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拠り所
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彼と別れて、ゆるやかな自殺のように不摂政な生活を送っていたから、それがこの子の成長に悪影響を及ぼしていたらどうしようと不安に思っていたけれど、健診の度にすくすくと育っている我が子を自分の目で確認する度に心からほっとした。
元気に産まれてきてくれたら、それだけでいい。
何があっても、僕が守るから。
ああ、早く会いたいな……。
もう、独りじゃないと理解しているくせに、時折寂しさは僕を誘惑してきてどうしようもないメンタルに陥りそうになる。そんな時は、どうしても手放せずに持ってきてしまった彼のシャツを抱き締めて耐えるしかなかった。
人は誰かの記憶を失う時、最初に声を忘れるというけれど、最後まで覚えているのはその人の匂いらしい。消えてしまってもおかしくないのに、未だに彼の香りがするシャツ。捨てなきゃと思っているのに、何度もそうしようとしたのに、結局できなくて、僕の中から彼が完全に消えてくれることはないと思い知る。
だって、ずっと覚えているから。彼のぬくもりも優しさも、全部ぜんぶ、ここにあるから。
ましてや、彼はトップアイドル。
テレビをつければ彼の曲が流れてくるし、外を歩けば彼のポスターが貼られている。この世界はsuiで溢れていた。
彼を感じる度に一々動揺してしまう僕を叱るように、その度に大きくなったお腹の中でぽこぽこと動く子は産まれる前からしっかりしているみたい。
今までは彼を見つけても必死に目を逸らすことしかできなくてただ心がチクチクと痛むのに耐えるしかなかったけれど、この子が成長してからはすぐに注意をお腹に持って行かれるから僕は我が子に救われていた。
「陽くん、そろそろだね」
「はい、……待ち遠しいです」
先生とそんなやりとりをしたのが、三日前。帝王切開で産むことは決まっていたのだけれど、珍しい元ベータの出産ということもあり、大事をとって早めに入院していた。先生たちのデータが欲しいという依頼に答えたのもあるけれど、何かあった時のために一人でいるよりも頼れる先生が傍にいてくれる方が心強かった。
正直、心のどこかで彼を忘れることはできないだろうと悟っていた。手術から無事に目が覚めて、元気に泣き叫ぶ我が子と対面した瞬間に思った。この子は間違いなく翠の子だと。この子が僕の子どもでいる限り、彼を忘れるなんて、不可能だと。
「僕のところに来てくれてありがとう」
「……かわいいなぁ」
小さな命を抱えて、その重みとあたたかさにじんわりと熱いものが目に滲む。指を差し出せば、きゅと握ってくれるのがたまらなく愛おしい。僕が抱いた瞬間に泣き止んだ我が子の顔を見て、また涙が溢れた。
なんとなく、そんな予感はしていたけれど……。
ねえ、アルファの王様。貴方の遺伝子、強すぎるよ。
そう泣き笑いしてしまうぐらい、小さいのに彼と瓜二つな我が子。術後の痛みなんて、この子を見る度にどこかに飛んでいってしまった。
――玲。
地獄のどん底、真っ暗闇だった僕の人生に射し込んだ、唯一無二の光。
元気に産まれてきてくれたら、それだけでいい。
何があっても、僕が守るから。
ああ、早く会いたいな……。
もう、独りじゃないと理解しているくせに、時折寂しさは僕を誘惑してきてどうしようもないメンタルに陥りそうになる。そんな時は、どうしても手放せずに持ってきてしまった彼のシャツを抱き締めて耐えるしかなかった。
人は誰かの記憶を失う時、最初に声を忘れるというけれど、最後まで覚えているのはその人の匂いらしい。消えてしまってもおかしくないのに、未だに彼の香りがするシャツ。捨てなきゃと思っているのに、何度もそうしようとしたのに、結局できなくて、僕の中から彼が完全に消えてくれることはないと思い知る。
だって、ずっと覚えているから。彼のぬくもりも優しさも、全部ぜんぶ、ここにあるから。
ましてや、彼はトップアイドル。
テレビをつければ彼の曲が流れてくるし、外を歩けば彼のポスターが貼られている。この世界はsuiで溢れていた。
彼を感じる度に一々動揺してしまう僕を叱るように、その度に大きくなったお腹の中でぽこぽこと動く子は産まれる前からしっかりしているみたい。
今までは彼を見つけても必死に目を逸らすことしかできなくてただ心がチクチクと痛むのに耐えるしかなかったけれど、この子が成長してからはすぐに注意をお腹に持って行かれるから僕は我が子に救われていた。
「陽くん、そろそろだね」
「はい、……待ち遠しいです」
先生とそんなやりとりをしたのが、三日前。帝王切開で産むことは決まっていたのだけれど、珍しい元ベータの出産ということもあり、大事をとって早めに入院していた。先生たちのデータが欲しいという依頼に答えたのもあるけれど、何かあった時のために一人でいるよりも頼れる先生が傍にいてくれる方が心強かった。
正直、心のどこかで彼を忘れることはできないだろうと悟っていた。手術から無事に目が覚めて、元気に泣き叫ぶ我が子と対面した瞬間に思った。この子は間違いなく翠の子だと。この子が僕の子どもでいる限り、彼を忘れるなんて、不可能だと。
「僕のところに来てくれてありがとう」
「……かわいいなぁ」
小さな命を抱えて、その重みとあたたかさにじんわりと熱いものが目に滲む。指を差し出せば、きゅと握ってくれるのがたまらなく愛おしい。僕が抱いた瞬間に泣き止んだ我が子の顔を見て、また涙が溢れた。
なんとなく、そんな予感はしていたけれど……。
ねえ、アルファの王様。貴方の遺伝子、強すぎるよ。
そう泣き笑いしてしまうぐらい、小さいのに彼と瓜二つな我が子。術後の痛みなんて、この子を見る度にどこかに飛んでいってしまった。
――玲。
地獄のどん底、真っ暗闇だった僕の人生に射し込んだ、唯一無二の光。
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