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第6章

第28話 お嬢様は涙が溢れる

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シアは、きゅっと唇を噛みしめた。
 
 
「…す、好きでもない相手に、あんな卑猥なことが…できるくせに…!」

「卑猥なこと、ですか。具体的には、どのような行為でしょうか」

「い、いいいイジワル!!」




ネオは、なにをした? 


唇を奪い、抵抗するシアの胸に、触れた。
イヤだと口にしても、言葉を奪うように唇を重ねられた。

人形を見つめるように、冷たい瞳を向けた。



愛のない行為。
 初めて達したあとは、姿を消した、ネオ。 
 


大好きなネオだから。
信頼しているネオだったから。


 
…それが余計に、悲しかった。


 
 
「…好きじゃないなら、思わせぶりなことしないで」


 
もう、これ以上、振り回さないで。

純粋な気持ちで、ネオが好きなだけだから――…



いまよりも、好きになりたくない。

傷つきたくない。



あなたしか、好きじゃないの――…
 


 
いつの間にか視界が揺らぐ。
目尻いっぱいにたまった涙は、頬を伝って床へと落ちた。
 

涙は、次々と追いかけるように、こぼれ落ちる。
 
 

「あん、なこと…っした、くなかった…っ」


涙が喉をしゃくり、言葉がうまく紡げない。

ひくっ、と何度もひくつかせ、弱みを隠すように唇を噛みしめた。


 
もし、《あんなこと》をするなら――…

愛をささやいて、優しく愛でて、いっぱい満たされたい。


 
ずっと抱きしめて、朝には甘い口づけの雨を降らせて…。



 
ただそれだけの、小さな願い。

女としての、幸せを願うだけなのに。



 
それだけの願いが、なんでわかってもらえないの?

一番理解して欲しい人なのに、どうして想いが伝わらないの?

 
一番近くに、いたはずなのに。



 
 
「おみあ、いだって…っ、あるんでしょ…」

「お見合い、ですか?」


くり返した言葉にうなずく。



「どなたが、お見合いをなさるのですか?」

「…ネオ、が…っ」


言葉が理解できないように、ネオは首をかしげた。


「どういうことでしょうか」

「…えっ」



驚き、視線を絡ませる。

まっすぐに見つめる視線は、ごまかしているようには思えなかった。
 
本当になんのことを指しているのか、理解していない様子。
 


どういう、こと…?


 
クライムは、ネオが見合いをするといった。

そしてシアたちもまた、婚約の話が浮上していると話題にした。
 


まさか――…
 


 
「嘘、…つかれた?」
 


ネオへの気持ちを知っていながら、嘘をついて動揺を誘った。

シアの心を乱し、悲しむ様子を見て、楽しんでいたに違いない。


 
…やられた。
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