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第10話 資材調達交渉
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紫喜嬢の一件で散々な目に遭った私は、洋嘉の屋敷へと凄い勢いで向かっていた。どうしても、あいつに一言いってやらねば気が済まん。
「洋嘉!」
「やあ、牙燎。どうだった、上手くいった?」
「上手くいくも何も! 一体なんて女性を紹介してくれたんだ!」
「君にぴったりだったでしょ?」
「ぴったりすぎて怖いわ!」
私は怒りのあまり勧められた椅子にドスンと腰を下ろした。
そして今回の見合いで起きたことを、英凛とのあれやこれやに関する部分はボカして語る。
「あっはっはっは! 傑作だなぁ、見てみたかったよ縛られて情けない顔をしている君!」
「冗談じゃない! あんなのもうこりごりだ」
洋嘉は相変わらず机をバンバン叩いて笑い転げている。こいつ、他人事だと思って……
「なんであんな条件で私を勧めたんだ、全く……」
「いや流石にそんな性癖まではこちらも詳しく聞いていないよ。ただ年齢は二十から四十くらいまで、体格が良くて、性格は真面目で擦れてない、結婚したら尽くしてくれそうでどちらかと言えば尻に敷かれそうな人って。あ、あと、躾けたら言うことを従順に聞きそうな男性希望、くらいかな」
「ぐぬぬ……」
確かに間違ってない。間違ってないけど一番肝心な条件が抜けてるじゃないか!
これはきっとあれだな。父親の孫諌議大夫が突き抜けすぎてる娘の条件を婉曲に言い換えて伝えたに違いない。
「いや、こんなにも君に当てはまる条件の縁談話、他にはないと思ってたんだけどね」
「誰が尻に敷かれそうで、言うことを従順に聞きそうなんだ!」
「違うの?」
「ぐ……っ」
そりゃ思い返せば最近の私は完全に英凛の尻に敷かれているし、英凛の言うことは結局従順に受け入れている節はあるが!
「ともかく! 次はもっと普通の女性で頼む!」
「えー……まだ続けるのー……?」
ものすごくめんどくさそうな顔で机に頬杖をついた洋嘉が、ちらりとこちらを見やる。
「当たり前だ! そうしないと私が……」
「私が?」
「…………」
英凛に流されて食われる、危うくそう言いかけた。
流石にそれは言えない。と言うかもう流されて、浮いてる板に縋り付いてギリギリなんとか溺れるのを回避しているような状態だなんて口が裂けても言えない。
「……私の人生が結婚にかかっているんだ!」
「結婚は人生の墓場とも言うよね。まあ、僕の場合は楽園だけど~」
「くっ……!」
「この間、三番目の奥さんが懐妊してさー。 男かなー女かなー」
「お前、もう息子三人に娘二人もいるだろうが!」
「やーやっぱり何人出来ても嬉しいもんだよぉ」
洋嘉の人生謳歌っぷりが本当に腹が立つ!
