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Episode1 愛のこもったプレゼントでお近づき大作戦!
1-4 魔王様への自己紹介
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魔王城の最上階。魔王に認められた、特別な者のみが入ることを許される場所だ。
魔王が居住している王室の前で、リザミィは緊張で今にも倒れそうだった。
この巨大な扉の向こう。そこに、最愛の魔王様がいらっしゃる。
「今日は簡単な挨拶だけだ。ワシが先導するから、自分の名前だけを述べるんだ。魔王様は繊細なお方だからな。対応を間違えれば、即刻、魔界が終わることもあり得る。気を引き締めていけ」
ベイディオロが忠告しているようだが、リザミィの耳にはなんにも入ってこない。
「オマエ、顔色悪すぎんだろ」
こんな時に声なんか掛けないで欲しい。こっちは集中してるんだから。
ライジャーはさっきから、リザミィを馬鹿にするみたいな薄ら笑みを浮かべている。
にしてもこのトカゲ、余裕ぶっこきすぎじゃないか。どこからそんな余裕が出て来るのか。
ライジャーと比べて口数の少ないボンボはと言うと、リザミィの緊張とはまた違った緊張で顔が真っ青になっているようだ。あれはきっと恐怖だ。恐怖で押し潰されそうになっている。
「いいか。もう一度言うが、名前だけを言うんだぞ」
ベイディオロは念を押すように言うと、禍々しい紫色の装飾がされた扉を三回、指で叩いた。
「魔王様、ベイディオロです。お話しておりました、新しい世話係を連れて参りました」
「……入れ」
掠れたような、低く、地を這うような声。
その声を聞いただけで、リザミィは意識を飛ばしそうになった。生声。魔王様の生声だ。渋くて低くてかっこいい。ああ、録音装置を持ってくるんだった!
「失礼致します」
先頭にベイディオロ、続いてライジャー、ボンボ、最後尾にリザミィという形で魔王の王室に足を踏み入れる。
リザミィがイメージしていた部屋よりも、数十倍豪華で広い部屋だった。薄暗い部屋の中に、黒を貴重としたシックでモダンな家具が置いてある。全体的に冷たい印象はあるものの、大人っぽくて素敵だった。
キィ、という小さな鳴き声が聞こえたので見渡すと、小型のコウモリが一匹飛んでいた。コウモリはバサバサと飛び回ったかと思えば、部屋の奥に置かれた書斎机の向こうに止まった。大きな漆黒の玉座だ。
玉座には、足を組んで座っている大きな影があった。薄暗いせいでよく見えないが、あれが魔王だ。
魔王の姿は毎日写真で眺めているのでもちろん知っている。頭には大きな角が二本生えており、体はごつごつとした黒い皮膚で覆われていて逞しい。しかし顔だけは、いつも巨大な仮面に隠されていた。
四人は玉座の前に並んで座り、頭を深々と下げる。
魔王様がいる。魔王様が、目の前にいらっしゃる。
まだしっかりその姿を目に焼き付けてはいないが、魔王側からはこちらのことが見えているはずだ。リザミィの心臓が異常なほど早鐘を打つ。ばっくんばっくんしている。口から心臓が飛び出しそうだった。
「魔王様。こちらが新しく世話係となった者たちです」
ベイディオロがライジャーに合図を送る。
「リザードマンの、ライジャー・タムです」
「ボ……ボンボ=ガルダ、です。オ、オークです」
ライジャーとボンボが自己紹介を終わらせる。いよいよリザミィの番だ。
名前、名前を言わなきゃ。
ダークエルフのリザミィです。私は、ダークエルフのリザミィです。
何度も脳内で繰り返す。これは魔王様と私の始めの第一歩。ここからロマンチックで感動的な愛の物語が始まる。挨拶は何よりも肝心だ。第一印象で全てが決まるって言うから。
失敗なんか、出来ない。
「……ぁ、えと、ダー……エル……の、……ミィ、で、す……」
「声ちっさ」
ところが、喉から絞り出されたのは嘘みたいに貧弱な声だった。どうして!
