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第一章 形見の腕時計
第五話 モノの声が聞こえる②
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「ただいまー。友達来てる」
陸は端的に母親に伝える。嘘をつくと直ぐに感づかれるため、必要最低限な真実だけを言葉にしている。
「お菓子とジュースはいる?」
「いや、漫画貸すだけだからすぐに帰る」
緊張のせいか、普段よりも高い声になっているのだが、お母さんに気付いた様子はない。
お邪魔しまーす
小さい声ながら挨拶をした楓を睨みつけ、そそくさと二階に上がる。
楓と共に自分の部屋に入ると、念のためにとガチャンと鍵を閉めた。鍵が閉まる音が響いた瞬間、楓はビクリと背筋を伸ばした。
楓は信じられないと言わんばかりに驚愕した顔をしているが、陸は何なんだよ、と不貞腐れた顔をしている。
「ねえ、お姉ちゃんのこと、好きなんだよね?」
「なんで!?」
突然の質問に、陸はボッと顔を真っ赤にしながらうろたえた。
陸としてはなんで今そんな話をしたのかと言いたかったのだが、楓は別の解釈をした。
「見てればわかる。お姉ちゃんに一目惚れする客なんてごまんといたから」
「じゃあ、もう付き合ってる人がいるのか?」
楓は陸の顔をじっと眺めた。陸はまるで地獄の沙汰を待つような気分で固唾をのんだ。
重い沈黙を経て、ゆっくりと口が開かれる。
「さっさと腕時計を探さないと」ととぼけたように言った。
(いや、教えてからでいいだろ!)
陸は文句を言おうとしたのだが、許可もなくタンスを開けられるは、本棚はひっくり返されるはで、それどころではなくなった。
押し問答の末、もう自由にさせようと諦めて、陸はベッドに腰を落とした。
楓は水を得た魚のように、元気に駆け回って陸の部屋にある家具や文房具などに語り掛け始めた。
そんな楓の後姿を見ながら、陸は口をまごまごさせ始めた。
(なんかムズムズする)
陸にとっては女子を自分の部屋に入れるというのは初体験だ。相手が『モノの声が聞こえる』という電波少女であるため、さっきまで意識していなかったのだが、実際に『自分の部屋に女子がいる光景』を目の当たりにして、落ち着きをなくしている。
腕時計を探してくれているんだぞ、と心の中で何度も復唱しつつ、名前のわからない衝動を抑え続けるのに集中する。そんな少年の葛藤は露知らず、楓は淡々と探し続けている。
「フトン、最近干してないでしょ。ダニが増えてる」
「え?」
楓の突然の指摘に陸は目を丸くした。確かにフトンを最近干していないのは事実だった。
「机の上のシャーペン、シャー芯が詰まってて苦しそう」と楓は机の上を全く見ずに言った。
陸は不思議に思いながらもシャーペンをノックする。するとなんと、確かにシャー芯が出ない。鼻息を荒しながらペン先を外すと、折れたシャー芯が詰まっていた。
「それと、ベッドの下に靴下が片方だけ落ちてるよ」
楓の言葉を聞いた瞬間、陸はまるでフリスビーを追いかける犬のようにベッドの下に滑り込んだ。
「え? なんでわかったの?」
フトンの状態はまだしも、シャーペンやベッド下の靴下は見ただけではわからない。陸には楓が言い当てられた理由がてんでわからなかった。
「声が聞こえるから」
楓は自慢げに胸を張って、言い切った。
「布団やシャーペンや靴下の声を聞いたってこと?」
陸は首をひねった。疑問は晴れるどころか不可解へと深まっていた。
「うん。助けて―寂しいよー、って悲鳴をあげてたらから。でも結構モノを大事にしてるんだね。あんまり悲鳴が聞こえてこないよ。あー、よくスマホやリモコンを探し回ってるんだ。ちゃんと定位置に置かないと駄目だよ。リモコンが転校ばかりの子供みたいに寂しそうにしてる」
陸は開いた口がふさがらなかった。すべてがすべて、的確に言い当てられたのだ。しかも、どうやって洞察したのか、全く見当もつかない。
陸の心の中で疑惑は消え去り、確信に変わった。
「本当にモノの声が聞こえるの?」
「疑ってたの? わたしはチョメチョメを持っているから聞こえるんだよ」
「チョメチョメ?」と陸ははぐらかされているのかと、眉間に皺を寄せた。
「モノの声を聞くための耳みたいなもの」
陸は楓の小ぶりな耳に視線を向けた。キレイな形をしており、特段変わった様子は見受けられない。視線に気づいた楓は、サッと手で耳を覆い隠した。
「そうじゃなくて、第六感とかのもっとスピリチャルなものだよ」
「……スピリチャルって」
スピリチャルの一語が入るだけで一気に胡散臭く感じられて、陸は嫌な顔を浮かべた。その顔を見て、楓は挑戦的な口調で
「じゃあ、わたしがどうやって言い当てたか、他に説明できる?」と言った。
「……わからない」
「だったら信じるしかないね」
楓の勝ち誇った笑みを浮かべた。
陸は頭をフル回転させたのだが、結局は何も思い浮かばず「胡散臭いけど認めるしかないか」と心の中で呟いた。
表情から陸の降参を察したのか、楓はさらに口角を釣り上げて、ふんぞり返る。
「のど乾いた」
(図々しすぎる)
かといっても、探し物を手伝ってもらっている最中なのだ。邪険にするのもはばかられて
「後で自販機で奢る」とだけ返した。
楓は何かを考えるように上を向いてから、自分のカバンをじっと見た。しばらくするとカバンから目線を外し、探し物を再開し始める。
(なんだったんだ?)
