純情将軍の婚活戦線、異常アリ⁉︎

葦原とよ

文字の大きさ
21 / 28

第21話 召集

しおりを挟む
 今日も特に収穫はなかった。

 綺晶きしょう嬢との「逢瀬」を終えて帰宅したが、これと言って手がかりもなく今のところ空振りに終わっている。

 表面的に見れば彼女は本当に私を好意を寄せているように見えるし、それとなくそういう関係になりたいという言葉も聞いている。

 ただ数回会っていても今のところ閨を共にするどころか手も握っておらず、それに対してどことなく彼女の方に苛立ちや焦りが見え隠れするようになってきた。

 妙齢の美女が、四十目前の男を落とせずに焦る理由とはなんだろう。
 私が莫大な資産を持っているとかならともかく、英凛えいりんのおかげで財産は増えているが彼女の実家からしたら大した額ではなかろう。

「お疲れ様です、旦那様。西瓜を切りましたけれど召し上がられます?」
「ああ、そうだな。暑いからちょうどいい」

 食堂へ行くと英凛が綺麗に切られた西瓜を持って来てくれた。
 井戸水で冷やしていたのか、冷たくてほどよい甘さと水分が体に染み渡っていく。

「……今日も特に何もなく?」
「ああ……一体何が目的なんだか……」

 英凛にはとうに事情を話してある。勿論、洋嘉ようかにも経緯は説明してあって、背後に控えているであろう衛原えいげん王の周辺動向にも注意を払ってもらっていた。

「もう何だか彼女が賭けにでも負けて、罰としておっさんを落とす遊びでもしているんじゃないかと思えて来た」
「それだけにしては随分大掛かりすぎでしょう」

 英凛が苦笑してお茶を一口飲む。確かに父親まで巻き込んでそれはないと思うのだが、あまりにも目的が不明すぎて些かうんざりしてきていた。

 このままずるずると会っていても尻尾は掴めそうにない気がする。何かコトを起こさなければいけないのでは、と思い始めた時だった。

「副将軍! 黄副将軍はご在宅ですか!」

 どんどん、と表戸を叩く音がする。それにあの声は翔星しょうせいのものだ。
 何か緊急の事態か、と私は玄関へ向かった。

 表戸を開けると、そこには息急き切って走って来たらしい翔星が肩で息をしている。ぽたぽたと汗も流れ落ちて、相当焦って来たことが窺えた。

「どうした翔星。何があった」

「……休戦協定を破り、国境に、敵軍侵入っ。西部方面軍全軍に、出陣令が、下りましたっ」

 はぁはぁと荒い息の下から途切れ途切れに伝えられた言葉は、ある意味で想定の範囲内であった。あの隣国が大人しくしている訳がないと思っていたので、休暇の間も私は鍛錬を欠かさなかったし、翔星たちも手合わせと称して鍛えていた。

「そうか、連絡ありがとう。出立はいつだ」
「先発隊は、明日っ……輜重しちょう隊および後発隊は五日後に……っ」

「明日か……早いな。げきはこの間出来上がってきたからいいとして……甲冑を受け取りに行かねばならんな」

 国境には当然留守居の兵もいるから、すぐに大打撃を被ると言うことはないだろうが、一刻も早く私が駆けつけて睨みを効かせるに越したことはない。

「あ、あのっ!」
「ん? どうした、翔星」

 ようやく息を整えてまっすぐ立った翔星は、どこか紅潮した顔で私の後ろを見つめている。

「英凛さんっ!」

 ああ、私ではなく英凛を見ていたのかと気づいたのと同時くらいに、翔星ははっきりと言った。

「この戦が終わったら、貴女に結婚を申し込みます! それまで待っていてくれませんか!」

「えっ……」

 一気にすっ飛ばしたな翔星、と思いながら後ろにいた英凛を見ると、英凛は珍しく顔色を失っていて相当な衝撃を受けていた。まあ、交際の申し込みどころかいきなり結婚、とは英凛が固まるのも分からなくない。

 ちなみに私は余裕ぶっているが、内心英凛がそれを受けたらどうしよう、と少々動揺していた。今までの己の所業を振り返れば、翔星に乗り換えられたっておかしくない。
 英凛が翔星を選んだならば、私はそれを祝福できるのだろうか。いや……

「あ、あのっ……私……」

 英凛が何かをいいかけようとするのを、翔星が手で制した。

「今お返事を聞いたら、戦場に行けなくなってしまうかもしれないので! 私の無事を祈っていて下さい! ではまた!」

 それだけ言うと翔星は、来た時と同じように凄い勢いで駆け出して行った。おいおい、この状態の英凛を残して行って、後は全部私任せか?