しかもライジャーに小声でツッコまれた。もう最悪だ。
「……うむ、わかった」
魔王が渋い声で呟く。
絶ッ対わかってない! 魔王様、絶対私の名前わかってないーー!
リザミィは顔から火が出そうだった。もうダメ、今すぐここから消えてしまいたい。
ベイディオロの話では、これで挨拶は終わりのはずだ。早く王室から逃亡したい。
「では魔王様、私たちはこれで」
「……待て」
魔王が呼び止める。ピタ、とその場にいた全員が動きを止めた。
「い、いかがされましたか」
ベイディオロは焦った様子を見せた。魔王に呼び止められるなんて、全くの想定外だったのだろう。
魔王は沈黙する。もしかして、怒っているのだろうか。魔王の漆黒の仮面が、怪しく光ったような気がした。
魔王は無言のまま、リザミィたちを指さした。その指先が一瞬だけぴく、と動く。リザミィはその指先を凝視した。
そして、魔王は重々しい声色で発言した。
「……世話係たちよ、好きなものは、なんだ」
質問だ。魔王様が、質問をなさっている。世話係、つまりはリザミィたちの好みを問うている。
ベイディオロは緊迫した表情でリザミィたちに目配せをした。早く答えろ、ということなのだろう。
最初に口を開いたのは度胸屋のライジャーだった。
「金と女です」
その表情には一点の曇りもない。むしろ清々しくも感じる。
ライジャーの前方にいたベイディオロがわたわたと慌てている。魔王様の前でなんてことを! と、いった様子だ。言っては悪いが、とても滑稽な慌て方だった。
「ボ、ボクは、美味しいものを食べることが好き……です」
「……なるほど」
魔王様になるほど、と言わせるなんて。ボンボは見かけによらずやる男だ。
どういうなるほどなのかはわからないけれど。おそらく、なるほど(そうだろうな)のなるほどだと思われる。見かけを裏切らない回答だし。
リザミィもきちんと言わなければ。先ほどの汚名挽回のチャンスだ。
好きなもの。そんなのはもちろん決まっている。他に浮かぶものはない。
好きどころかむしろ愛している。リザミィにとって唯一無二の答えだ。
言うのよリザミィ。ハッキリハキハキと、宣言するのよ。
「ま、ま──」
声がつかえる。顔が熱い。
魔王様が、こっちをじっと見つめている。ように見えた。
「ま、まぁー……ぼう、どうふぅ……です」
「……なるほど」
いやぁー! 違う違う違う! 違うのぉー! なるほどじゃないの魔王様!
こんなところでマーボードーフ大好き宣言とか、もうこいつはマーボードーフラブの人生なんだな、としか思われないじゃない!
どうしてだか、思ったことを上手く言葉にできない。こんなにも思い通りにいかないことは、リザミィにとって初めての体験だった。
いっそ殺してくれ、という気持ちになっていると、ベイディオロが撤退の合図を送った。
リザミィたちは深々と会釈をした後、静かに王室を後にする。
巨大な扉が閉まり、ぶふぅ、と大きなため息をついたのはボンボだ。
何事もなく終わってホッとしたのだろう。ベイディオロもやれやれと安堵の表情を浮かべていた。
一人だけ余裕そうだったライジャーが、口角を上げながらリザミィに言った。
「オマエ、そんなにマーボードーフ好きなのか」
このトカゲ、全てを察した上で私のことをからかっていやがる。
「うるさいうるさいッ! 好きどころかむしろ苦手よ!」
リザミィは星占いに書かれていたラッキーアイテムを嫌でも思い出してしまった。
ラッキーアイテムがマーボードーフとかおかしすぎるでしょ!? こんなのむしろアンラッキーアイテムでしょ!?