とは言えこいつの場合、そのために一体どれだけの時間と金額を投資してきたか計り知れないので、羨ましいような羨ましくないような気もするが。
今度はくれぐれもとんでもない女性を紹介しないように、と言い置いて洋嘉邸を後にし、私は自宅へと戻った。
***
それから少しして。李の花も終わり、新緑が芽吹き始める頃、私は二回目の見合いの日を迎えた。
今度の相手は武器商人の娘で、姓を呂、字を恵玉と言う。
年齢は二十八歳と少々いっているが、これは若い頃に事故で怪我を負ってその治療のために婚期を逃してしまったかららしい。
もっとも私自身が三十九歳と激しく結婚適齢期を逸脱しているのだから、文句をつける筋合いもなければ贅沢を言うつもりもない。
それに年齢が多少上の方が、私が変に気負わなくて済む。若い女性の好む話題を調べて会話するなど、朴念仁の私にとっては敵将の首級を上げるよりも難しいのだから。
性格は真面目で大人しく、あまり主張するような人柄ではないらしい。容姿も取り立てて美人というほどではないが、どこか守ってあげたくなる、と洋嘉は評していた。
前回のことがあったので、一体次はどんな女性なのかと身構えていた私は何だか拍子抜けしてしまった。
年齢のことを除けば、びっくりするほど普通の女性のようだ。
それに武器商人の娘と言うのは武に生きる私にとってはありがたい。うまくいけば安値で買わせてもらえないだろうかなどと、安直なことを考えたりもしていた。
軍で使用している武具の類は基本的には官給品だが、一応副将軍ともなればある程度の規定を満たした私物を使うことが許されている。
私は長身を利用して、通常よりも柄の長い戟を振り回して敵を薙ぎ倒す戦法を得意としていた。そのためどうしても武器は特注品となる。ついでに言えば体が大きくて甲冑も官給品が入らないので同じく特注品だ。結構痛い出費なのだこれが。
そんな訳で、私は洋嘉の紹介に快諾したのである。
武器商人の家は、都の中でも一番の賑わいをみせる、東市の武具街にあった。この国は年がら年中戦ばかりしているのだから、武具の需要には事欠かない。そのためどの工房も鉄を打つ音が絶えず鳴り響き、皮革や木材などが次々と運ばれていく。
相手の店は武具街でも一番端の方にあった。ちらほらと客はいるが店構えが新しいことから、開店してまだそれほど年月が経っていないのかもしれない。
軒先に並べられた安価な剣をちらりと見たが、安値の割には比較的物が良さそうだった。これで粗悪品でも扱っていたらどうしようかと思ったのだが、その心配はなさそうだ。
冷やかし程度に店を見た後、私はその奥に連なっている邸宅兼工房の方へと回った。ここでも盛んに鋼が鍛えられている。決して豪壮な屋敷ではないが、武に携わる者特有の質実剛健と言った造りは好ましいものだった。
下働きの者を捕まえて用件を伝えると、すぐに焦ったように一人の肥えた男がやってきた。
「これはこれは、わざわざご足労いただきありがとうございます! 私、当店の主人をしております呂明徳と申します。どうぞよしなに」
「黄牙燎です。どうぞよろしくお願いします」
この男性が今回の見合い相手の父親だろう。なかなかに肥えていて、頭も禿げ上がっているが、早口気味なところはやはり商人と言ったところか。
彼に案内されて母屋の奥へと進む。
「いや、まさか天下の黄将軍をご紹介いただけるとは思っても見ませんでした。私は元は自ら鉄を打って剣を鍛えておりましたが、どうにもこうにもそちらの方面の才能がなく。代わりにささやかばかりではありましたが商才はございましたので、二年ほど前に師匠のところから独立して新たに店を構えたのです。故にこの武具街では一番の新参者。まさかまさかそんな者のところに、辺境の鬼神と名高い黄様がいらっしゃるとは……」
「そ、そうですか……」
将軍じゃなくてまだ副将軍なんだがとか、他人の口から『辺境の鬼神』とか言われてしまうとこっぱずかしいとか色々言いたいことはあったのだけれど、とにかくよく喋る御仁だった。
職工よりも商人としての才能のほうがあると本人が言うだけあって、私が適当に相槌をうっているだけなのに、彼はひたすら淀みなく喋り続けていた。
奥向きの部屋へ通されると、一人の女性が座っていた。