陸は楓の先ほどの行動に違和感を覚えていた。具体的な理由はない直観的なものだったが、何かを隠しているように、陸の目には映っていた。しかし「青木だからな」と深くは考えなかった。
「ごめん。この部屋には無いみたい」
「そう。……ありがとう」
陸は「やっぱりか」と落胆しつつ、諦められない気持ちも持っていた。
(じゃあ、どこにあるんだよ)
中学校の校舎内。校庭。通学路。思いつく場所は全て探したのだ。それでも見つからないのだから、だれかが持っていかったのか、ゴミと間違わられて捨てられているのかもしれない。そうなったら完全にお手上げだ、とため息をついた。
「ありがとう。すごく助かったよ。ほら、早く帰った方がいいんじゃない? もう外も暗くなってきてるし」
「折角来たんだから、もう少し居たいな」
楓は、感情の読めない顔で駄々をこねながら、カバンのうわべを撫でた。予想外の言動に、陸の眉間にしわが寄る。
「ほら、君乃さんも心配しているはずだし」
「何、わたしに早く帰ってほしいの? 邪魔?」
「そうじゃなくて……」と陸は良い返しが思いつかず言い淀んだ。
「ごめんごめん。意地悪言ったね。大丈夫、ちゃんと帰るよ。お母さんに知られたくないんでしょ? 声は出さないでいてあげる」
上から目線の物言いに不満に思いながらも、これ以上言い合う気分にもなれず
「助かるよ」と素直にお礼を告げた。
少しでも音が鳴らないようにゆっくりドアを開け、緊張した面持ちで階段を降りる陸の後ろを、楓はニタニタ笑いながらついていく。
リビングの横にたどり着き陸は平静を装いながら
「友達帰る。ついでにコンビニ寄ってくる」と母親に向けて言った。
「あら、じゃあついでに例のアレ買ってきて。あと後30分で出来るから、それまでに帰ってきなさいよ。さもないと全部なくなってるから」
「了解」
玄関を出て、ようやく緊張が解けて息を吐いた。
陸は端的に母親に伝える。嘘をつくと直ぐに感づかれるため、必要最低限な真実だけを言葉にしている。
「お菓子とジュースはいる?」
「いや、漫画貸すだけだからすぐに帰る」
緊張のせいか、普段よりも高い声になっているのだが、お母さんに気付いた様子はない。
お邪魔しまーす
小さい声ながら挨拶をした楓を睨みつけ、そそくさと二階に上がる。
楓と共に自分の部屋に入ると、念のためにとガチャンと鍵を閉めた。鍵が閉まる音が響いた瞬間、楓はビクリと背筋を伸ばした。
楓は信じられないと言わんばかりに驚愕した顔をしているが、陸は何なんだよ、と不貞腐れた顔をしている。
「ねえ、お姉ちゃんのこと、好きなんだよね?」
「なんで!?」
突然の質問に、陸はボッと顔を真っ赤にしながらうろたえた。
陸としてはなんで今そんな話をしたのかと言いたかったのだが、楓は別の解釈をした。
「見てればわかる。お姉ちゃんに一目惚れする客なんてごまんといたから」
「じゃあ、もう付き合ってる人がいるのか?」
楓は陸の顔をじっと眺めた。陸はまるで地獄の沙汰を待つような気分で固唾をのんだ。
重い沈黙を経て、ゆっくりと口が開かれる。
「さっさと腕時計を探さないと」ととぼけたように言った。
(いや、教えてからでいいだろ!)
