チョメチョメ少女は遺された ~変人中学生たちのドタバタ青春劇~

ほづみエイサク

文字の大きさ
63 / 93
第七章 チョメチョメ少女の追憶

第六十一話 家出と夜空と軽トラック

しおりを挟む
 真綿で首をしめるような、鬱々とした日々が続いた。たまった暗い感情は不発弾となり、残り続けていた。

 10歳の誕生日に、それは爆発することになる。

 きっかけは些細なことだった。

 お父さんが誕生日パーティーの中で出てきた、たわいもない言葉が気に障った。

「お母さんも、あの世で喜んでいると思う」
「そうだね。お母さんも笑ってるよ」

 その言葉を聞いた瞬間、仏壇に隠されていたビデオレターを思い出してしまった。その中には10歳の楓に宛てたものがあったのだ。当然のようにビデオレターの話は出ていない。

 ふと違和感を覚えた。線香の匂いがしない。以前は毎日のように線香をあげていたのに、今は月命日や盆正月などでしかあげていない。

 線香の匂いが無いせいか、ケーキの匂いが一層際立って感じた。

 ケーキの甘い匂いが鼻の中にまとわりついて、不快だった。目に見えない蜘蛛の巣を払いのけるように手を振りかぶる。

「そんなわけないじゃん」

 最初は小さな声だった。

 何を言っているのか聞こえなかったのか、二人は楓の顔を訝し気に見た。その表情が、ナイーブな少女の琴線に触れた。

「そんなわけないじゃん!」

 楓はヒステリックに叫んだ。

(お父さんもお姉ちゃんもずるい。母の――理咲さんのことを直接知っているから、言えるんだ。わたしは何も知らないのに)

 楓にとっては、写真の中だけで微笑む母よりも、小さいころに会った祖母の方が現実だった。

「わたしが殺したんだよ」
「何を言っているんだ?」

 おとうさんは目を見開いて、楓の顔を見ていた。本当に何のことを言っているか分かっていないのだろう。その顔がさらに神経を逆撫でする。

「お母さんだよ。わたしが殺したんじゃん」
「そんなことはない」

 おとうさんは優しく包み込むような声音で言ったのだが、楓の心には響かない。

「今日はお母さんの命日だよ」
「今日は楓の誕生日だ」
「わたしを悪い子だよ」
「楓は優しい子だ」

 問答を続ける程、胸の内から感情がせり上がっていく。

(なんで、この人たちは分かってくれないんだ)

「なんでそんなことを言うんだ」
「だって——」

 まだ幼い楓にとって、今の自分の感情をうまく言葉にできなかった。

(わたしが殺してないと思いたいわけじゃない。今が幸せだと認めたいわけじゃない)

 ただ、それはつらかったね、って言ってほしかった。優しくされるんじゃなくて、甘えさせて欲しかった。笑顔になりたいんじゃなくて、腕の中で泣かせてほしかった。

 そんなささやかな願いが、この優しい家族ではすごく難しい。

「楓、そんな顔をしないで」

 おとうさんの悲痛にまみれた表情を見た瞬間、弾けた。

「もういい!」

 気が付いた時には走りだしていた。

 もう家には居場所が無いように思えて、飛び出すしかなかった。

 後ろから叫び声が聞こえた。それでも振り切るように、走り続けた。

 どれくらい走り続けただろうか。疲れて立ち度また時には、知らない場所に来ていた。

 周囲には建物はなくて、田んぼが広がっていた。立っている場所は広めの農道だった。冷静になると、徐々に恐怖心が湧いてくる。

 知らない場所、誰もいない。周囲に光さえもなく、手には何も持っていない。

(わたし、家出したんだ)

 ようやく実感した。自分が何をしてしまったのか。

 少しでも光を求めるように、星空を見上げる。そこには星々が浮かんでいた。灯りがないせいか、普段よりもくっきりと見える。

(死んだ人はお星様になるんだっけ)

 それが本当だったら、母はあの大きな星だろうな、と指を差す。

「理咲さん、母、お母さん?」

 遺影の中の人物に対して家族とは思えず、どの呼び方もしっくりこない。強いていうなら他人行儀な"理咲さん"が一番呼びやすいだろうか。

 当たり前のように"お母さん"と呼べる家族の二人を思い出して、寂しい気分になった。

(わたしって、理咲さんのお腹の中から生まれてきたんだよね)

 何となく自分のお腹を擦る。そして想像した。自分のお腹が大きくなって、赤ちゃんが生まれて、自分と瓜二つの子供が成長していく姿を、だ。

(不気味だよね)

 まだ10歳の楓にとって、妊娠や出産というのは未知すぎた。妊娠したら子供出来て大変なことになる、ぐらいの漠然としたイメージだけで、フワフワした恐怖を抱いていた。

 ワオーン、と犬の遠吠えが聞こえた。

(お姉ちゃんとお父さんは何をしてるのかな)

 人肌恋しさのあまりに抱いた電柱は予想外に冷たく、楓はすぐに離れた。

(わたしの分まで、ごちそうもケーキも食べてるかな)

 テーブルに並んでいたオムライスやから揚げを思い出し、お腹がぐーと鳴った。

(帰りたくないなぁ)

 今は家族に会いたくなかった。謝られるのが分かり切っていたから。そして次の言葉を想像した。「生きてくれているだけでいい」なんて言いそうだ、と楓は苦笑いした。

(それもそれで切ないし、ちょっと怖い)

 そう思ってしまう自分が嫌で、生きているのすら面倒に思えてくる。

「もういっそこのまま……」

 楓は冬の海に入るような慎重な動きで、農免道路の真ん中に寝転んだ。

 夜のアスファルトはヒンヤリとしていて、固くて、すごく痛い。しかし目一杯に広がる星空の美しさが和らげてくれる。

「ねえ、聞いてよ。理咲さん」

 星に語りかけても、答えは返ってこない。

(お星さまの声が聞こえればいいのに……)

 そう考えた矢先だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、とと轟音が鳴り響きはじめた。

 軽トラックの走行音だ。

 ライトの光が近づいてくるのが見える。暗いせいで楓に気づいていないのか、減速する様子はない。

 楓はうごけなかった。『うごかなかった』ではなく『うごけなかった』。

 無機質な音を立てながら、高速で動く鉄の塊が近づいてくる。

 目が開きっぱなしで、心臓の鼓動で鼓膜が破れそうだった。唇は乾ききっていて、ひび割れている。全身から血の気が引いていき、体の感覚が遠くなっていく。息を止め、非現実的な光景を凝視しつづけることしかできなかった。

 一瞬、三途の川が見えた。隣には母の姿があり、荒っぽく突き飛ばされた。

 軽トラックは何事もなかったように通り過ぎていく。

 楓は全く動けなくなっていた。

 奇跡と言うべきだろう。軽トラックは、楓の真上を通り過ぎていったのだ。小さな少女の体はタイヤの間に納まり、衝突されることも轢かれることも無かった。

 引いていた血の気が戻ってくる。

 全身に走った緊張が抜けていき、その代わりに痺れが残る。

 止まっていた呼吸がゆっくりと再開される。

「はは、ははは」

 自分が生きていると実感した途端、心が崩れ落ちた。

 大粒の涙が溢れて止まらなくなった。

 わたしは生きている。

 生きているんだ。

 でも何もかもが怖くて仕方がない。

 お父さん。聞いてよ。

 お姉ちゃん。抱きしめてよ。

 理咲さん……母? ごめんなさい。悪い子でごめんなさい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...