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青春ブラックホール
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しおりを挟む過ごしやすい季節はすぐに終わりを告げ、茹だるような暑さを感じさせる夏がやってきた。ということは、つまり、みんなが楽しみにしている夏休みが始まるということ。明日から学校に来なくていいのだと言われても、まだあまり実感が湧かないでいた。
多分夏休みが始まっても、一週間ぐらいはいつもと同じ時間に目が覚めて、二度寝をすることになるのだろう。ちゃんと起きてからは図書館にでも出かけて、特に予定がなければそのまま勉強し続ける未来が見えている。
だって、特にどこかに出かける予定もないしなぁ。毎年変わらない、面白みに欠ける夏休みだ。そんなことをぼーっと考えていると、SHRが終わっていた。
「起立、礼」
「ありがとうございました」
「はい、じゃあ、みんな始業式に元気な顔を見せてください」
一学期最後の号令を済ませると、桃ちゃん先生に挨拶して、部活組が一目散に教室を出ていく。今日は授業が午前中までだから、早くお弁当を食べて、少しでも自主練の時間を増やすのだと螺良が言っていた。何かにかけるその熱意が羨ましい。青春してるなぁ、なんて同い年とは思えない他人事。
……あ、でも、そっか。
はたと気づく。何となくタイミングがなくて、三枝とは連絡先を交換していないから、次の登校日まで会えないんだ。もちろん、クラスのグループには俺も三枝も参加しているけれど、そこから勝手に連絡先を追加するのは気が引ける。
なんとなく隣に視線を送ると、こちらをじいっと見つめる三枝と目が合った。連絡先、聞いてみようか。そう思ったけれど、心の中で突如芽生えた感情に蓋をして立ち上がる。
「じゃあね」
お弁当も何も持ってきていないから、今日はまっすぐ帰る予定だった。きっと、部活に入っていない三枝も同じ。さっきから胸の奥がチクチクと痛むけれど、それには気づかないフリをして俺は教室を後にした。
いつもよりもずっとのろのろした足取り。名残惜しいっていうのが行動に出ていて笑ってしまう。だって、毎日のように顔を合わせていた相手に一ヶ月以上会えなくなるのだ。特定の誰かに会えなくなるのを、こんなに寂しいと思うようになるなんて。三枝に出会うまでは知らなかった自分に驚きすら感じている。
積み重なるモヤモヤは更に足取りを重くして、いつもの倍かけてたどり着いた下駄箱で大きなため息を吐き出した。すると、後方からバタバタと慌てた足音が聞こえてくる。バスや電車の時間が迫っているのだろうか、相当焦っていると分かるほど先を急いでいることが伝わってくる。
それでも、クラス委員長として「廊下は走るな」と注意しなくてはと思って振り返る。すると、息を切らした三枝が「よかった」と目の前で立ち止まるところだった。
「廊下は走らないって習わなかった?」
「ごめんごめん。俺、問題児らしいから知らなくて」
「嘘つけ、小学生でも知ってるルールだろ」
額に浮かぶ汗を拭いながら、三枝が笑う。反省の色なし。小言を言われても嬉しそうにしているなんて、生徒指導の先生が見たらブチギレ案件だろう。
むと唇を尖らせていれば、不意に三枝がスマホを差し出してくる。その意図が分からなくて首を傾げていれば、少し照れたように頬をかきながら、三枝が口を開いた。
「連絡先」
「え?」
「くるちゃんの連絡先、教えてほしい」
三枝も俺と同じこと思ってたんだ。俺だけじゃなかったんだ。そんな喜びと安心感で自然と笑みが溢れる。
「よかった、本当は俺も知りたいって思ってたんだ」
素直に思っていたことを告げると、そんな俺が驚きだったのか、三枝は信じられないと言いたげに目を丸くした。唇を噛み締めているけれど、口角が上がっているのを隠しきれていない。いつもの余裕そうな態度なんて走ってきた時からどこにもなくて、たかが俺の連絡先を聞くだけなのに必死になっている、そんなところがかわいいなと思った。
無事に連絡先を交換できて、新しく追加された「三枝頼」の名前を見つめていると、ぽんと頭に手が乗せられる。
「またね、くるちゃん」
「うん、また」
優しい眼差しを落とした三枝はそう言って去っていく。残された俺は、三枝の残した熱を辿るように自分の頭に手をやった。何も興味ないみたいな顔をして、そんな簡単に触れられたら困る。一気に顔に集中した熱の取り方を、俺はまだ覚えていないのだから。
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