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雲の向こうはいつも青空
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しおりを挟む――陽。
深い眠りの中で、誰かに名前を呼ばれた気がした。ずっと求めていた声。ずっとずっと、呼ばれたかったひと。
――陽。
何度も呼ばれるけれど、まだ起きちゃ駄目だ。だって、僕が起きたら貴方はもう名前を呼んでくれないだろう? 都合のいい夢ならば、ちっぽけな我儘ぐらい許してよ。
――陽。
……駄目だ。こんな我儘でさえ、僕には許されないみたい。起きたら、また、あの地獄のような熱が襲ってくるのだろう。嫌だなぁ、ひとりで耐えるにはあまりにも寂しい。だけど、これは僕に与えられた罰だから、ひとりで乗り越えるしかないんだ。
素敵な夢から醒めることを名残惜しく思いながら、ゆっくりと目を開く。ぼんやりとした視界に入り込んできたのは、ずっとずっと会いたくて、だけど会ってはいけないひと。
まだ、夢の続きを見ているのだろうか。覚醒しきらない頭では理解が追いつかない。
「……すい?」
「うん」
掠れた声で名前を呼べば、彼が頷く。その目には涙が浮かんでいた。嬉しい、やっと会えた。たとえ夢でもいいから、ずっと会いたかったんだ。本音が溢れて、思わず表情が緩む。
「……夢?」
「ううん、夢になんてさせないよ」
だって、この家はちゃんと鍵をかけていたはずなのに。彼がこの場所にいるはずがない。それなのに確かに翠はここにいて、僕のことを見つめている。
……夢じゃ、なかった。
これは現実だと、そう理解した瞬間に血の気が引く。
翠には運命がいるのに、こんな状態の僕なんかと会ったら駄目だ。オメガにもなりきれていないやつのフェロモンなんて、アルファの王様である翠からしたらどうってことないのだろうけれど。番がいるひとを誘惑することの罪深さなんて、深く考えなくても分かる。
嗚呼、僕はまたひとつ、罪を重ねるんだ。
何度も謝罪の言葉を口にして取り乱す僕を、翠は腕の中に閉じ込めた。その瞬間、ぶわりと熱が上がる。そのぬくもりに絆されそうになって、身を任せてしまいたくなるけれど、なんとか言葉を紡ぐ。
「……ッ、だめ、はなして」
「やだ」
「おねがい、今ならまだ間に合うから。もう会わないって、約束したんだ」
「…………」
「僕は、翠の傍にいたらだめなんだよ」
翠の眩しい未来を奪うことなんてできない。アイドルにスキャンダルは御法度。世界を敵に回す度胸なんて、僕は持ち合わせてないんだ。
魂が翠の全てを求めていたって、残り数パーセントの理性が翠の将来を案じている。だから、僕は貴方とは一緒にいられないんだ。手を伸ばして届く距離にいたら、貴方をずっと求めてしまうから。僕たちは、離ればなれになる運命なんだよ。
それを理解してほしいのに、翠は腕の力を緩めようとはしない。そればかりか、僕の項をあの頃のようにするりと撫でる。駄目なのに、大事なそこに触れられたら理性が効かなくなるのに。
迷いなくそこに唇を落とされれば、僕は全身を震わせることしかできなかった。
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