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まもりたいもの
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しおりを挟む「……どうしたら、いいですか」
震える声が情けない。
固く握った掌に爪が食い込んで痛むけれど、そんな些細なことは気にしていられなかった。
「そうだなぁ……。うーん、どうしようね」
顎に手を当てて考える先輩は、僕の表情をつぶさに観察して口角を上げる。
「あ、そうだ」
いいことを思いついた。
ニヤリと歪んだ瞳がそう言っている。
嫌な予感にバクバクと心臓が騒ぎ立てる。
「東雲律と縁を切れ」
それはまるで死刑宣告。
グサッと心臓に刃を突き立てられたかのように息が止まる。
何も言葉が出せず、荒い息を零すことしかできない僕を見て、悪魔は声を上げて笑う。
「あはは、その顔が見たかったんだ」
「っ、」
「どうする? お前が首を横に振るなら、俺は今ここで週刊誌にメールを送るよ」
アイドルの律を壊したくない。
優しく笑う彼を守りたい。
僕にはもう、頷く以外の選択肢は残されていなかった。
決断して下を向く僕に悪魔は囁いた。
「動画の投稿はやめてやるよ。俺は優しいからね」
「…………」
「紡、約束を違えるなよ。東雲律が堕ちるところを見たいなら別だけど」
ぴくりとも反応しなくなった僕に飽きたのか、はたまたこれ以上言わなくても理解したと分かったのか、先輩は立ち上がる。
「またね、紡」
そう言って去っていく気配を感じるけれど、その後ろ姿を確認することはしなかった。
ぼたぼたと溢れる大粒の涙が止まらなくて、顔を上げることができなかったから。
◇◇
あの後、どうやって家まで帰ってきたのか分からない。気がついたら玄関の前に立っていて、僕はふらふらとベッドに倒れ込んだ。
ふと横を見れば、棚に並べられた律のCDやDVD、雑誌が目に入る。つい数時間前までは天国のような場所だったのに、今はこちらを無機質に見つめてくる律に無言で責められているみたいだ。
目頭が熱くなって、じんわりと視界が滲む。ああ、律が綺麗に見えない。瞬きすれば音もなく涙はこぼれ落ちる。
――もう、律には会えない。
アイドルとオタク、ただ昔の関係に戻るだけなのに涙が止まらない。
知ってしまった温もりも、与えられた優しさも、全てが愛しくて。出会う前よりもずっと律のことが好きになっていたと今更自覚する。
隣にいるのは不釣り合いだって理解してた。
だけど、こんな形で終わりを迎えたくなかった。
いろんな感情でぐちゃぐちゃになっていると、鞄に入れたままのスマホが連続して音を立てた。多分メッセージの通知だろう。しばらくそれを無視していると、今度は着信がかかってくる。
今まさに泣いてます、そんな声で通話できるわけがなくて僕は鳴り止まないそれをぼーっと聞いていた。
やっと着信が止まって、のそりと起き上がる。
なんとなくそうかなと予感していたけれど、そうであってほしくないと願っていた。
スマホの画面を付けて表示された名前とメッセージにぶわりと心が揺れた。
『今何してる?』
『紡と話したいんだけど平気?』
『充電させて』
律の声で再生される言の葉たち。
こみ上げてくるものは止めようがない。
「……っ、ごめ、なさい」
誰にも届かない謝罪が部屋に響く。
……ごめんなさい、律。
メッセージを送ることも、声を聞くことも許されない。僕はもう貴方に会えないんだ。
そして、さようなら。
何も言わずに去る僕を許してください。
出会ってから好きになるばかりの毎日だった。だけど、始まってすらいなかった律との関係もこれで終わり。
嫌だ嫌だと心が叫ぶけれど、今ここで消さなければ未練しか残らない。震える指でブロックをしてから律の連絡先を削除すれば、僕らの繋がりは消えてしまった。
僕の八年に及ぶ片思いは、そうして呆気なく終わりを迎えた。
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