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ブルースター
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しおりを挟むこれ以上冷たい雨が律を濡らさないように頭上に傘を差しかければ、そこまで近づいてやっと気がついたのだろう、涙で潤んだ瞳と視線がぶつかった。
その瞬間、世界の色が変わる。
ずっと、この瞳に映ることが怖かった。
汚い部分を見透かされて、嫌われてしまうことに怯えていた。
僕なんかが隣にいたら、彼まで汚してしまうんじゃないかって、そう思ったらなかなか一歩を踏み出すことができなかった。
僕が引いた分だけ、踏み出してくれる律。近づきたくないとあんなに思っていたのに、いつの間にか絆されていた。
「……つむぐ」
「こっち」
雨音に消されてしまいそうなほど小さくても、相手が律だからその言葉はしっかりと耳に届いた。久しぶりに呼ばれた名前に心から歓喜に震える。呼ばれ慣れた名前が特別に感じるのは貴方が呼んでくれるから。けれど、それに浸っている暇なんてない。
彼はスーパーアイドル、いつまでも注目を集めたままではいられないのだから。彼のためにも、すぐにここから離れる必要がある。
はじまりのあの日とは真逆。
覚悟を決めた僕は、すっかり冷たくなった律の手を引いて駆け出した。
また手を繋いじゃったな、そう思いながら頭を過ぎったのは悪魔の笑顔。だけど、固く繋いだ温もりを離そうとは思わなかった。僕はもう逃げないと誓ったから。
◇◇
何の言葉も交わさずに到着したのは僕の家。
びしょびしょに濡れた律を連れ回すことはできなかったし、誰にも邪魔されない、ここが一番腹を割って話しやすい場所だと思ったから。
何か言いたげなびしょ濡れの律を有無を言わさず風呂場に押し込む。多忙なアイドルの体調を崩させるわけにはいかなかった。
ひとりになると自分のしたことにようやく実感が湧いてきて、ずるずると部屋のど真ん中でしゃがみこんだ僕はやってしまったと頭を抱えた。
不安がないといったら嘘になる。だけどあの場から逃げていた方が絶対後悔していただろうから。これまで不正解ばかり選んできたから、もうこれ以上間違えたくなかった。
律の反応が怖くて、緊張がとけない。ぴんと張りつめた糸は弛みそうにない。
はぁ……と深く息を吐き出せば、背中にずしりと感じる温もり。久しぶりに感じる体温に涙がこみ上げてくるけれど、瞬きをしてそれを押し込めた。
今はまだ泣く時じゃない。自分勝手に決めたくせに、僕ばかりが被害者面するな。
「……律、」
「紡のばか」
恨めしげにそう零すけれど、言葉とは裏腹に甘えるようにぐりぐりと背中に頭を押し付けてくる。
責められても文句はない。むしろ律にはそうする権利がある。抵抗もせずにそれを受け止めれば、律が動きを止めた。小さく震えた声が聞こえてくる。
「終わりにする気?」
「…………」
「ひとりで勝手に決めないでよ」
後ろを振り向けば、憔悴しきった様子の律。目にはいっぱいの涙が溜まっている。
僕が泣いたのと同じぐらい、律も泣いたのかもしれない。もう会えないかもと絶望して、自分を責めて、眠れない夜を過ごしたのだと思うと死にたくなった。
今の僕にできることは、全てを話すこと。
受け入れてもらうつもりはない。
ただ、それが僕の精一杯の誠意だから。
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