トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣

文字の大きさ
59 / 81
stargazer - S

しおりを挟む
 一番に目に飛び込んできたのは、狭いベッドに横になって、必死にオメガという性に抗おうとしている愛おしい番の姿。久しぶりに見る陽に熱いものがこみ上げて、歓喜に震える。

 この子が俺の運命だと、本能が告げている。

 二年前になくしたと思っていたシャツに顔を埋める陽は、ヒート真っ只中の熱に浮かされて魘されているようだった。だから、まだ俺がいることに気づいてすらない。

 さっきまでの勢いはどこへやら、ゆっくりと一歩ずつベッドに近寄る。俺の眠り姫、起きてその顔をよく見せてくれないか。


 「……陽」


 何度も何度でも呼びたかった名前。
 やっと本人に向けて言えるということに、感動で胸の奥が熱くなる。

 ずっと、会いたくて会いたくてたまらなかった。
 半身をもがれたみたいに、魂が欠けてしまったみたいに、自分から何かが消え去ってしまったようで、この二年間はまるで生きた心地がしなかった。

 ジグソーパズルの最後のピースを見つけたときのように「嗚呼、これだ」と、ぴったり嵌る感覚が心地よい。だって、俺の隣は陽しか考えられないのだから。

 手を伸ばす距離に陽がいるというだけで精神が安定するし、すべての欲が湧いてきて、満たされる。


 「陽」


 再び名前を呼べば、眉間の皺が少しマシになる。俺の声に反応しているのか、フェロモンの香りが濃くなったのが愛おしくてたまらない。


 「陽、迎えに来たよ」


 意識のない陽に触れていいものか、ほんの少しだけ躊躇った。けれど、一度手を伸ばしてしまえば陽に触れたいという欲求は抑えることができなくて、ゆっくりとベッドの横にしゃがみこんで、陽の柔らかな黒髪を撫でた。

 近づいて見て、初めて分かる。ついさっきまで泣いていたのだろう、涙の跡が頬に残っていた。その跡を消し去るように頬をなぞる。少し痩せただろうか。まろかった頬が痩けていて、ちくりと胸が痛む。


 「遅くなってごめんね」
 「…………」
 「陽、」


 まるで神様に懺悔するかのように陽に語りかける。愚かな己の罪を許して、戻ってきてほしい。そんな祈りが通じたのか、ゆっくりと陽の目が開く。その様子がスローモーションのように見えた。

 熱っぽい瞳が俺を映す。ガラス玉のように透き通った瞳に自分が映っていることを確認したら、泣いてしまいそうだった。


 「……すい?」
 「うん」
 「…………夢?」
 「ううん、夢になんてさせないよ」


 ぼんやりと覚醒しきっていない陽は、まだ夢の続きだと思い込んでいるらしい。ふにゃふにゃと緩んだ笑顔を浮かべていたのに、意識がはっきりするにつれて、その表情が強ばっていく。


 「っ、ごめん、ごめんなさい」
 「陽、落ち着いて」


 突然取り乱し始めた陽の手を取るけれど、その顔は青ざめたまま。

 番のフェロモンは、オメガにとって何よりも効果的な精神安定剤になるという。そのことを思い出して、俺は陽を腕の中に閉じ込めた。発情期のせいで、記憶の中よりも熱く火照った身体は、やっぱり以前よりも骨ばっている。強く力を入れたら折れてしまいそうだ。


 「……ッ、だめ、はなして」
 「やだ」
 「おねがい、今ならまだ間に合うから。もう会わないって、約束したんだ」
 「…………」
 「僕は、翠の傍にいたらだめなんだよ」


 自分に言い聞かせるように話す陽を落ち着かせるために、するりと項を撫でて、目でも確認した。そこには今なお、綺麗な花が咲いている。迷わず痕に唇を落とせば、陽の身体がびくりと跳ねた。あの頃と変わらないものをようやく見つけて、俺はほっと息を吐き出し、陽を抱き締める腕に力を込めた。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

人気アイドルが義理の兄になりまして

BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

やっぱり、すき。

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
ぼくとゆうちゃんは幼馴染みで、小さいときから両思いだった。そんなゆうちゃんは、やっぱりαだった。βのぼくがそばいいていい相手じゃない。だからぼくは逃げることにしたんだ――ゆうちゃんの未来のために、これ以上ぼく自身が傷つかないために。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  15,000字程度の予定です。

処理中です...