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しおりを挟む「蒼人くん」って呼ばれる度に心臓がドキッと反応して、自分の名前が特別なものに思えてくる。恋をしてから、通い慣れた通学路の景色も全く違って見える。毎日がキラキラして、些細なことで一喜一憂。獅子道くんの笑顔を見る度に、「あ、俺、恋をしているんだ」と改めて実感する。
今はまだ、甘酸っぱさよりもほろ苦い部分が勝ってしまうのはしかたない。だけど、それも含めて俺の恋だから。しんどくて辛い記憶も、愛おしく思える日がきっとくる。
二人きりで並んで歩く帰り道。ゆらゆらと隣で揺れる手を捕まえて、握りしめたいと何度思ったことだろう。もし、告白を受け入れてもらえたら……。俺たちの関係が変わったら、やりたいことを実現させられる。ふぅ……と緊張を誤魔化すために、息を吐く。
「獅子道くん、」
「んー?」
突然立ち止まった俺を、振り返って不思議そうに見つめる獅子道くん。ごめんなさい、俺は今から貴方を困らせる。そう分かっているからこそ、次の言葉が出てこない。いきなり「好きだ」と告げたところで、貴方を困惑させるだけだろう。
あんなに赤面されたら矢印が向いているんじゃないかと思うこともあるけれど、きっとそれは俺の思い違いだから。あれは、距離の近さに照れているだけだから。そうやって予防線を張って、できるだけ傷つかないようにしているのがダサいなぁと思うけれど、しかたない。怖いのだ。
すると、名前を呼んだくせに黙り込む俺をじいっと見つめていた獅子道くんが躊躇いがちに口を開いた。
「蒼人くんの話したいことがまとまるまでさ、……俺の友だち、の話してもええ?」
「はい、大丈夫です」
獅子道くんの友だちってことは、関西のひとだろうか。頭上にクエスチョンマークを浮かべながら頷くと、獅子道くんが「ほな、公園行こっか」と先に歩き出す。慌てて後を追いかけるけれど、その背中が近いはずなのにあまりにも遠く感じて切なくなった。
前と同じベンチに座る獅子道くんの隣に、人一人分のスペースを開けて腰掛ける。すぐ隣に座ったら、このドキドキが伝わってしまいそうで。距離をとった俺を見て、少しだけしゅんとして見える獅子道くんに良心が痛んだ。
「ごめん、言うて俺も話まとまっとらんくてさ……」
「ゆっくりでいいですよ。ちゃんと最後まで聞くので」
「ありがとぉ。ちょっと相談というか、蒼人くんの意見も聞きたいというか。割とシビアな話なんやけど……」
「はい」
「あんな、俺の友だちが……、えと、その……、男の人のことを好きになっちゃったらしいねん。……蒼人くんってさ、そういうのに偏見とかある?」
「えっ、と、」
「うん」
あまりにタイムリーな話題に内心動揺しているけれど、顔には出さないように平静を装う。獅子道くんと恋話なんて、もちろんしたことがない。俺の心、見透かされている? もしかして、牽制されているのだろうか。歯切れ悪く答えれば、眉を下げて不安そうにこちらを伺っている。こんなの、勢いだけでは答えられない。言葉を選びながらゆっくり話し始めた。
「もし、それが……、獅子道くんだったら、」
「ちゃ、ちゃうよ!? 友だちの話やで!?」
「分かってますよ、その友だちのことをよく知らないので、獅子道くんがそうだったときのことを想像してみようと思って」
「え、あ、そう……、そっか……」
「同性が好きでも、偏見とかは特にないですよ」
「そ、そっかぁ……、よかった……」
全力で自分ではないと否定した獅子道くんの様子が変だ。俺の答えを聞いてほっとしているのも不自然すぎる。もし仮にその友だちのことを「同性が好きなのはちょっと……」って言ったところで、俺と獅子道くんの友だちに接点はないのだから関係ないだろう。俺にその人を紹介しようとしている? それなら、先にそう言うはずだ。やっぱりおかしい。
もしかして友だちのことっていうのはやっぱり嘘で、獅子道くん本人のことなんじゃないだろうか。名探偵ばりにぴーんと閃きが走る。だって、あの獅子道くんのことだ。純真すぎて嘘をつくのがへたくそな彼のこの動揺っぷりは、間違いなく黒だろう。
獅子道くんの恋愛対象が男なら、それは俺にとって幸か不幸か。まさか、薫さん? いやでも、あんなに否定していたから、恐らく違う。じゃあ、誰だ……。
思考を張り巡らせながら、少しでもこの話題についての会話を伸ばせるように試みる。このチャンスを逃したら、次いつこんな話をできるか分からない。今、出来る限りの情報を引き抜いておきたい。
「元々、男の人が恋愛対象だったんですか?」
「えっ、どうなんやろ。女の子から告白されても、あんま恋愛とかそういうのよく分からんからって断っとったんは、昔からそうやったからなんかなぁ……」
「……って、友だちが言ってたんですね?」
「そ、そう! って、言ってた!」
「ふーん……、なるほど……」
……いや、もう絶対獅子道くんのことじゃん。
自分のことのように話す獅子道くん。仕掛けたトラップ一つ目で、こんなにあっさり引っ掛かることがあるんだ。いつか壺とか買わされそうで、獅子道くんの未来が怖い。
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