トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣

文字の大きさ
47 / 81
拠り所

しおりを挟む
 彼と別れて、ゆるやかな自殺のように不摂政な生活を送っていたから、それがこの子の成長に悪影響を及ぼしていたらどうしようと不安に思っていたけれど、健診の度にすくすくと育っている我が子を自分の目で確認する度に心からほっとした。

 元気に産まれてきてくれたら、それだけでいい。
 何があっても、僕が守るから。
 ああ、早く会いたいな……。

 もう、独りじゃないと理解しているくせに、時折寂しさは僕を誘惑してきてどうしようもないメンタルに陥りそうになる。そんな時は、どうしても手放せずに持ってきてしまった彼のシャツを抱き締めて耐えるしかなかった。

 人は誰かの記憶を失う時、最初に声を忘れるというけれど、最後まで覚えているのはその人の匂いらしい。消えてしまってもおかしくないのに、未だに彼の香りがするシャツ。捨てなきゃと思っているのに、何度もそうしようとしたのに、結局できなくて、僕の中から彼が完全に消えてくれることはないと思い知る。

 だって、ずっと覚えているから。彼のぬくもりも優しさも、全部ぜんぶ、ここにあるから。

 ましてや、彼はトップアイドル。
 テレビをつければ彼の曲が流れてくるし、外を歩けば彼のポスターが貼られている。この世界はsuiで溢れていた。

 彼を感じる度に一々動揺してしまう僕を叱るように、その度に大きくなったお腹の中でぽこぽこと動く子は産まれる前からしっかりしているみたい。

 今までは彼を見つけても必死に目を逸らすことしかできなくてただ心がチクチクと痛むのに耐えるしかなかったけれど、この子が成長してからはすぐに注意をお腹に持って行かれるから僕は我が子に救われていた。


 「陽くん、そろそろだね」
 「はい、……待ち遠しいです」


 先生とそんなやりとりをしたのが、三日前。帝王切開で産むことは決まっていたのだけれど、珍しい元ベータの出産ということもあり、大事をとって早めに入院していた。先生たちのデータが欲しいという依頼に答えたのもあるけれど、何かあった時のために一人でいるよりも頼れる先生が傍にいてくれる方が心強かった。

 正直、心のどこかで彼を忘れることはできないだろうと悟っていた。手術から無事に目が覚めて、元気に泣き叫ぶ我が子と対面した瞬間に思った。この子は間違いなく翠の子だと。この子が僕の子どもでいる限り、彼を忘れるなんて、不可能だと。


 「僕のところに来てくれてありがとう」
 「……かわいいなぁ」


 小さな命を抱えて、その重みとあたたかさにじんわりと熱いものが目に滲む。指を差し出せば、きゅと握ってくれるのがたまらなく愛おしい。僕が抱いた瞬間に泣き止んだ我が子の顔を見て、また涙が溢れた。

 なんとなく、そんな予感はしていたけれど……。
 ねえ、アルファの王様。貴方の遺伝子、強すぎるよ。

 そう泣き笑いしてしまうぐらい、小さいのに彼と瓜二つな我が子。術後の痛みなんて、この子を見る度にどこかに飛んでいってしまった。

 ――れい
 地獄のどん底、真っ暗闇だった僕の人生に射し込んだ、唯一無二の光。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

やっぱり、すき。

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。

人気アイドルが義理の兄になりまして

BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

処理中です...