こえてきた。
「これは今様ですね」
「風流ですこと」
神社の鳥居をくぐったところで、歌声の主の姿が見えた。
少し派手目な狩衣を来た男が、今様を口ずさみながら、神社の境内でひらりひらりと舞っていた。
「……」
摩利子は足を止めた。
舞の邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
得根須人皇子も足を止めると、摩利子に囁いた。
「あれは猿楽師ですね」
二人はしばしその場で、境内で舞う猿楽師の舞を眺めた。
「……!」
舞を終えた猿楽師はこちらを振り向いて微笑むと、摩利子に話しかけて来た。
「貴女のような美しいお方に出会えるとは。驚きました。妖怪だったとしてもかまいません。どうかお名前をお聞かせください」
「よ、妖怪?!」
摩利子が面食らうと、得根須人皇子が憮然とした表情で猿楽師に言い返した。
「貴様、無礼だぞ」
「これは失礼いたしました」
猿楽師は恭しく礼をとった。
「私は旅の猿楽師、鳶と申します。以後お見知りおきを」
「貴様はここで何をしていたのだ」
「舞を奉納しておりました。貴方こそ、何者ですか」
「私は帝の第二皇子、得根須人だ」
「ほう……」
猿楽師は一瞬、値踏みするような目で得根須人皇子を見た。
だがすぐに朗らかな笑顔を浮かべると言った。
「それで、そちらの美しい女性は?」
「彼女は右大臣令嬢だ。猿楽師が軽々しく話しかけて良い女性ではない」
「では人間なのですね」
「まだ、言うか」
「失礼いたしました。あまりに美しい女性でしたので、つい疑ってしまいました。美女に化ける妖怪がはるばる海を渡って在日名の国に来ていると聞いていたもので」
「いい加減にしろ」
「本当の話です」
猿楽師はしかつめらしい顔で言った。
「皇子であれば、海の向こうの国が滅亡したという話をご存知なのでは?」
「……」
「美女に化けた妖怪が、王を骨抜きにして国を荒らしたのです。妖怪の討伐は失敗。彼らは妖怪を逃がしてしまったのです。その妖怪は、在日名の国の方角に逃げたそうです」
(なんだか、怖いお話……)
摩利子は言い様のない不安に襲われた。
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