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第七章 チョメチョメ少女の追憶
第六十五話 昨日は夢か、現実か
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「ぅ、ん?」
目を覚ますと、見知った天井が目に映った。いつも通りの楓の部屋だ。
(あれ、何かおかしい)
寝ぼけ眼をこすりながら、楓ははてなマークを浮かべた。
(老木さんは? カラス兄は?)
部屋中を見渡すと、自分の部屋にいた。何か音が聞こえてベッドの脇に目を向けると、君乃が寝息をたてていた。
しかし楓が起きたことを敏感に察知して、ガバッと起き上がった。
「あ、えっと、おはようございます」
「楓!?」
楓が意識を取り戻したのに気づいた瞬間、君乃がずずいと顔を近づけた。
「ねえ、お姉ちゃんとお父さんのこと嫌い!?」
あまりもの剣幕に気圧されながら、楓はたどたどしく答える。
「嫌い、じゃない。好き、だけど……」
答えを聞いて、君乃は楓の小さな体を抱きしめた。
「よかったぁぁ」
すべての文字に濁点が付きそうな程汚い声を上げて、鼻水を流しながら泣き始めた。
楓は慣れた手つきでだらしない姉の頭を撫でながら、昨日の出来事を思い出し始めていた。
言葉を交わせる偉大な老木。優しい動物達。そして兄になったカラス。
(夢じゃないよね?)
君乃の反応を見る限り、家出をしたことは間違いない。問題はその後だ。
昨夜は家に帰る道がわからず、途方に暮れていたはずだ。途中からはそんなことは忘れて遊んでいたのだが。それなのに、楓は今家にいる。これだけ考えれば、夢だったように思える。
考えれば考えるほど不可解で、眉間に皺が寄っていく。
「どうしたの? すごい顔してる」
泣きすぎて鼻水を垂らしたままの君乃から訊かれた。
楓は少し悩んでから
「昨日のことが思い出せなくて」と打ち明けた。
「そうなの? 誕生日パーティから出ていったのは覚えてる?」
「……ごめん」
「謝らないで。私たちも悪かったから。今は無事に楓と会えてうれしい」
突然、コツン、と頭を優しく小突かれた。とっても弱いのに衝撃が芯まで響いて、胸がザワついた。
「とりあえず、これでお仕置きはおしまいね」
「え? これだけ?」
「うん。異論は認めませーん」と愛嬌良く言った後「それで、昨日の話に戻るけど、おとうさんと一緒に楓を探していると、深夜の二時ぐらいに玄関の前で寝ているのを見つけたの。何も覚えてない?」
もっと詳しく訊こうとした矢先に、ゴホンと咳が出た。意識すると、体は気だるくて、喉も痛いし、熱っぽい。
「ごめん、お姉ちゃん。離れて」
楓のお願いをどう捉えたのか、君乃は楓を抱きしめた。
「そうじゃないから! 風邪ひいたみたい」
楓の言葉を聞いた瞬間、君乃はおでこに手を当てた。それでもわからなかったのか、おでこを当てたのだが、勢いが良すぎてゴツンと鈍い音がした。
「うーん、熱ありそう。とにかく体温計持ってくるね。何か飲みたいものはある?」
「喉が痛い」
「じゃあ生姜湯つくってくるね。はちみつだっぷりで」
君乃が部屋から出ていく際、ドアの隙間から覗き込む父親の姿が見えた。次の瞬間には君乃に叱られながらズルズルと引きずられていった。
そんな様子を見て、楓ははぁー、と息を吐いた。
(なんか家に帰ってきたって気がする)
独りになると、今度は色々なことを考えてしまう。謝らないといけないこと。昨日の出来事。これからの事。その中でも一番気がかりなことは決まっていた。
(結局、老木さんとかカラス兄は夢だったのかな……?)
楓は外を見たくなり、立ち上がってカーテンを開けた。しかしそこには青空ではなく、巨大な黒い物体があった。
「うわっ!?」
楓は窓から見えた光景に驚いて尻もちをついた。窓のすぐそばに大きな黒い影があったのだ。
『なっ!』
カラスは驚いて、電線の上から落っこちていった。しかし次の瞬間には素知らぬ顔で飛んでいった。
「……ありがとう」とその後姿を見送り、小さく漏らした。すると
『おかしなからす』
カーテンから声が聞こえて、一瞬戸惑った。
(そういえば、モノの声が聞こえるようになったんだっけ)
しばらくカーテンと話すか悩んだが、動物や木と遊んだんだから今更だ、と割り切ることにした。
「あのカラス、わたしのお兄ちゃんなんだ」
『へんなはなし』
「昨日お兄ちゃんになってもらった」
『あなたかわってるよ』
「そう?」
"かわってる"と言われて、不思議と嫌な気分にはならなかった。
風で舞うカーテンを横目に空を仰いだ。雲も太陽も、空の青さも昨日よりも色彩豊かに見えた。
「ほら、もってきたよーって、ちゃんと寝てないとダメでしょ!」
君乃が体温計とマグカップを持って戻ってきて、再びベッドに寝かされた。
生姜湯を飲み、薬を服用すると、本当に病人の自覚が湧いてきて、ちょっぴり甘えたい気分になる。
「眠れない?」
「起きたばっかりだし」
「でも、寝た方が早く治るよ」
なかなか寝付かない楓を見て、君乃はしっとりした歌を口ずさむ。
(なんだろう、この曲)
楓は疑問を口に出すのも億劫で、君乃の手を握った。君乃はその意図を察して
「お母さんがよく歌ってくれた子守歌なんだ」と説明した。
(お母さん、か……)
楓は居心地悪く感じながらも、睡魔に身をゆだねることにした。
その日見た夢は、老木やカラス兄や動物たちに囲まれた穏やかなものだった。
目を覚ますと、見知った天井が目に映った。いつも通りの楓の部屋だ。
(あれ、何かおかしい)
寝ぼけ眼をこすりながら、楓ははてなマークを浮かべた。
(老木さんは? カラス兄は?)
