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疾風の如く
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しおりを挟む体育祭が無事に終了し、なんてことない平穏な日常が戻ってくる。三枝が一歩踏み込んでこようとするのを、一歩退いて往なす毎日。相変わらず、俺と三枝の関係はそれなりをキープしていた。
放課後、図書室に残って勉強するのが最近のマイブーム。家よりも集中できるから勉強が捗る。今日も図書室二階のいつもの席で勉強していれば、女子生徒二人が話しながら書架の方に本を探しにやってきた。
「そういえば、借り物競争のお題のこと聞いた?」
「え、何それ、知らない」
悪いと思いつつ、話題が話題なので耳を欹てる。もしかしたら、三枝も関係しているかもしれない。ずっと気になってモヤモヤしていたことの答えが分かるなら、今はいつでも解ける問題集の答えを求めている場合じゃない。
「お題って、全部先生がチェックしてOKが出たものをボックスに入れる予定だったんだって」
「へー、まぁ、悪意があるものとか紛れ込んでたら、いじめに繋がるしね」
「そう、それが理由なんだけど……、体育委員が勝手に追加したらしくてさ」
「え、じゃあ、もしかして……!」
「うん、頼が引いたのが、」
――バンッ。
いよいよ答えが分かるかもと身を乗り出しかけたところで、目の前に勢いよくリュックが置かれる。
いつもなら「うるさいだろ」と注意する行動も、その相手を確認してしまえば今日ばかりは見逃す他ない。静かな図書室に鳴り響いた音はあまりにも大きく、それに驚いた彼女たちはきゅと口を噤んだ。
「ここ、いい?」
あまりにも綺麗な微笑を浮かべて、有無を言わさぬような物言いで形だけ確認をとる。興味津々で盗み聞きしていたのが見つかって、しかもその噂の中心人物が居座ろうとしている。気まずいったらありゃしない。しかし、罪悪感からNOと拒否することもできず、俯いたまま頷くことしかできなかった。
噂話に花を咲かせていた女子二人組は三枝を見つけて慌てて出て行ったのか、もう話し声は聞こえてこなかった。
「何しに来たの?」
「別に」
「用がないなら帰れば?」
「やだ」
そう話している間も、穴が空いてしまいそうなほどの熱い視線を感じるから、顔を上げることができない。勉強道具を出すわけでもなく、ただ手持ち無沙汰に座っている。
「俺がいたら邪魔?」
「邪魔ではないけど、気が散る」
できるだけ二人になりたくないなと、あえて突き放すようなことを言っても、三枝は立ち去る気配を見せない。
「慣れてよ」
「はあ?」
「最近避けられてるって、俺が気づかないと思った?」
「…………別に、避けてるとかじゃないし」
「そう、くるちゃんがそのつもりならそれでいいよ。でも俺は、もうとっくの昔に吹っ切れてるから。全部、強行突破するって決めたから、覚悟しててね」
急に何の宣言だと、目をぱちくりさせながら顔を上げる。いつものように頬杖をついた三枝は、思いの外穏やかな表情を浮かべていて、何かを悟っているようにも見えた。
しかし、その瞳はどろりと蜂蜜を溶かしたような甘さを孕んでいる。そんな状態なのに、三枝の目には俺しか映っていない。違うだろ、その目はもっとかわいい女の子を見つめるべきだ。
そう思うのに、見つめられていることをはっきりと自覚したせいで、じわじわと体の熱が上がって、耳が赤く染まった。何に対してかは分からないけれど、吹っ切れた男って、厄介だ。
「ふふ、真っ赤だね」
「……夕日のせいだろ」
「かわいいから、今日はそういうことにしておいてあげる」
とびっきりの甘い笑顔を俺だけに向けてくる。こんな三枝、知らない。動揺したとしても、かわいいなんて言われて舞い上がるな。普段から女の子に言ってるから、言い慣れてるだけ。その言葉に大した意味はない。必死に言い聞かせて、湧き上がってくる想いを顔に出さないようにする。
どきまぎしている俺の様子を楽しそうに観察している三枝が、まさか本当に毎日のように図書室までついてくるようになるなんて、この時は思ってもいなかった。
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