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第二章
2.予想外の出来事、ルフブルク大学にて1
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ソニアたちを出迎えたのは、丸い銀縁の眼鏡をした男性と若い女性だった。
男性の方は二十代のテオよりは年を取っているように見えるが、優しい目は若々しく輝いている。
女性の方も優しい微笑を浮かべている。しかし眉はハの字を描いて、困っているように見えた。
「ポルタリアから参りました、テオ・セラと申します。本日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」
「ベンノ・ローデンバルトです」
「ビアンカ・ベルです」
テオはふたりとにこやかに握手を交わした。またベンノとビアンカはソニアたちとも丁寧に握手をしてくれた。
ベンノに勧められ、続き部屋になっている談話室のソファに座った。クルミボタン付の少し古いタイプのソファだが、座り心地はとても良い。テーブルも脚に細かい彫刻が施された年代物で、マントルピースの上には昔流行ったという投影機や、ドライフラワーが入れられたガラスドームなどが置かれている。他の家具も少し古いものばかりだ。さすがは歴史を勉強する人、とソニアは思った。
ベンノは自らで人数分のお茶を用意してくれた。レースのようなチョコレート菓子も用意されている。ソニアはお行儀が悪いかなと思いながらも、このチョコレートを三つ食べた。味も格別だ。
「無事に到着されて良かったです。この頃は船旅も物騒ですから」
「ベテランの頼りになる魔法航海士がいたので、安心でしたよ」
「それは良かったです。それでは、さっそく本題なんですが……」
ベンノは一度口を結んだ。
その意味深な間に、ソニアはチョコレートの味をすっかり忘れて、ゴクリとツバを飲んだ。
「実はちょうど昨日から、ラファエルの行方が分からなくなっているんです」
「えっ! 誘拐ってことですか!」
マルチナがテーブルに見乗り出すように言った。すると、ベンノは慌てて顔の前で手を振った。
「いえいえ! そんな大事ではありません! ただ、何と言いますか、ラファエルは少し変わったところがありまして……」
「ほとんど大学にいないんです」
ベンノの言葉に続けたのは、腕を組んで座るビアンカだ。
「教授なのに大学にいないなんてことができるの?」
「ベンノさんがラファエルに甘いから、許してくれてるんです」
ビアンカは苦笑いを浮かべるベンノの方をチラッと見た。見た、というよりは睨んだ、の方が正しいかもしれない。
「毎年十本以上の論文を提出して、学生にはその論文に対する反論のレポート書かせて、自分はそれを論破するような返事を返す、という前代未聞のやり方をしているんです、ラファエル・アンカーは」
「自由なやり方で良いですね」とテオ。
「ええ。うちは自由な校風ですし、ラファエルの論文に問題はありませんし、生徒の出席を厳しく監視する校風でもないので、良いかなと、わたしは思っているんです」
「だからと言って、ベンノさんはラファエルに甘すぎますけどね」
「悪い悪い。ただ、自由をすべて容認しているわけではないんですよ。皆さんの来訪はきちんと伝えましたし、大学にいることを約束させたんです。昨日まではいたんですが、今朝になったら研究室にも寮にも姿が見えなくて」
「人見知りだから、大方逃げ出したんでしょう」
「逃げたって……」
マルチナはソニアの方を見て肩をすくめた。その顔は面白がっている。確かにソニアも面白いと思った。いくら人見知りとはいえ、約束の前に誰にも何も言わずにいなくなってしまうなんて。嫌なものに対する行動力がある辺り、たぶんマルチナに似てるタイプだ、とソニアは思った。
ビアンカはサッと胸のあたりまで手を挙げた。
「ですがご心配なく。彼の居場所の当てはあるので、今朝のうちに、こっちに戻るように手紙を送りました」
テオは「それは良かった」と言ってため息をついた。
「ラファエルさんは、わたしたちが嫌って言うよりは、人見知りなんですよね」
「はい。ほとんど人と話しません。口が悪すぎるので、ちょうどよいですけどね」
「口が悪いんですか」
マルチナはソニアに「ますます面白い!」と耳打ちした。
「話がそれましたが、御足労いただいたのに、こんなことになってしまってすみません。わたしの監督不行き届きです」
ベンノは心から申し訳なさそうな顔をしている。まるで我が子を庇う親のような顔だ。
「とんでもない。気にしないでください。むしろ、人付き合いが好きでない方でしたら、遠方からの来訪は気が重かったでしょう」
「お気遣い感謝します」
「それで、ラファエルさんはいつ頃戻ってこられる可能性があるでしょうか」
「手紙は明日にでも届くと思うので、早くて明後日でしょう」とビアンカ。
「それなら別の用事を済ませておきますよ。他にも行く予定の場所があるので」
「本当に申し訳ありません」
「そんなに謝らないでください。せっかく初めての国に国に来たんだから、もっと笑顔でウェルカムモードでいてほしいわ」