部屋中を見渡すと、自分の部屋にいた。何か音が聞こえてベッドの脇に目を向けると、君乃が寝息をたてていた。
しかし楓が起きたことを敏感に察知して、ガバッと起き上がった。
「あ、えっと、おはようございます」
「楓!?」
楓が意識を取り戻したのに気づいた瞬間、君乃がずずいと顔を近づけた。
「ねえ、お姉ちゃんとお父さんのこと嫌い!?」
あまりもの剣幕に気圧されながら、楓はたどたどしく答える。
「嫌い、じゃない。好き、だけど……」
答えを聞いて、君乃は楓の小さな体を抱きしめた。
「よかったぁぁ」
すべての文字に濁点が付きそうな程汚い声を上げて、鼻水を流しながら泣き始めた。
楓は慣れた手つきでだらしない姉の頭を撫でながら、昨日の出来事を思い出し始めていた。
言葉を交わせる偉大な老木。優しい動物達。そして兄になったカラス。
(夢じゃないよね?)
君乃の反応を見る限り、家出をしたことは間違いない。問題はその後だ。
昨夜は家に帰る道がわからず、途方に暮れていたはずだ。途中からはそんなことは忘れて遊んでいたのだが。それなのに、楓は今家にいる。これだけ考えれば、夢だったように思える。
考えれば考えるほど不可解で、眉間に皺が寄っていく。
「どうしたの? すごい顔してる」
泣きすぎて鼻水を垂らしたままの君乃から訊かれた。
楓は少し悩んでから
「昨日のことが思い出せなくて」と打ち明けた。
「そうなの? 誕生日パーティから出ていったのは覚えてる?」
「……ごめん」
「謝らないで。私たちも悪かったから。今は無事に楓と会えてうれしい」
突然、コツン、と頭を優しく小突かれた。とっても弱いのに衝撃が芯まで響いて、胸がザワついた。
「とりあえず、これでお仕置きはおしまいね」
「え? これだけ?」
「うん。異論は認めませーん」と愛嬌良く言った後「それで、昨日の話に戻るけど、おとうさんと一緒に楓を探していると、深夜の二時ぐらいに玄関の前で寝ているのを見つけたの。何も覚えてない?」
もっと詳しく訊こうとした矢先に、ゴホンと咳が出た。意識すると、体は気だるくて、喉も痛いし、熱っぽい。
「ごめん、お姉ちゃん。離れて」
楓のお願いをどう捉えたのか、君乃は楓を抱きしめた。
「そうじゃないから! 風邪ひいたみたい」
楓の言葉を聞いた瞬間、君乃はおでこに手を当てた。それでもわからなかったのか、おでこを当てたのだが、勢いが良すぎてゴツンと鈍い音がした。
「うーん、熱ありそう。とにかく体温計持ってくるね。何か飲みたいものはある?」
「喉が痛い」
「じゃあ生姜湯つくってくるね。はちみつだっぷりで」
君乃が部屋から出ていく際、ドアの隙間から覗き込む父親の姿が見えた。次の瞬間には君乃に叱られながらズルズルと引きずられていった。
そんな様子を見て、楓ははぁー、と息を吐いた。
(なんか家に帰ってきたって気がする)
独りになると、今度は色々なことを考えてしまう。謝らないといけないこと。昨日の出来事。これからの事。その中でも一番気がかりなことは決まっていた。
(結局、老木さんとかカラス兄は夢だったのかな……?)
楓は外を見たくなり、立ち上がってカーテンを開けた。しかしそこには青空ではなく、巨大な黒い物体があった。
「うわっ!?」
楓は窓から見えた光景に驚いて尻もちをついた。窓のすぐそばに大きな黒い影があったのだ。
『なっ!』
カラスは驚いて、電線の上から落っこちていった。しかし次の瞬間には素知らぬ顔で飛んでいった。
「……ありがとう」とその後姿を見送り、小さく漏らした。すると
『おかしなからす』
カーテンから声が聞こえて、一瞬戸惑った。
(そういえば、モノの声が聞こえるようになったんだっけ)
しばらくカーテンと話すか悩んだが、動物や木と遊んだんだから今更だ、と割り切ることにした。
「あのカラス、わたしのお兄ちゃんなんだ」
『へんなはなし』
「昨日お兄ちゃんになってもらった」
『あなたかわってるよ』
「そう?」
"かわってる"と言われて、不思議と嫌な気分にはならなかった。
風で舞うカーテンを横目に空を仰いだ。雲も太陽も、空の青さも昨日よりも色彩豊かに見えた。
「ほら、もってきたよーって、ちゃんと寝てないとダメでしょ!」
君乃が体温計とマグカップを持って戻ってきて、再びベッドに寝かされた。
生姜湯を飲み、薬を服用すると、本当に病人の自覚が湧いてきて、ちょっぴり甘えたい気分になる。
「眠れない?」
「起きたばっかりだし」
「でも、寝た方が早く治るよ」
なかなか寝付かない楓を見て、君乃はしっとりした歌を口ずさむ。
(なんだろう、この曲)
楓は疑問を口に出すのも億劫で、君乃の手を握った。君乃はその意図を察して
「お母さんがよく歌ってくれた子守歌なんだ」と説明した。
(お母さん、か……)
楓は居心地悪く感じながらも、睡魔に身をゆだねることにした。
その日見た夢は、老木やカラス兄や動物たちに囲まれた穏やかなものだった。
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