「こちらが我が娘の恵玉でございます。怪我の治療のせいで年齢は多少いっておりますが、気立ても良く優しい娘です。私共夫婦には息子がおりませんで、一人娘故に少々引っ込み思案なところもありますが、家庭を守る良き妻になれると思います。さ、恵玉。将軍にご挨拶をしなさい」
「……恵玉、と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
椅子から立ち上がり、それだけを言うと深々と頭を下げる。
間違いなく彼女は母親似だと思った。
挨拶の後も聞こえてくるのは明徳殿の声ばかりで、彼女は時折微笑んだり、はいと答えたりするくらいだ。
かと言って、陰気という訳ではない。ただひたすらに大人しい。あまり自己主張もしない方なのだろう。確かに洋嘉が言うように、どこか守ってあげたくなるような雰囲気も持ち合わせているのだが、いくらなんでももう少し喋って欲しい。そして父親は少し黙っていて欲しい。足して二で割ればちょうど良いのに、と思わずにはいられなかった。
私の元妻もあまり喋らない方だった。彼女とはロクに話もしないまま別れてしまったので、大人しい女性に対して、どうやって接したらいいのかよく分からない。
英凛とだったら昔から知っているという気安さがあって、たわいもない話も出来るし沈黙も苦にならない。
見合いというのは難しいものだな、と思った。
双方の条件に問題がなくても、当人同士の相性ばかりは実際に会ってみないと分からない。
元妻とも当然見合いで結婚したのだが、昔は条件さえ釣り合いが取れていればいいと、深く考えずに承諾した。
だが離婚を経験して、私は臆病になった。
もしもまた妻となる女性を傷つけてしまったら。そして、また相性が合わずに逃げられたら。
そう思うと、無分別に一歩踏み出すことができなくなった。
ただ、目の前にいる恵玉嬢がどんな人なのか、まだ実際には分からない。とにかく先程から父親ばかりが喋っているので、まだ彼女の考えが何も聞けていない。二人きりになればもう少し話も出来るだろうか。
「…………ですから、大変厚かましいお願いだとは重々承知しているのですが、娘との縁談が成立しましたならば、黄将軍には婿として当家にお入りいただきたく……」
「え……?」
あまりにも明徳殿が喋り続けるので半分聞き流していたが、今、婿に、と言ったぞ?
確かに私は三男で、長兄も次兄も息子ばかり生まれているので黄家は跡継ぎには全く不自由していないが……
ちらり、と恵玉嬢を見ると大人しそうに目を伏せている。
婿に来て欲しいのはどうやら彼女も同じようだ。
それはそうだろう。長年の下積みを経てやっと独立して店を構えたが、いるのはたった一人の娘、とあれば婿養子を望むのは当然の流れだ。
「あ、いえいえ、急にとは申しません。こういうことはじっくりと考えてからでも遅くありませんし、娘とは徐々に打ち解けていってくだされば幸いにござります。そうそう、お近づきの印に大した品ではございませんが当店の剣を一振りご用意いたしました。これ、康壮。あれを持って来なさい」
こちらが突っ込みを入れる暇もなく、明徳殿がパンパンと手を叩いて人を呼ぶ。
現れた青年は、下働きの者というよりは如何にも職工と言った雰囲気で、捲り上げた袖からは剣を鍛えるための逞しい二の腕が晒されている。その腕もあちこちに火傷の跡があって、見るからに鍛治職人だ。
「今朝、鍛え終わったばかりのものです。お目汚しかとは思いますが」
実直そうに言うその姿は、私の好むところだ。だがそれよりも私の目を引くものがあった。
「これは……」
手渡されたその剣は、一見すれば装飾もこれと言ってないごく普通の長剣だ。だがこれはまごうことなく、「本物」だった。
「すみませんが……試し斬りをしてみても?」
「ええ、ええ! 構いませぬとも! 鍛え終わったばかりでまだ装飾もございませぬが、切れ味の方は絶対に保証いたします。こちらはこの康壮が鍛えたものです。まだ若いですが、私など遠く及ばないほどに鍛治職人としての腕は確かです。当店は彼の腕で持っていると言っても過言ではございません」