リザミィはマーボードーフがますます苦手になってしまった。
「ボクは、甘口が好きだなあ」
「ハッ、おこちゃまだな。オレは激辛一択だぜ」
そんなやり取りをする三人を見て、ベイディオロは呆れたように大きなため息をついていた。
魔王が居住している王室の前で、リザミィは緊張で今にも倒れそうだった。
この巨大な扉の向こう。そこに、最愛の魔王様がいらっしゃる。
「今日は簡単な挨拶だけだ。ワシが先導するから、自分の名前だけを述べるんだ。魔王様は繊細なお方だからな。対応を間違えれば、即刻、魔界が終わることもあり得る。気を引き締めていけ」
ベイディオロが忠告しているようだが、リザミィの耳にはなんにも入ってこない。
「オマエ、顔色悪すぎんだろ」
こんな時に声なんか掛けないで欲しい。こっちは集中してるんだから。
ライジャーはさっきから、リザミィを馬鹿にするみたいな薄ら笑みを浮かべている。
にしてもこのトカゲ、余裕ぶっこきすぎじゃないか。どこからそんな余裕が出て来るのか。
ライジャーと比べて口数の少ないボンボはと言うと、リザミィの緊張とはまた違った緊張で顔が真っ青になっているようだ。あれはきっと恐怖だ。恐怖で押し潰されそうになっている。
「いいか。もう一度言うが、名前だけを言うんだぞ」
ベイディオロは念を押すように言うと、禍々しい紫色の装飾がされた扉を三回、指で叩いた。
「魔王様、ベイディオロです。お話しておりました、新しい世話係を連れて参りました」
「……入れ」
掠れたような、低く、地を這うような声。
その声を聞いただけで、リザミィは意識を飛ばしそうになった。生声。魔王様の生声だ。渋くて低くてかっこいい。ああ、録音装置を持ってくるんだった!
「失礼致します」
先頭にベイディオロ、続いてライジャー、ボンボ、最後尾にリザミィという形で魔王の王室に足を踏み入れる。
リザミィがイメージしていた部屋よりも、数十倍豪華で広い部屋だった。薄暗い部屋の中に、黒を貴重としたシックでモダンな家具が置いてある。全体的に冷たい印象はあるものの、大人っぽくて素敵だった。
キィ、という小さな鳴き声が聞こえたので見渡すと、小型のコウモリが一匹飛んでいた。コウモリはバサバサと飛び回ったかと思えば、部屋の奥に置かれた書斎机の向こうに止まった。大きな漆黒の玉座だ。
玉座には、足を組んで座っている大きな影があった。薄暗いせいでよく見えないが、あれが魔王だ。
魔王の姿は毎日写真で眺めているのでもちろん知っている。頭には大きな角が二本生えており、体はごつごつとした黒い皮膚で覆われていて逞しい。しかし顔だけは、いつも巨大な仮面に隠されていた。
四人は玉座の前に並んで座り、頭を深々と下げる。
魔王様がいる。魔王様が、目の前にいらっしゃる。
まだしっかりその姿を目に焼き付けてはいないが、魔王側からはこちらのことが見えているはずだ。リザミィの心臓が異常なほど早鐘を打つ。ばっくんばっくんしている。口から心臓が飛び出しそうだった。
「魔王様。こちらが新しく世話係となった者たちです」
ベイディオロがライジャーに合図を送る。
「リザードマンの、ライジャー・タムです」
「ボ……ボンボ=ガルダ、です。オ、オークです」
ライジャーとボンボが自己紹介を終わらせる。いよいよリザミィの番だ。
名前、名前を言わなきゃ。
ダークエルフのリザミィです。私は、ダークエルフのリザミィです。
何度も脳内で繰り返す。これは魔王様と私の始めの第一歩。ここからロマンチックで感動的な愛の物語が始まる。挨拶は何よりも肝心だ。第一印象で全てが決まるって言うから。
失敗なんか、出来ない。
「……ぁ、えと、ダー……エル……の、……ミィ、で、す……」
「声ちっさ」
ところが、喉から絞り出されたのは嘘みたいに貧弱な声だった。どうして!