マルチナが魅力的な笑顔でそう言うと、ベンノはホッとした顔で「我が国へ歓迎します」と答えた。
どこにいてもマルチナはマルチナだ。
男性の方は二十代のテオよりは年を取っているように見えるが、優しい目は若々しく輝いている。
女性の方も優しい微笑を浮かべている。しかし眉はハの字を描いて、困っているように見えた。
「ポルタリアから参りました、テオ・セラと申します。本日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」
「ベンノ・ローデンバルトです」
「ビアンカ・ベルです」
テオはふたりとにこやかに握手を交わした。またベンノとビアンカはソニアたちとも丁寧に握手をしてくれた。
ベンノに勧められ、続き部屋になっている談話室のソファに座った。クルミボタン付の少し古いタイプのソファだが、座り心地はとても良い。テーブルも脚に細かい彫刻が施された年代物で、マントルピースの上には昔流行ったという投影機や、ドライフラワーが入れられたガラスドームなどが置かれている。他の家具も少し古いものばかりだ。さすがは歴史を勉強する人、とソニアは思った。
ベンノは自らで人数分のお茶を用意してくれた。レースのようなチョコレート菓子も用意されている。ソニアはお行儀が悪いかなと思いながらも、このチョコレートを三つ食べた。味も格別だ。
「無事に到着されて良かったです。この頃は船旅も物騒ですから」
「ベテランの頼りになる魔法航海士がいたので、安心でしたよ」
「それは良かったです。それでは、さっそく本題なんですが……」
ベンノは一度口を結んだ。
その意味深な間に、ソニアはチョコレートの味をすっかり忘れて、ゴクリとツバを飲んだ。
「実はちょうど昨日から、ラファエルの行方が分からなくなっているんです」
「えっ! 誘拐ってことですか!」
マルチナがテーブルに見乗り出すように言った。すると、ベンノは慌てて顔の前で手を振った。
「いえいえ! そんな大事ではありません! ただ、何と言いますか、ラファエルは少し変わったところがありまして……」
「ほとんど大学にいないんです」
ベンノの言葉に続けたのは、腕を組んで座るビアンカだ。
「教授なのに大学にいないなんてことができるの?」
「ベンノさんがラファエルに甘いから、許してくれてるんです」
ビアンカは苦笑いを浮かべるベンノの方をチラッと見た。見た、というよりは睨んだ、の方が正しいかもしれない。
「毎年十本以上の論文を提出して、学生にはその論文に対する反論のレポート書かせて、自分はそれを論破するような返事を返す、という前代未聞のやり方をしているんです、ラファエル・アンカーは」
「自由なやり方で良いですね」とテオ。
「ええ。うちは自由な校風ですし、ラファエルの論文に問題はありませんし、生徒の出席を厳しく監視する校風でもないので、良いかなと、わたしは思っているんです」
「だからと言って、ベンノさんはラファエルに甘すぎますけどね」
「悪い悪い。ただ、自由をすべて容認しているわけではないんですよ。皆さんの来訪はきちんと伝えましたし、大学にいることを約束させたんです。昨日まではいたんですが、今朝になったら研究室にも寮にも姿が見えなくて」
「人見知りだから、大方逃げ出したんでしょう」
「逃げたって……」
マルチナはソニアの方を見て肩をすくめた。その顔は面白がっている。確かにソニアも面白いと思った。いくら人見知りとはいえ、約束の前に誰にも何も言わずにいなくなってしまうなんて。嫌なものに対する行動力がある辺り、たぶんマルチナに似てるタイプだ、とソニアは思った。
ビアンカはサッと胸のあたりまで手を挙げた。
「ですがご心配なく。彼の居場所の当てはあるので、今朝のうちに、こっちに戻るように手紙を送りました」
テオは「それは良かった」と言ってため息をついた。
「ラファエルさんは、わたしたちが嫌って言うよりは、人見知りなんですよね」
「はい。ほとんど人と話しません。口が悪すぎるので、ちょうどよいですけどね」
「口が悪いんですか」
マルチナはソニアに「ますます面白い!」と耳打ちした。
「話がそれましたが、御足労いただいたのに、こんなことになってしまってすみません。わたしの監督不行き届きです」
ベンノは心から申し訳なさそうな顔をしている。まるで我が子を庇う親のような顔だ。
「とんでもない。気にしないでください。むしろ、人付き合いが好きでない方でしたら、遠方からの来訪は気が重かったでしょう」
「お気遣い感謝します」
「それで、ラファエルさんはいつ頃戻ってこられる可能性があるでしょうか」
「手紙は明日にでも届くと思うので、早くて明後日でしょう」とビアンカ。
「それなら別の用事を済ませておきますよ。他にも行く予定の場所があるので」
「本当に申し訳ありません」
「そんなに謝らないでください。せっかく初めての国に国に来たんだから、もっと笑顔でウェルカムモードでいてほしいわ」
マルチナが魅力的な笑顔でそう言うと、ベンノはホッとした顔で「我が国へ歓迎します」と答えた。
どこにいてもマルチナはマルチナだ。
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