僕が剥がして、少女が食べる怪異清掃

じゃろけ@いろんな小説を書いています

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針千本のオフィスチェア

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「お待ちしていました」

 綺麗なオフィスの入り口で、スーツをパリッと着こなした男が、神妙な顔をして僕を迎えた。

「どうも、どんな依頼でしょう」

 いつものように、依頼メールは見ていない。

「ある席に座った社員が、次々にやめていっちゃうんです。なにかあるかとも思ったんですが、私が座ってもなんともないから、よくわからず……」

「なるほど。とりあえず、現場を見せていただけますか」
 案内されたのは、フロアの窓際にあるデスクだった。
 日当たりもよく、パソコンも最新式。一見すると、何の変哲もない快適そうなワークスペースだ。

「ここです」

「……うわあ」

 近づいただけで、肌がチクチクと粟立った。静電気なんて可愛いものじゃない。まるで剣山の上を歩いているような、物理的な痛みすら感じる。

「どうしました?」
「あなた、ここに座って何ともなかったんですか? あぁ、もしかしたら……」
「は、はあ……?」

 怪訝な顔をする社長を無視して、僕は鞄から専用のライトを取り出した。

「肉眼だと見えにくいでしょうから、これを。閲覧注意ですよ」

 言いながら、デスクに向けてスイッチを入れる。青白い光が照射された瞬間、「快適なオフィスチェア」の姿が一変した。

「ひっ」

 課長が短い悲鳴を上げて後ずさる。

 そこには、無数の「針」が生えていた。

 椅子の座面、背もたれ、肘掛け、デスクの天板に至るまで。びっしりと、銀色に光る鋭利な棘が、隙間なく植え付けられていたのだ。それは中世の拷問器具を想起させた。

「こりゃあ、体調も崩しますよ。座るたびに、全身を串刺しにされてるようなもんですから」
「な、なんですか、これは……誰かの悪戯ですか!? 画鋲!?」
「いえ、物理的なものではありません。『嫌悪』とか、『憎悪』、そういう他人に向ける負の感情が怪異になって、形を成しているんです」

 僕は怯えることなく、指先でその棘の一本をピンと弾いた。硬質な音が響く。 

「『あいつ邪魔だ』『失敗しろ』『消えてしまえ』……周囲の人間からの、陰湿で鋭い敵意。それが降り積もって結晶化すると、こうして棘になるんです。きっと、きっかけはとある一人の社員だったと思います。なにか心当たりは?」  

「……あまり仕事ができないのに、態度のでかい新入社員がいました。半年ほどで体調を崩して辞めていきましたが……」

「なるほど。それ以降座った人はどうでした?」

「別に普通の社員でしたよ。中には仕事ができる人もいました」

「でも辞めていったと」

「はい……」

「おそらくですが、この椅子自体が負の感情を加速させていたんです。『この椅子に座る人は、やばいヤツだ』という印象を加速させているんです。ほんの少しのきっかけで、周囲の負の感情を成長させる。なかなか、質の悪い怪異ですね」

 社長は綺麗に整えらえれたスーツには似つかわしくない、暗い表情で俯いていた。

「……あなたは社員から好かれる素晴らしい人格者のようですね」

「……え?」

「あなたは座ってもなにも感じなかったんでしょう?それは、増幅する負の感情が全くなかったからですよ。元がなければ、育たない。普通のことです」 

 僕が説明している間にも、周囲のデスクで働く社員たちが、チラチラとこちらを見ている視線を感じる。
 その視線が飛んでくるたびに、椅子の上の棘が、スッと新しく生えてくるのが見えた。

「さて、と。原因がわかれば、あとは剪定せんてい作業です」

 僕は鞄から、柄の長いワイヤーカッターのような工具を取り出した。ホームセンターで売っている枝切りばさみを、怪異用に改造したものだ。

「少し大きな音がしますよ」

 断りを入れて、僕は一番太い棘の根元に刃を当てた。

 バチンッ!
 
 静かなオフィスに、硬い金属を無理やり断ち切ったような破裂音が響く。周囲の社員たちがビクッと肩を震わせたのがわかった。

「おまたせ」

 影に向かって声をかけると、ぬるりとオリが這い出てくる。

「……っ!? き、君は!?」

 いきなり現れた少女に、社長が目を見開いて仰け反った。

「あ、気にしないでください。うちのアシスタントなんで」
「アシスタント!? いや、どう見ても小学生……それに、どこから……」
「特殊清掃には、狭い隙間に入れる小さい人材が不可欠なんですよ。ほらオリ、仕事だ」 
「うわ、とげとげ……痛そう」

 社長の困惑を無視して、オリが顔をしかめる。

「見るからに攻撃的だからな。でも、味は刺激的だぞ」
「ほんと?」

 僕が切り取ったばかりの、手のひらサイズの棘を差し出す。

 オリはおずおずとそれを受け取ると、先端を少しだけ齧った。

 カリッ。ポリポリ。小気味よい音がした。 

「ん! これ、パチパチする!」
「た、食べた……!?」

 社長が腰を抜かしそうになっている。

「な、なんなんですか、その子は……鉄を食べているんですか!?」
「鉄分補給です。育ち盛りなんで」

 適当にはぐらかしつつ、僕は手際よくバチン、バチンと棘を刈り取っていく。

 刈り取った端から、オリが拾って食べる。

 社長は恐怖と困惑でパクパクと口を開閉させていたが、棘がどんどん減っていくのを見て、何も言えなくなっていた。

 この素晴らしい連携プレイのおかげで、剣山だった椅子は、ものの十分ほどで元の「快適なオフィスチェア」へと戻っていった。

「ふぅ。これで除去完了です」

 最後の棘をオリが飲み込んだのを確認し、僕は額の汗を拭った。

 ライトを当てても、もう棘は一本も見当たらない。

「あ、ありがとうございます……! 空気が、軽くなった気がします」

 社長がおそるおそる椅子に触れ、安堵の息を漏らす。横目でチラチラとオリを見ているが、関わってはいけないものを見る目だ。

「ええ、これで誰が座っても体調を崩すことはありません。少なくとも、今は」

 「今は?」

「申し上げた通り、この棘の発生源は、このフロアの空気そのものですから」

 僕は視線だけで周囲を示した。

 社員たちは、僕たちが作業を終えたのを見て、またヒソヒソと陰湿な視線を交わしている。

 あの視線がある限り、また新しいターゲットが座れば、すぐに棘は芽吹くだろう。けれど、それは僕の管轄外だ。

「また生えたら呼んでください。定期メンテナンスも承っていますので」

「は、はあ……」

 複雑そうな顔をする社長に名刺を渡し、僕はオフィスを後にした。

「ごちそうさまでした!」

 エレベーターホールで、オリが満足げに腹をさする。

「結構な量だったけど、腹壊すなよ」
「平気! ちょっと舌がピリピリするだけ」

 あっけらかんと笑う少女。

 その無邪気な笑顔の裏で、彼女の腹の中には、数十人分のどす黒い殺意が消化されているのだ。

 人間が人間である限り、僕たちの食い扶持がなくなることはない。そんな当たり前の事実を、ピリピリと痛む肌で感じながら、僕は下降するエレベーターのボタンを押した。


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