陸は文句を言おうとしたのだが、許可もなくタンスを開けられるは、本棚はひっくり返されるはで、それどころではなくなった。
押し問答の末、もう自由にさせようと諦めて、陸はベッドに腰を落とした。
楓は水を得た魚のように、元気に駆け回って陸の部屋にある家具や文房具などに語り掛け始めた。
そんな楓の後姿を見ながら、陸は口をまごまごさせ始めた。
(なんかムズムズする)
陸にとっては女子を自分の部屋に入れるというのは初体験だ。相手が『モノの声が聞こえる』という電波少女であるため、さっきまで意識していなかったのだが、実際に『自分の部屋に女子がいる光景』を目の当たりにして、落ち着きをなくしている。
腕時計を探してくれているんだぞ、と心の中で何度も復唱しつつ、名前のわからない衝動を抑え続けるのに集中する。そんな少年の葛藤は露知らず、楓は淡々と探し続けている。
「フトン、最近干してないでしょ。ダニが増えてる」
「え?」
楓の突然の指摘に陸は目を丸くした。確かにフトンを最近干していないのは事実だった。
「机の上のシャーペン、シャー芯が詰まってて苦しそう」と楓は机の上を全く見ずに言った。
陸は不思議に思いながらもシャーペンをノックする。するとなんと、確かにシャー芯が出ない。鼻息を荒しながらペン先を外すと、折れたシャー芯が詰まっていた。
「それと、ベッドの下に靴下が片方だけ落ちてるよ」
楓の言葉を聞いた瞬間、陸はまるでフリスビーを追いかける犬のようにベッドの下に滑り込んだ。
「え? なんでわかったの?」
フトンの状態はまだしも、シャーペンやベッド下の靴下は見ただけではわからない。陸には楓が言い当てられた理由がてんでわからなかった。
「声が聞こえるから」
楓は自慢げに胸を張って、言い切った。
「布団やシャーペンや靴下の声を聞いたってこと?」
陸は首をひねった。疑問は晴れるどころか不可解へと深まっていた。
「うん。助けて―寂しいよー、って悲鳴をあげてたらから。でも結構モノを大事にしてるんだね。あんまり悲鳴が聞こえてこないよ。あー、よくスマホやリモコンを探し回ってるんだ。ちゃんと定位置に置かないと駄目だよ。リモコンが転校ばかりの子供みたいに寂しそうにしてる」
陸は開いた口がふさがらなかった。すべてがすべて、的確に言い当てられたのだ。しかも、どうやって洞察したのか、全く見当もつかない。
陸の心の中で疑惑は消え去り、確信に変わった。
「本当にモノの声が聞こえるの?」
「疑ってたの? わたしはチョメチョメを持っているから聞こえるんだよ」
「チョメチョメ?」と陸ははぐらかされているのかと、眉間に皺を寄せた。
「モノの声を聞くための耳みたいなもの」
陸は楓の小ぶりな耳に視線を向けた。キレイな形をしており、特段変わった様子は見受けられない。視線に気づいた楓は、サッと手で耳を覆い隠した。
「そうじゃなくて、第六感とかのもっとスピリチャルなものだよ」
「……スピリチャルって」
スピリチャルの一語が入るだけで一気に胡散臭く感じられて、陸は嫌な顔を浮かべた。その顔を見て、楓は挑戦的な口調で
「じゃあ、わたしがどうやって言い当てたか、他に説明できる?」と言った。
「……わからない」
「だったら信じるしかないね」
楓の勝ち誇った笑みを浮かべた。
陸は頭をフル回転させたのだが、結局は何も思い浮かばず「胡散臭いけど認めるしかないか」と心の中で呟いた。
表情から陸の降参を察したのか、楓はさらに口角を釣り上げて、ふんぞり返る。
「のど乾いた」
(図々しすぎる)
かといっても、探し物を手伝ってもらっている最中なのだ。邪険にするのもはばかられて
「後で自販機で奢る」とだけ返した。
楓は何かを考えるように上を向いてから、自分のカバンをじっと見た。しばらくするとカバンから目線を外し、探し物を再開し始める。
(なんだったんだ?)
陸は楓の先ほどの行動に違和感を覚えていた。具体的な理由はない直観的なものだったが、何かを隠しているように、陸の目には映っていた。しかし「青木だからな」と深くは考えなかった。
「ごめん。この部屋には無いみたい」
「そう。……ありがとう」
陸は「やっぱりか」と落胆しつつ、諦められない気持ちも持っていた。
(じゃあ、どこにあるんだよ)
中学校の校舎内。校庭。通学路。思いつく場所は全て探したのだ。それでも見つからないのだから、だれかが持っていかったのか、ゴミと間違わられて捨てられているのかもしれない。そうなったら完全にお手上げだ、とため息をついた。
「ありがとう。すごく助かったよ。ほら、早く帰った方がいいんじゃない? もう外も暗くなってきてるし」
「折角来たんだから、もう少し居たいな」
楓は、感情の読めない顔で駄々をこねながら、カバンのうわべを撫でた。予想外の言動に、陸の眉間にしわが寄る。
「ほら、君乃さんも心配しているはずだし」
「何、わたしに早く帰ってほしいの? 邪魔?」
「そうじゃなくて……」と陸は良い返しが思いつかず言い淀んだ。
「ごめんごめん。意地悪言ったね。大丈夫、ちゃんと帰るよ。お母さんに知られたくないんでしょ? 声は出さないでいてあげる」
上から目線の物言いに不満に思いながらも、これ以上言い合う気分にもなれず
「助かるよ」と素直にお礼を告げた。
少しでも音が鳴らないようにゆっくりドアを開け、緊張した面持ちで階段を降りる陸の後ろを、楓はニタニタ笑いながらついていく。
リビングの横にたどり着き陸は平静を装いながら
「友達帰る。ついでにコンビニ寄ってくる」と母親に向けて言った。
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