そう言われて康壮は少し照れ臭そうにぺこり、と頭を下げる。まだ若いのにこれほどの腕を持つ彼にも驚いたが、私が密かに感心したのは明徳殿の心映えだ。
自分の才能が、自分よりもはるかに若い者に及ばないと素直に認められる者はそう多くない。大抵は経験や自尊心がそれを妨げる。職工としての誇りや、長い下積み時代の苦労もあっただろうに、それを捨て去って若い才能に託せるというのは、素直に素晴らしいと思った。
どうやら喋り続けるだけの御仁ではないらしい。
中庭に試し斬り用の藁束を三つほど用意してもらうのを、うずうずしながら待つ。
その時、私の隣には恵玉嬢がそっと佇んでいたのだが、ふと思いついて話しかけてみる。
「……彼の腕は素晴らしいですね。見ただけでもこの剣がどれほど丁寧に鍛えられたか分かります」
口下手な私でも、武器のことになれば舌は回る。まあ、女性に振るべき話題ではないが。
「……ええ! 彼は本当に素晴らしい職人なんです。毎日、朝早くから夜遅くまで真剣に働いて。彼のおかげで父の店もようやく軌道に乗って来ました。私も、彼が楽しそうにに仕事をしているところを見るのが好きなんです」
……驚いた。彼女は全然喋らないかと思っていたが、やはりあの父親の血筋か。
興奮すると一気にまくしたててしまうようだ。
だが、彼女の眼差しは私を見ていない。下働きの者たちに指示を出して藁束を設置させている康壮を見つめ続けている。心なしか頬に赤みもさしているし、瞳も潤んでいる。
(あれ……これって……)
そう言えば英凛に「もっと相手をよく観察しなさい」と言われたことを思い出して、先ほどから視界の片隅に捉えていた彼女を思い出す。
よくよく思えば、康壮が部屋に入って来た時から、彼女はどこか落ち着かなさそうにそわそわとしていた。父親が説明している間も、康壮の方を見ていたように思う。そして今もまた。
「お嬢様、用意が整いました」
そう告げる康壮にふんわりとした幸せそうな微笑みで返事をしているし、康壮もまたとても大切なものを見る眼差しで恵玉嬢を見ている。
(あらららら……)
その後、私は試し斬りをさせてもらったのだが、剣の切れ味は文句のつけようがない素晴らしいものだった。だが、なんだか切り捨てることのできない気まずい思いが残った。
「いかがです、黄将軍。素晴らしい切れ味でしょう!」
「これは良いものです。こんなものを本当にいただいても?」
「ええ、ええ! 勿論ですとも!」
その時、明徳殿の瞳の奥がきらりと光るのを確かに私は見た。
「こちらをお使いいただければ、将軍の名声は西部方面軍でもさらに高まるでしょう!」
なるほど、それが狙いか、と気づく。
腐っても商人。侮りがたし、と私は痛感した。
「洋嘉!」
「やあ、牙燎。どうだった、上手くいった?」
「上手くいくも何も! 一体なんて女性を紹介してくれたんだ!」
「君にぴったりだったでしょ?」
「ぴったりすぎて怖いわ!」
私は怒りのあまり勧められた椅子にドスンと腰を下ろした。
そして今回の見合いで起きたことを、英凛とのあれやこれやに関する部分はボカして語る。
「あっはっはっは! 傑作だなぁ、見てみたかったよ縛られて情けない顔をしている君!」
「冗談じゃない! あんなのもうこりごりだ」
洋嘉は相変わらず机をバンバン叩いて笑い転げている。こいつ、他人事だと思って……
「なんであんな条件で私を勧めたんだ、全く……」
「いや流石にそんな性癖まではこちらも詳しく聞いていないよ。ただ年齢は二十から四十くらいまで、体格が良くて、性格は真面目で擦れてない、結婚したら尽くしてくれそうでどちらかと言えば尻に敷かれそうな人って。あ、あと、躾けたら言うことを従順に聞きそうな男性希望、くらいかな」
「ぐぬぬ……」
確かに間違ってない。間違ってないけど一番肝心な条件が抜けてるじゃないか!
これはきっとあれだな。父親の孫諌議大夫が突き抜けすぎてる娘の条件を婉曲に言い換えて伝えたに違いない。
「いや、こんなにも君に当てはまる条件の縁談話、他にはないと思ってたんだけどね」
「誰が尻に敷かれそうで、言うことを従順に聞きそうなんだ!」
「違うの?」
「ぐ……っ」
そりゃ思い返せば最近の私は完全に英凛の尻に敷かれているし、英凛の言うことは結局従順に受け入れている節はあるが!