「……あー……とりあえずここでは何だから、中へ入るか」
「はい……」

 英凛の肩に触れて促すと、その細い肩が震えている。英凛がこんなにもはっきりと動揺を見せるのは珍しい、と思った。

 英凛を私の書斎へ連れて行き、椅子へと座らせる。英凛はまだ真っ青になったまま小さく震えていて、溜息をついた私は前にしゃがみ込むとその手を握りしめて言った。

「どうした英凛。らしくないぞ?」
「だって、だって……」
「まあ交際を通り越していきなり結婚の申し込み、とは驚いたが……」
「そんなの! そんなのどうだっていいんです!」
「えっ……?」

 ついに大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら顔をあげた英凛に私は驚いた。結婚の申し込みの件で動揺していたのではなかったのか? あと、どうだっていいと言われた翔星に少し同情する。

「旦那様が! 旦那様が……っ!」

 そう言うなり英凛が私に飛びついて来たので、私は受け身を取りながら後ろにひっくり返る。腕の中には英凛を抱き締めたまま。

「何で! 七年も従軍してたのにっ……また旦那様が行かなくちゃいけないんですか!」

 思ってもみなかった英凛の言葉に、私は驚くとともに溜息をつきながら英凛をあやした。

「英凛だって分かっているだろう? 私は武人だ。それが仕事なのだから仕方あるまい」
「でもっ! 旦那様じゃなくてもいいじゃないですか! 行っちゃイヤ!」
「どうしたんだ英凛。そんなに聞き分けのない……」
「だって、だって! 父様も出陣したきり、帰ってこなかった……!」
「‼︎」

 幼い子供のように泣きじゃくる英凛を撫でながら、私は酷い誤解をしていた、と思った。

 普段の英凛はあんまりにもしっかりしていて、常に笑っていて朗らかで、一見隙がないから忘れていた。英凛は、父親を戦で亡くした二十歳になったばかりの女性だと言うことを。

 父親を早くに亡くして、兄弟もなく、一人で母親を抱えて。心細くないわけがない。
 どんなに家の中を完璧に切り盛りしたって、料理の腕を上げたって、書斎に生けるその花を見てくれる人が二度と帰って来なかったら、と思ったらどれほど辛いだろう。

 七年前のあの日も英凛は泣きじゃくっていた。
 父様行かないで、おじさま行かないで、と。

 そうしてそのまま奉直ほうちょくは英凛の元に戻ってくることはなかった。

 今、英凛の脳裏にはあの時の気持ちも蘇ってきてしまっているのだろう。
 きっと私も出陣したままもう帰ってこない、と。

「英凛……」
「イヤです、旦那様、行っちゃイヤ!」

 幼子のように駄々をこねる英凛をきつく抱き締める。
 次から次へとこぼれ落ちる涙を優しく舐めとるが、英凛は手足をばたつかせて暴れ始めた。このままでは埒があかないと思い、体の向きを入れ替えて英凛を床に縫い止める。

「やだ……旦那、様……行かないで……!」

 このまま溶け落ちてしまうのではないかと思えるほど、英凛の真っ黒で大きな瞳が濡れている。目尻に一つ口付けを落とすと、行かないで、と訴え続ける唇にそっと指で触れた。

「英凛、絶対に帰ってくると誓う」

 英凛が行かないで、嫌、と言いかけるたびに口に指を差し入れて言葉を奪う。
 そうして何度でも言った。必ず帰ると。

 ようやく英凛が落ち着いてきて、自分の取った行動に恥じ入るように目尻を朱に染める。伏せた睫毛はしっとりと濡れていた。

「……すみません、分別のないことを言いました」
「いや、いい……」

 とても可愛かったから、という言葉はぎりぎりのところで飲み込む。
 どうも私は、いつもはしっかりしている英凛の時折見せる弱さに殊の外やられてしまうようだ。

「……お体に気をつけて、お国のために頑張ってきて下さい……」
「そんな綺麗事ではなくて、英凛の言葉が聞きたい」

 私がそう言うと、また英凛の瞳からぶわっと涙がこぼれた。

「無事に、帰ってきて下さい……!」
「ああ、必ず帰る」
「絶対、絶対約束ですよ!」
「帰ってくると誓う。どれだけかかっても」
「……七年かかっても?」
「ああ。七年かかっても帰ってきただろう?」
「……そうですね」

 涙にまみれた顔で英凛が笑う。ああ、そうだ。英凛には涙は似合わない。いつもこうして笑っていて欲しい。その笑顔を守るためにも、私は必ず帰ってくる。

「……待っていますから、絶対に帰ってきて下さい」
「ああ。英凛が待っていてくれるなら必ず」
「いつまでも待っています。だから……」

 そう言って英凛がふわっと両手で私の頬を包み込んでくれた。

「後のことは気にせずに前に進んで下さい、旦那様」

「……英、凛…………っ!」

 それは、奇しくも奉直が遺した最期の言葉だった。

 前に進め、牙燎がりょう

 そう言って、笑って友は逝った。
 お前が進むための道は俺が作る。だから、後のことは気にせずに前に進め、と。

 ああ、奉直。
 見えなかった道が見える。
 お前が遺してくれた、私が進むべき道が。



 その翌日。
 私は先発隊として再び国境へ向けて出発した。

 英凛が丹精込めて縫ってくれた戦袍せんぽうには英凛の花の香りが移っていたが、それもすぐに血と汗と埃の匂いに掻き消された。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚式に代理出席したら花嫁になっちゃいました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
美希は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、結婚式の友人の代理出席をする予定で式場にいたのに!? 本編は完結してますが、色々描き足りなかったので、第2章も書いています。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...