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第一章

7.銀貨の値打ち

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「また何か体のことで困ったことがあれば、いつでも相談してね。わたしはあの丘の家に住んでるから。わたしがいない時は、おばあちゃんが話を聞いておいてくれるよ」
 シュゼットは町から離れた里山の前にある丘の上の家を指さした。町から見ると、シュゼットの家は手のひらほどの大きさに見える。
「シュゼットは治療師なのか?」
「治療師ってほどじゃないよ。町の人に、植物の力を借りた民間療法を施してるんだ」
「植物の力! へえ、初めて聞いた。民間療法って言やあ、苦い薬草の薬ばっかりだと思ってた」
 エリクは鼻の上にしわを寄せた。まるで今苦い薬を飲まされたような顔に、シュゼットはクスッと笑った。ブロンはエリクの顔を心配そうに舐める。
「それじゃあ香り袋も、その民間療法の一つってことか?」
「うんっ。エリクにはすぐに効果があったみたいだけど、魔法の治療みたいに、短期間ですぐに良くなるようなものではないんだ。でも魔法よりは安いし、自分でもやろうと思えばできる治療法ばかりだから、みんなに知ってもらえたら良いなと思って」
 エリクは優しい笑顔で「良い考えだな」と言った。
「じゃあ、治療して収入を?」
「そう。まあ、たくさんはもらわないけどね。たいていは物々交換みたいに、わたしは民間療法を、相手からはお野菜やお魚をもらうって感じかな」
「それなら俺も何か返した方が良いな」
「えっ! そんなつもりで言ったんじゃないんだけど」
「そういうわけにはいかないだろ」
 エリクは香り袋が入っている方とは反対のズボンのポケットを漁り始めた。ポケットからおやつが出てくると勘違いしたブロンは、舌を出しながらエリクのシャツをひっかいている。シュゼットは「ダメだよ、ブロン」と言って、ブロンをエリクから受け取った。
「これで足りるか?」と言ってエリクが差し出してきたのは、銀貨だ。
「銀! 多いくらいだよ! 銅で十分!」
これまでの会話は、お代を渡すための誘導だったことに気が付いたシュゼットは、ブンブン首を横に振った。
「銅は持ってねえ」
 エリクは右の口角だけを挙げて、得意げに笑った。
 絶対にウソをついている顔だ。シュゼットとエリクは銀貨を挟んでしばらくの間見つめ合った。エリクのサファイアのような目に、シュゼットのしかめっ面が微動だにせずに映っている。それを見ると、シュゼットは根負けしてしまった。
「……ウソだってわかってるけど、ありがたく頂戴します」
「よしっ」
 エリクはご機嫌な声を上げて、シュゼットの手提げカゴの中に硬貨を入れた。
「これって材料費と人件費よりもずっと高いんだよ。得しすぎてちょっと怖いよ」
「それなら、『それだけの値打ちがあることをした』ってことにしろよ。実際、俺は久しぶりにぐっすり寝れて、気持ちが良い思いをさせてもらったんだぞ、この香り袋のおかげで」
「……わかった。それじゃあこの銀貨は大切に使うことにするね」
「好きな菓子でも買ってくれ」
「あはは、ありがとう」
 うなずいたエリクは、あくびをかみ殺したような顔をした。少しは寝られたようだが、寝不足がたった一日で改善することは絶対にない。睡眠習慣を見直し、就寝環境を改善する必要がある。
「ねえ、エリク。良かったら、他にも紹介させてくれない? 睡眠に良い植物のこと」
「これからか? だったら悪いけど無理だ。この後ちょっと用があるんだよ」
「そうなんだ。それじゃあ、また時間がある時に」
「おう。またな」
 寂しそうにクンクン鼻を鳴らすブロンをフワフワとなで、エリクは町の中に消えて行った。
「香り袋だけで良くなると良いんだけどね」
「クーン……」
 ふらふらと人ごみに紛れて行くエリクを、シュゼットとブロンは小さくなるまで見送った。
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