チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

文字の大きさ
57 / 93
第六章 チョメチョメを持つ不思議ちゃんの日常

第五十五話 本屋さんは見抜いている

しおりを挟む
 楓は手に持った二冊の本を見比べて、眉間にしわを寄せていた。

 一冊はDIYの本だ。楓にはいずれ作りたいものがあったが、『人助け』が忙しく手を付けられていない。

 もう一冊は料理本だった。手軽に味のいい料理が作れると評判のものだった。君乃が立ち読みして悔しながら戻しているのを見ていた。

 楓はポケットからガマ口財布を取り出して小銭を数えた。将来の出費を考えると、二冊共買うことはできなかった。

(これも『人助け』だよね)

 楓はDIYの本を棚に戻した。もう一度引き抜こうとする手を抑えながら、料理本をレジに持って行った。

 レジの奥で単行本を読んでいた本屋の店主が、面倒くさそうに顔を上げた。

 本屋の店主は70歳過ぎの男性で、常に度の強い眼鏡を付けている。口数が少なく、愛想もよくないため、社交的とはとても言えない。商店街で唯一、楓の手伝いをがんとして断っている。

「歌の練習は順調か?」

 本屋さんに声を掛けられて、楓はドキリとした。普段は声を掛けられることすらない。

「……ばっちりです」

 楓は心の中で、嘘だ、と自分の言葉を否定した。

 人並程度に音程は合うようになってきたものの、楓自身が満足できる出来にはなっていない。しかし今無駄に心配させる必要はない、ととっさに嘘をついてしまった。いや、本当は不甲斐ない自分を認めたくないだけかもしれない。

「そうか」とぶっきらぼうに本屋は呟きながら、レジに置かれた料理本を見た。

「こっちの本か」
「お姉ちゃんが欲しそうにしてたので」
「……そうか」

 店主はお釣りを出しながら、料理本を紙袋に包んだ。

「なあ、前から気になってたんだが、なんで老人なんかによくするんだ?」
「『人助け』だからです」

 堂々と言い切った楓を、本屋さんはじっと見つめている。眼鏡越しに見る店主の瞳は、どこまでも透き通っていて、真実を見抜くレンズのように見える。

 シワシワの唇がゆっくりと開いて、衝撃的な言葉を吐く。

「数年前、お前はよく火葬場の近くを夜にうろついていて、何か・・と話していた」

 ひっ、と小さな悲鳴に近い声が出た。

(なんで……!?)

 楓は混乱して言葉を出せなくなっていた。

 誰にもバレていないと思っていた。なんで知っているのか、という疑問に答えるように、本屋さんは無感情に口を開く。

「儂は夜によくあの道を通る。息子夫婦や孫に会いに行くためにな」

 冷や汗が滝のように流れ出る。本屋さんの顔を直視できずに、顔を背ける。

「お前の姿はあるのに、他には誰も見当たらなかった。お前は一体、誰と話していたんだ?」
「……人違いじゃないですか?」

 目を泳がせながら、ごまかそうとした。しかし目の前の初老の目には強い確信が宿っており、少女の虚勢を射抜き続けていた。

「いいや、お前が気違きちがいだ。俺は見間違っていない」

 ゾワッ

 キチガイと言われて、全身の毛が逆立った。

「なんなんですか、なんでそんなことを言うんですか」
「ただの老婆心ろうやしんだ。お前を見ていると不安になるんだ。なんとなく昔の息子を思い出す」

 楓はさっさと話しを打ち切って、さっさと逃げ出したかった。これ以上、本屋の話を聞きたくなった。これ以上聞いていると、自分の感情がどう動くかわからなかった。

「お前は一体何と話していたんだ?」
「言って、信じてくれますか?」
「多分無理だろうな」

 ヒクリ、と頬が引きつる。怒鳴りたい気持ちを必死に抑え込む。

「お前は何かに囚われているんじゃないか?」
「……囚われている、って」

 楓にとっては「囚われている」という表現には納得いかなかった。しかし適切な表現が思い浮かばず、押し黙ってしまう。

「商店街の奴らは皆、気づいている。気づいていながらお前に甘えている。儂はそれが気に入らないんだ」
「別にいいじゃないですか、お互いに助かってるんですから」

 本屋さんは視線を鋭くして、重々しく口を開く。

「お前は十分に友達と遊べているか? 勉強はできているか? 家族と語らえているか?」
「……関係ないじゃないですか」
「青春をおろそかにする程、お前のやっていることに価値はあるのか?」

 自分の中の何かにヒビが入るのを感じた。もう我慢の限界だった。

「わたし、帰ります」

 本屋を鋭くにらみつけて、踵を返す。扉を押し開けた瞬間だった。

「また来るのを楽しみにしてる」

 本屋にぶっきらぼうに告げられて、楓は困惑した。

「……何をしたいんですか?」

 あまりの苛立ちに、語気が強くなるのを抑えられなかった。

「今度は、君自身の意思で来ることを祈っていてる」

 会話にならなかった。

 本屋さんの声音は最後まで無感情だった。怒っているでも諭しているわけでもない。ただ黙々と事実を告げるような口調だった。

 楓は浅い息を吐きながら、駆けだす。

 買った料理本を手に、本屋から逃げ出すしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...