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傷弓の鳥
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しおりを挟むまさか誰も、冷静沈着で紳士的なこの男が脳内で目の前の女性をめちゃくちゃにしているとは思うまい。
「こちらを」
そう言って、ルーカスは手に持っていた大きな黒い傘をアメリアに手渡すと、「では」と立ち去ろうとする。
本音を言えばもっとアメリアの傍にいたかったが、少し雨に濡れた彼女の破壊力は凄まじい。理性の糸が切れる前に退散せねば、ルーカスは自分がどうなってしまうか分からなかった。
「っ、お待ちください」
縋り付くようなアメリアの声を無視できるはずがない。雨に濡れながらゆっくりと振り向いたルーカスは、いつもと変わらぬ無表情を貫いていた。
「どうして私なんかに……」
「私は先程まで任務を行っていたので、今更汚れようが関係ありません。ただ、綺麗な貴女を汚したくないのです。どうか私の我儘を聞いていただけませんか?」
「醜い」とか「バケモノ」とか、罵倒するような言われることはあっても、こんな風に真正面から「綺麗だ」と言われた経験がなかった。ぽぽぽと頬に熱が集まって、胸の奥がじんと熱くなる。気恥ずかしさと喜びで、なんだかそわそわしてしまう。
だけど、そこは心優しいアメリア。気になる男が自分のために犠牲になろうとしている姿を、そのまま受け入れるはずがなかった。
「そんなこと……。こんな雨に濡れては、ルーカス様だって風邪を引いてしまいますわ。私のことはお気になさらないでください」
「――ッ」
いじらしいアメリアに心を打たれたルーカスは、すーっと息を吐き出すと目頭を摘む。熱いものがこみ上げてきて、今にも溢れ出しそうだった。
(尊~~ッ! その美しい顏は見つめているだけで最高の治療薬になり得てしまうのに、それだけでなく、聖母もびっくりな優しさの塊。清らかな御心の前では、俺なんて下卑た心の持ち主はただひれ伏すことしかできない。嗚呼、エイミー。どこまで俺を夢中にさせるんだ。エイミー万歳! エイミー・イズ・ゴッド! 天使は神をも凌駕する……!)
心の中でミニルーカスくんたちが万歳三唱しているのに、それをおくびにも出さないルーカスは、アメリアの方に戻ってきて淡々と告げる。
「では僭越ながら、私に貴女を家まで送り届けるという大役を与えていただけますか?」
「そんな……、私などのためにお疲れのところ申し訳ないです……」
「御自身を卑下するような言い方は、私はあまり好きではありません。アメリア様は――……」
この広い世界で唯一無二の尊い御方なのですから。
ついうっかり、勝手に口が動き出すのを間一髪のところで止めたルーカスは、誤魔化すように咳払いをひとつ。
ルーカスの言葉にハッとしていたアメリアはそれを気にする余裕がなかったようで、ルーカスはバレないようにほっと息を吐いた。
いけない、アメリアの前だとどうしても感情の昂りのままに行動してしまう。何にも興味を示さない無表情で硬派な騎士と言われているのがおかしくて笑ってしまうほどに、彼は自分の心に素直で貪欲だった。
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