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stargazer - S
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一番に目に飛び込んできたのは、狭いベッドに横になって、必死にオメガという性に抗おうとしている愛おしい番の姿。久しぶりに見る陽に熱いものがこみ上げて、歓喜に震える。
この子が俺の運命だと、本能が告げている。
二年前になくしたと思っていたシャツに顔を埋める陽は、ヒート真っ只中の熱に浮かされて魘されているようだった。だから、まだ俺がいることに気づいてすらない。
さっきまでの勢いはどこへやら、ゆっくりと一歩ずつベッドに近寄る。俺の眠り姫、起きてその顔をよく見せてくれないか。
「……陽」
何度も何度でも呼びたかった名前。
やっと本人に向けて言えるということに、感動で胸の奥が熱くなる。
ずっと、会いたくて会いたくてたまらなかった。
半身をもがれたみたいに、魂が欠けてしまったみたいに、自分から何かが消え去ってしまったようで、この二年間はまるで生きた心地がしなかった。
ジグソーパズルの最後のピースを見つけたときのように「嗚呼、これだ」と、ぴったり嵌る感覚が心地よい。だって、俺の隣は陽しか考えられないのだから。
手を伸ばす距離に陽がいるというだけで精神が安定するし、すべての欲が湧いてきて、満たされる。
「陽」
再び名前を呼べば、眉間の皺が少しマシになる。俺の声に反応しているのか、フェロモンの香りが濃くなったのが愛おしくてたまらない。
「陽、迎えに来たよ」
意識のない陽に触れていいものか、ほんの少しだけ躊躇った。けれど、一度手を伸ばしてしまえば陽に触れたいという欲求は抑えることができなくて、ゆっくりとベッドの横にしゃがみこんで、陽の柔らかな黒髪を撫でた。
近づいて見て、初めて分かる。ついさっきまで泣いていたのだろう、涙の跡が頬に残っていた。その跡を消し去るように頬をなぞる。少し痩せただろうか。まろかった頬が痩けていて、ちくりと胸が痛む。
「遅くなってごめんね」
「…………」
「陽、」
まるで神様に懺悔するかのように陽に語りかける。愚かな己の罪を許して、戻ってきてほしい。そんな祈りが通じたのか、ゆっくりと陽の目が開く。その様子がスローモーションのように見えた。
熱っぽい瞳が俺を映す。ガラス玉のように透き通った瞳に自分が映っていることを確認したら、泣いてしまいそうだった。
「……すい?」
「うん」
「…………夢?」
「ううん、夢になんてさせないよ」
ぼんやりと覚醒しきっていない陽は、まだ夢の続きだと思い込んでいるらしい。ふにゃふにゃと緩んだ笑顔を浮かべていたのに、意識がはっきりするにつれて、その表情が強ばっていく。
「っ、ごめん、ごめんなさい」
「陽、落ち着いて」
突然取り乱し始めた陽の手を取るけれど、その顔は青ざめたまま。
番のフェロモンは、オメガにとって何よりも効果的な精神安定剤になるという。そのことを思い出して、俺は陽を腕の中に閉じ込めた。発情期のせいで、記憶の中よりも熱く火照った身体は、やっぱり以前よりも骨ばっている。強く力を入れたら折れてしまいそうだ。
「……ッ、だめ、はなして」
「やだ」
「おねがい、今ならまだ間に合うから。もう会わないって、約束したんだ」
「…………」
「僕は、翠の傍にいたらだめなんだよ」
自分に言い聞かせるように話す陽を落ち着かせるために、するりと項を撫でて、目でも確認した。そこには今なお、綺麗な花が咲いている。迷わず痕に唇を落とせば、陽の身体がびくりと跳ねた。あの頃と変わらないものをようやく見つけて、俺はほっと息を吐き出し、陽を抱き締める腕に力を込めた。
この子が俺の運命だと、本能が告げている。
二年前になくしたと思っていたシャツに顔を埋める陽は、ヒート真っ只中の熱に浮かされて魘されているようだった。だから、まだ俺がいることに気づいてすらない。
さっきまでの勢いはどこへやら、ゆっくりと一歩ずつベッドに近寄る。俺の眠り姫、起きてその顔をよく見せてくれないか。
「……陽」
何度も何度でも呼びたかった名前。
やっと本人に向けて言えるということに、感動で胸の奥が熱くなる。
ずっと、会いたくて会いたくてたまらなかった。
半身をもがれたみたいに、魂が欠けてしまったみたいに、自分から何かが消え去ってしまったようで、この二年間はまるで生きた心地がしなかった。
ジグソーパズルの最後のピースを見つけたときのように「嗚呼、これだ」と、ぴったり嵌る感覚が心地よい。だって、俺の隣は陽しか考えられないのだから。
手を伸ばす距離に陽がいるというだけで精神が安定するし、すべての欲が湧いてきて、満たされる。
「陽」
再び名前を呼べば、眉間の皺が少しマシになる。俺の声に反応しているのか、フェロモンの香りが濃くなったのが愛おしくてたまらない。
「陽、迎えに来たよ」
意識のない陽に触れていいものか、ほんの少しだけ躊躇った。けれど、一度手を伸ばしてしまえば陽に触れたいという欲求は抑えることができなくて、ゆっくりとベッドの横にしゃがみこんで、陽の柔らかな黒髪を撫でた。
近づいて見て、初めて分かる。ついさっきまで泣いていたのだろう、涙の跡が頬に残っていた。その跡を消し去るように頬をなぞる。少し痩せただろうか。まろかった頬が痩けていて、ちくりと胸が痛む。
「遅くなってごめんね」
「…………」
「陽、」
まるで神様に懺悔するかのように陽に語りかける。愚かな己の罪を許して、戻ってきてほしい。そんな祈りが通じたのか、ゆっくりと陽の目が開く。その様子がスローモーションのように見えた。
熱っぽい瞳が俺を映す。ガラス玉のように透き通った瞳に自分が映っていることを確認したら、泣いてしまいそうだった。
「……すい?」
「うん」
「…………夢?」
「ううん、夢になんてさせないよ」
ぼんやりと覚醒しきっていない陽は、まだ夢の続きだと思い込んでいるらしい。ふにゃふにゃと緩んだ笑顔を浮かべていたのに、意識がはっきりするにつれて、その表情が強ばっていく。
「っ、ごめん、ごめんなさい」
「陽、落ち着いて」
突然取り乱し始めた陽の手を取るけれど、その顔は青ざめたまま。
番のフェロモンは、オメガにとって何よりも効果的な精神安定剤になるという。そのことを思い出して、俺は陽を腕の中に閉じ込めた。発情期のせいで、記憶の中よりも熱く火照った身体は、やっぱり以前よりも骨ばっている。強く力を入れたら折れてしまいそうだ。
「……ッ、だめ、はなして」
「やだ」
「おねがい、今ならまだ間に合うから。もう会わないって、約束したんだ」
「…………」
「僕は、翠の傍にいたらだめなんだよ」
自分に言い聞かせるように話す陽を落ち着かせるために、するりと項を撫でて、目でも確認した。そこには今なお、綺麗な花が咲いている。迷わず痕に唇を落とせば、陽の身体がびくりと跳ねた。あの頃と変わらないものをようやく見つけて、俺はほっと息を吐き出し、陽を抱き締める腕に力を込めた。
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