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ブルースター

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 「ごめん」
 「欲しいのは謝罪じゃない」
 「……律に話してないことがあるんだ」
 「うん、聞かせて」


 体を離して聞く体勢になった律の正面に座り直す。なかなか言い出せない僕の手を律がぎゅっと握った。それに勇気をもらって、ぽつぽつと話し出す。
 
 高校一年生の頃、仲のいい先輩がいたこと。いろんなことを教えてもらうのが楽しくて、懐いていたこと。だけど、その先輩が僕を恨んでいたこと。


 「……急に態度が豹変した先輩に無理やりキスされて、押し倒された。ギリギリのところで幼馴染が助けてくれたから最後までしてないけど、僕は律が思ってるような人間じゃない。……汚れてるんだよ」
 「…………」
 「大好きな歌声を届けてくれる律の唇を汚したくない。傍にいたら駄目だって自分に言い聞かせてた」
 「紡」


 するりと手の甲を指先で撫でられる。
 律がどんな顔をしているか見たくなくて、僕は話している間ずっと俯いていた。

 名前を呼ばれて何を言われるのだと身構えれば、頬に添えられた手に導かれるように顔を上げさせられる。

 ああ、この人は本当に僕なんかを好きになってくれたんだ。自己肯定感の低い僕がそう思ってしまうほど、熱っぽくて甘い視線とぶつかる。

 引かれてもおかしくない話をしたっていうのに、律の瞳は揺らがなかった。僕の大好きな、青い炎が燃える瞳。そこに情けない顔をした自分が映っているのが嫌だなあと思った。

 沈黙が僕らを包む。
 永遠とも思えるほど見つめ合った後、律は何も言わず、僕の唇にキスをした。
 ふにと柔らかい感触に思わず目を見開く。

 過去を聞いて尚、そんなことをするなんて思っていなくて、大人しく受け止めることしかできなかった。
 
 唇を離した律が目をまん丸にした僕を見て、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。


 「ど、して……」
 「これが紡のファーストキスだよ」
 「……っ」


 最悪な思い出が大好きな人に塗り替えられる。最後の砦ががらがらと音を立てて崩れ去る。

 嗚咽を堪えながらただぼろぼろと大粒の涙を零す僕を見て、律は困ったように眉を下げた。


 「ずっと紡にキスしたかったのに、許してくれなかったのはそれが理由なんでしょ」
 「……だって、」
 「紡は汚れてない」


 はっきりと断言されると、何も反論なんてできない。神さまの言葉は絶対だから。


 「もう、そんなに泣かないで」
 「……っ」
 「紡は俺を神格化しすぎだよ」


 泣きじゃくる僕にそう笑って、また律は口付けを送る。

 その行為はまだまだ慣れなくて、緊張で全身に力が入ってしまう。そんな初心な僕を律は愛しいものを見る目で見つめていた。


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