「ともかく! 次はもっと普通の女性で頼む!」
「えー……まだ続けるのー……?」
ものすごくめんどくさそうな顔で机に頬杖をついた洋嘉が、ちらりとこちらを見やる。
「当たり前だ! そうしないと私が……」
「私が?」
「…………」
英凛に流されて食われる、危うくそう言いかけた。
流石にそれは言えない。と言うかもう流されて、浮いてる板に縋り付いてギリギリなんとか溺れるのを回避しているような状態だなんて口が裂けても言えない。
「……私の人生が結婚にかかっているんだ!」
「結婚は人生の墓場とも言うよね。まあ、僕の場合は楽園だけど~」
「くっ……!」
「この間、三番目の奥さんが懐妊してさー。 男かなー女かなー」
「お前、もう息子三人に娘二人もいるだろうが!」
「やーやっぱり何人出来ても嬉しいもんだよぉ」
洋嘉の人生謳歌っぷりが本当に腹が立つ!
とは言えこいつの場合、そのために一体どれだけの時間と金額を投資してきたか計り知れないので、羨ましいような羨ましくないような気もするが。
今度はくれぐれもとんでもない女性を紹介しないように、と言い置いて洋嘉邸を後にし、私は自宅へと戻った。
***
それから少しして。李の花も終わり、新緑が芽吹き始める頃、私は二回目の見合いの日を迎えた。
今度の相手は武器商人の娘で、姓を呂、字を恵玉と言う。
年齢は二十八歳と少々いっているが、これは若い頃に事故で怪我を負ってその治療のために婚期を逃してしまったかららしい。
もっとも私自身が三十九歳と激しく結婚適齢期を逸脱しているのだから、文句をつける筋合いもなければ贅沢を言うつもりもない。
それに年齢が多少上の方が、私が変に気負わなくて済む。若い女性の好む話題を調べて会話するなど、朴念仁の私にとっては敵将の首級を上げるよりも難しいのだから。
性格は真面目で大人しく、あまり主張するような人柄ではないらしい。容姿も取り立てて美人というほどではないが、どこか守ってあげたくなる、と洋嘉は評していた。
前回のことがあったので、一体次はどんな女性なのかと身構えていた私は何だか拍子抜けしてしまった。
年齢のことを除けば、びっくりするほど普通の女性のようだ。
それに武器商人の娘と言うのは武に生きる私にとってはありがたい。うまくいけば安値で買わせてもらえないだろうかなどと、安直なことを考えたりもしていた。
軍で使用している武具の類は基本的には官給品だが、一応副将軍ともなればある程度の規定を満たした私物を使うことが許されている。
私は長身を利用して、通常よりも柄の長い戟を振り回して敵を薙ぎ倒す戦法を得意としていた。そのためどうしても武器は特注品となる。ついでに言えば体が大きくて甲冑も官給品が入らないので同じく特注品だ。結構痛い出費なのだこれが。
そんな訳で、私は洋嘉の紹介に快諾したのである。
武器商人の家は、都の中でも一番の賑わいをみせる、東市の武具街にあった。この国は年がら年中戦ばかりしているのだから、武具の需要には事欠かない。そのためどの工房も鉄を打つ音が絶えず鳴り響き、皮革や木材などが次々と運ばれていく。
相手の店は武具街でも一番端の方にあった。ちらほらと客はいるが店構えが新しいことから、開店してまだそれほど年月が経っていないのかもしれない。
軒先に並べられた安価な剣をちらりと見たが、安値の割には比較的物が良さそうだった。これで粗悪品でも扱っていたらどうしようかと思ったのだが、その心配はなさそうだ。
冷やかし程度に店を見た後、私はその奥に連なっている邸宅兼工房の方へと回った。ここでも盛んに鋼が鍛えられている。決して豪壮な屋敷ではないが、武に携わる者特有の質実剛健と言った造りは好ましいものだった。
下働きの者を捕まえて用件を伝えると、すぐに焦ったように一人の肥えた男がやってきた。