しかもライジャーに小声でツッコまれた。もう最悪だ。
「……うむ、わかった」
魔王が渋い声で呟く。
絶ッ対わかってない! 魔王様、絶対私の名前わかってないーー!
リザミィは顔から火が出そうだった。もうダメ、今すぐここから消えてしまいたい。
ベイディオロの話では、これで挨拶は終わりのはずだ。早く王室から逃亡したい。
「では魔王様、私たちはこれで」
「……待て」
魔王が呼び止める。ピタ、とその場にいた全員が動きを止めた。
「い、いかがされましたか」
ベイディオロは焦った様子を見せた。魔王に呼び止められるなんて、全くの想定外だったのだろう。
魔王は沈黙する。もしかして、怒っているのだろうか。魔王の漆黒の仮面が、怪しく光ったような気がした。
魔王は無言のまま、リザミィたちを指さした。その指先が一瞬だけぴく、と動く。リザミィはその指先を凝視した。
そして、魔王は重々しい声色で発言した。
「……世話係たちよ、好きなものは、なんだ」
質問だ。魔王様が、質問をなさっている。世話係、つまりはリザミィたちの好みを問うている。
ベイディオロは緊迫した表情でリザミィたちに目配せをした。早く答えろ、ということなのだろう。
最初に口を開いたのは度胸屋のライジャーだった。
「金と女です」
その表情には一点の曇りもない。むしろ清々しくも感じる。
ライジャーの前方にいたベイディオロがわたわたと慌てている。魔王様の前でなんてことを! と、いった様子だ。言っては悪いが、とても滑稽な慌て方だった。
「ボ、ボクは、美味しいものを食べることが好き……です」
「……なるほど」
魔王様になるほど、と言わせるなんて。ボンボは見かけによらずやる男だ。
どういうなるほどなのかはわからないけれど。おそらく、なるほど(そうだろうな)のなるほどだと思われる。見かけを裏切らない回答だし。
リザミィもきちんと言わなければ。先ほどの汚名挽回のチャンスだ。
好きなもの。そんなのはもちろん決まっている。他に浮かぶものはない。
好きどころかむしろ愛している。リザミィにとって唯一無二の答えだ。
言うのよリザミィ。ハッキリハキハキと、宣言するのよ。
「ま、ま──」
声がつかえる。顔が熱い。
魔王様が、こっちをじっと見つめている。ように見えた。
「ま、まぁー……ぼう、どうふぅ……です」
「……なるほど」
いやぁー! 違う違う違う! 違うのぉー! なるほどじゃないの魔王様!
こんなところでマーボードーフ大好き宣言とか、もうこいつはマーボードーフラブの人生なんだな、としか思われないじゃない!
どうしてだか、思ったことを上手く言葉にできない。こんなにも思い通りにいかないことは、リザミィにとって初めての体験だった。
いっそ殺してくれ、という気持ちになっていると、ベイディオロが撤退の合図を送った。
リザミィたちは深々と会釈をした後、静かに王室を後にする。
巨大な扉が閉まり、ぶふぅ、と大きなため息をついたのはボンボだ。
何事もなく終わってホッとしたのだろう。ベイディオロもやれやれと安堵の表情を浮かべていた。
一人だけ余裕そうだったライジャーが、口角を上げながらリザミィに言った。
「オマエ、そんなにマーボードーフ好きなのか」
このトカゲ、全てを察した上で私のことをからかっていやがる。
「うるさいうるさいッ! 好きどころかむしろ苦手よ!」
リザミィは星占いに書かれていたラッキーアイテムを嫌でも思い出してしまった。
ラッキーアイテムがマーボードーフとかおかしすぎるでしょ!? こんなのむしろアンラッキーアイテムでしょ!?
リザミィはマーボードーフがますます苦手になってしまった。
「ボクは、甘口が好きだなあ」
「ハッ、おこちゃまだな。オレは激辛一択だぜ」
そんなやり取りをする三人を見て、ベイディオロは呆れたように大きなため息をついていた。
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