「これはこれは、わざわざご足労いただきありがとうございます! 私、当店の主人をしております呂明徳と申します。どうぞよしなに」
「黄牙燎です。どうぞよろしくお願いします」
この男性が今回の見合い相手の父親だろう。なかなかに肥えていて、頭も禿げ上がっているが、早口気味なところはやはり商人と言ったところか。
彼に案内されて母屋の奥へと進む。
「いや、まさか天下の黄将軍をご紹介いただけるとは思っても見ませんでした。私は元は自ら鉄を打って剣を鍛えておりましたが、どうにもこうにもそちらの方面の才能がなく。代わりにささやかばかりではありましたが商才はございましたので、二年ほど前に師匠のところから独立して新たに店を構えたのです。故にこの武具街では一番の新参者。まさかまさかそんな者のところに、辺境の鬼神と名高い黄様がいらっしゃるとは……」
「そ、そうですか……」
将軍じゃなくてまだ副将軍なんだがとか、他人の口から『辺境の鬼神』とか言われてしまうとこっぱずかしいとか色々言いたいことはあったのだけれど、とにかくよく喋る御仁だった。
職工よりも商人としての才能のほうがあると本人が言うだけあって、私が適当に相槌をうっているだけなのに、彼はひたすら淀みなく喋り続けていた。
奥向きの部屋へ通されると、一人の女性が座っていた。
「こちらが我が娘の恵玉でございます。怪我の治療のせいで年齢は多少いっておりますが、気立ても良く優しい娘です。私共夫婦には息子がおりませんで、一人娘故に少々引っ込み思案なところもありますが、家庭を守る良き妻になれると思います。さ、恵玉。将軍にご挨拶をしなさい」
「……恵玉、と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
椅子から立ち上がり、それだけを言うと深々と頭を下げる。
間違いなく彼女は母親似だと思った。
挨拶の後も聞こえてくるのは明徳殿の声ばかりで、彼女は時折微笑んだり、はいと答えたりするくらいだ。
かと言って、陰気という訳ではない。ただひたすらに大人しい。あまり自己主張もしない方なのだろう。確かに洋嘉が言うように、どこか守ってあげたくなるような雰囲気も持ち合わせているのだが、いくらなんでももう少し喋って欲しい。そして父親は少し黙っていて欲しい。足して二で割ればちょうど良いのに、と思わずにはいられなかった。
私の元妻もあまり喋らない方だった。彼女とはロクに話もしないまま別れてしまったので、大人しい女性に対して、どうやって接したらいいのかよく分からない。
英凛とだったら昔から知っているという気安さがあって、たわいもない話も出来るし沈黙も苦にならない。
見合いというのは難しいものだな、と思った。
双方の条件に問題がなくても、当人同士の相性ばかりは実際に会ってみないと分からない。
元妻とも当然見合いで結婚したのだが、昔は条件さえ釣り合いが取れていればいいと、深く考えずに承諾した。
だが離婚を経験して、私は臆病になった。
もしもまた妻となる女性を傷つけてしまったら。そして、また相性が合わずに逃げられたら。
そう思うと、無分別に一歩踏み出すことができなくなった。
ただ、目の前にいる恵玉嬢がどんな人なのか、まだ実際には分からない。とにかく先程から父親ばかりが喋っているので、まだ彼女の考えが何も聞けていない。二人きりになればもう少し話も出来るだろうか。
「…………ですから、大変厚かましいお願いだとは重々承知しているのですが、娘との縁談が成立しましたならば、黄将軍には婿として当家にお入りいただきたく……」
「え……?」
あまりにも明徳殿が喋り続けるので半分聞き流していたが、今、婿に、と言ったぞ?
確かに私は三男で、長兄も次兄も息子ばかり生まれているので黄家は跡継ぎには全く不自由していないが……
ちらり、と恵玉嬢を見ると大人しそうに目を伏せている。
婿に来て欲しいのはどうやら彼女も同じようだ。
それはそうだろう。長年の下積みを経てやっと独立して店を構えたが、いるのはたった一人の娘、とあれば婿養子を望むのは当然の流れだ。
「あ、いえいえ、急にとは申しません。こういうことはじっくりと考えてからでも遅くありませんし、娘とは徐々に打ち解けていってくだされば幸いにござります。そうそう、お近づきの印に大した品ではございませんが当店の剣を一振りご用意いたしました。これ、康壮。あれを持って来なさい」
こちらが突っ込みを入れる暇もなく、明徳殿がパンパンと手を叩いて人を呼ぶ。
現れた青年は、下働きの者というよりは如何にも職工と言った雰囲気で、捲り上げた袖からは剣を鍛えるための逞しい二の腕が晒されている。その腕もあちこちに火傷の跡があって、見るからに鍛治職人だ。
「今朝、鍛え終わったばかりのものです。お目汚しかとは思いますが」
実直そうに言うその姿は、私の好むところだ。だがそれよりも私の目を引くものがあった。
「これは……」
手渡されたその剣は、一見すれば装飾もこれと言ってないごく普通の長剣だ。だがこれはまごうことなく、「本物」だった。
「すみませんが……試し斬りをしてみても?」
「ええ、ええ! 構いませぬとも! 鍛え終わったばかりでまだ装飾もございませぬが、切れ味の方は絶対に保証いたします。こちらはこの康壮が鍛えたものです。まだ若いですが、私など遠く及ばないほどに鍛治職人としての腕は確かです。当店は彼の腕で持っていると言っても過言ではございません」
そう言われて康壮は少し照れ臭そうにぺこり、と頭を下げる。まだ若いのにこれほどの腕を持つ彼にも驚いたが、私が密かに感心したのは明徳殿の心映えだ。
自分の才能が、自分よりもはるかに若い者に及ばないと素直に認められる者はそう多くない。大抵は経験や自尊心がそれを妨げる。職工としての誇りや、長い下積み時代の苦労もあっただろうに、それを捨て去って若い才能に託せるというのは、素直に素晴らしいと思った。
どうやら喋り続けるだけの御仁ではないらしい。
中庭に試し斬り用の藁束を三つほど用意してもらうのを、うずうずしながら待つ。
その時、私の隣には恵玉嬢がそっと佇んでいたのだが、ふと思いついて話しかけてみる。
「……彼の腕は素晴らしいですね。見ただけでもこの剣がどれほど丁寧に鍛えられたか分かります」
口下手な私でも、武器のことになれば舌は回る。まあ、女性に振るべき話題ではないが。
「……ええ! 彼は本当に素晴らしい職人なんです。毎日、朝早くから夜遅くまで真剣に働いて。彼のおかげで父の店もようやく軌道に乗って来ました。私も、彼が楽しそうにに仕事をしているところを見るのが好きなんです」
……驚いた。彼女は全然喋らないかと思っていたが、やはりあの父親の血筋か。
興奮すると一気にまくしたててしまうようだ。
だが、彼女の眼差しは私を見ていない。下働きの者たちに指示を出して藁束を設置させている康壮を見つめ続けている。心なしか頬に赤みもさしているし、瞳も潤んでいる。
(あれ……これって……)
そう言えば英凛に「もっと相手をよく観察しなさい」と言われたことを思い出して、先ほどから視界の片隅に捉えていた彼女を思い出す。
よくよく思えば、康壮が部屋に入って来た時から、彼女はどこか落ち着かなさそうにそわそわとしていた。父親が説明している間も、康壮の方を見ていたように思う。そして今もまた。
「お嬢様、用意が整いました」
そう告げる康壮にふんわりとした幸せそうな微笑みで返事をしているし、康壮もまたとても大切なものを見る眼差しで恵玉嬢を見ている。
(あらららら……)
その後、私は試し斬りをさせてもらったのだが、剣の切れ味は文句のつけようがない素晴らしいものだった。だが、なんだか切り捨てることのできない気まずい思いが残った。
「いかがです、黄将軍。素晴らしい切れ味でしょう!」
「これは良いものです。こんなものを本当にいただいても?」
「ええ、ええ! 勿論ですとも!」
その時、明徳殿の瞳の奥がきらりと光るのを確かに私は見た。
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