上 下
6 / 32
Episode1 愛のこもったプレゼントでお近づき大作戦!

1-5 とっておきの作戦

しおりを挟む
 リザミィたちがベイディオロに案内されたのは、魔王城の地下にある倉庫だった。
 ベイディオロは倉庫の中に入ると燭台に火を灯した。
 狭い倉庫の中には鉄の棚が並び、段ボール箱がそこら中に置いてあった。窓もないし、掃除も行き届いていないのか、埃っぽかった。かなり汚い倉庫だ。

「ここがお前たちの活動場所。KEMOの本部だ」

 嘘でしょ。
 目にも止まらぬ速さで文句を叫んだのはライジャーだった。

「クソ汚ぇッ!? 魔界デスガルドの救世主になるオレたちが、こんなところで仕事すんのかよ!? 待遇悪すぎだろ!?」
「急な組織発足で、空き部屋が用意出来なかったのだ。それに、ただの世話係が部屋を持つなんて周囲から見たら奇妙に映るだろう。目に触れにくい場所であるし、お前たちにはこれくらいが丁度いい」
「ムカつく言い方だな」

 リザミィも負けじと不満を口にした。

「こんなところ嫌よ! 日も当たらないし、お肌にも最悪っ!」
「我儘を言うな。その代わり、倉庫のものは好きに使ってくれて構わない」
「なんもねーだろこんな倉庫……。ゴミばっかだぞ」

 ベイディオロは不満ばかり言うリザミィたちをギロッと睨んだ。我慢の限界が来たのだろう。

「グダグダ文句ばっかり言うな! 早く仕事に取り掛かれ! 魔界デスガルドの消滅を一刻も早く食い止めろ! 魔界終末時計ドゥームズデイ・クロックはここに置いておくからな」

 ベイディオロは時計を机の上に置くと、リザミィたちに背中を向けた。倉庫から出て行こうとしている。

「あ、あれ、ベイディオロ隊長は、一緒にお仕事をされないんですか」

 ボンボが不安そうにベイディオロに尋ねた。

「言っただろう、主に動いてもらうのはお前たち三人だと。それにワシはワシで他にやることがある。魔王様に会う必要が出てきたらワシを呼べ。無断で会うのは許さんからな」

 そう言い残し、ベイディオロは倉庫を後にした。
 残された三人の間に沈黙が流れる。
 全て丸投げにされた。なんだかいいように使われている気がしないでもないが、リザミィとしてはその方が仕事がやりやすかった。
 突然の人事異動。かと思えば、魔界デスガルド消滅の危機。そして魔王との接触。
 何もかもが夢みたい。色々情報が盛りだくさん過ぎて正直ついていけない。
 とりあえず今すぐ挨拶を最初からやり直させて欲しい。もしくは魔王様の記憶を書き換えて欲しい。しかし、後悔先に立たず。

 でも、これだけは確実に言える。
 リザミィは魔王との結婚に、めちゃくちゃ近付いてしまった。もはや前代未聞のショートカットコースだ。
 星占いの仕事運は最悪だったが、恋愛運が絶好調だったのはこういうことだったのだ。マーボードーフのことは一旦忘れよう。
 このままいったら来年には婚約とかもあり得る気がしてきた。うわ、どうしよう!

 リザミィがむふふと一人でにやついていると、ライジャーが舌打ちした。
 ずっと気になっていたけど、こいつイライラしてばっかりじゃない? 近くでイライラされるとせっかくのいい気分が台無しだ。リザードマンは短気なやつが多いのだろうか。
 ライジャーは近場にあったパイプ椅子へ乱暴に座った。

「にしても、魔王ってどんなやつかと思ったけど、それほどでもなかったな」

 愛しの魔王様をバカにされているようでリザミィは腹が立った。短気な上、口も悪いし最悪なトカゲ野郎だ。

「そ、そう? ボクは怖かったけど……。雑誌とかで魔王様の姿は見ていたけど、実物は威圧というか迫力が凄くて。指さされた時とか、殺されるのかと思っちゃった」

 ボンボは恥ずかしそうに苦笑する。それを見たライジャーが鼻で笑った。

「ちっちぇえ男だな」
「でも少なくとも、魔王様はあんたより威厳はあったわね。あんたと魔王様を比べること自体、おこがましすぎるけど」

 うっかりリザミィが反論すると、ライジャーが睨んできた。おおこわいこわい。

「最初から気になってたんだけどな。オマエのその「魔王様、魔王様」ってなんなんだよ。ヤバい宗教でも入ってんのか」
「魔王様は魔王様でしょ? ここで働いてる魔物たちは多かれ少なかれ魔王様のことを尊敬していると思うけど」
「けど、オマエのソレは見た感じ、尊敬とは違うよな。まるで恋愛感情だ。魔王と恋人にでもなる気かよ、気持ち悪ぃな」

 嘲笑するライジャーに向かって、リザミィはにっこり笑いながら即答した。

「ええ、そうだけど? 恋人というか、私は魔王様と結婚するつもりだけど」

 ライジャーは呆気に取られている様子だった。固まったまま何も言い返してこないので、リザミィは付け足す。

「大好きなお方と結婚したい。私、何かおかしいこと言っているかしら?」
「……マジでイカれてるな」 
「ね、ねぇねぇ。これって食べていいと思う?」

 倉庫内のピリピリとした空気を割くように、のんびりした声が間に入って来た。ボンボだ。そういえば姿が見えない。
 声のした方を見てみると、ボンボが太い腕に段ボールを抱えて笑顔を浮かべていた。
 ベイディオロがいなくなって緊張感が解かれたからなのか、出会った時よりもボンボの表情が柔らかい。リザミィはボンボに駆け寄った。

「なあにそれ」
「非常食用の缶詰みたい。ベイディオロ隊長が倉庫のものは好きに使っていいっていってたし、食べてもいいのかなって」
「非常食は非常時に食うもんだろ」

 ライジャーが冷たい視線を送る。

「でも今、ボクお腹空いてるし……。非常時だよね」

 ボンボは食いしん坊のようだ。やっぱり見た目を裏切らない。でも、ミーティングルームで会った時もソーセージっぽいものを食べていた。もうお腹が空いたのだろうか。早すぎない?
 缶詰を開けたボンボは、中に入っていたものをもぐもぐ食べ始める。あれはパン缶だ。人間軍との戦いで長期戦になった時、リザミィも食べたことがある。パンは若干パサついているが意外と美味しい。

「リザミィさんとライジャーくんも食べる? はいどうぞ」

 返事をしていないのにパンを一個渡された。強引だ。突き返すのも悪い気がしたので、リザミィはパンをちぎって一口ずつ食べ進める。ライジャーも無言でパンを齧っていた。

「……ほら、お腹が空くとイライラしちゃうからさ。食べてからこれからのことを話し合おうよ」
「そうね」

 リザミィは魔王様への挨拶で胸がいっぱいで、実はそこまでお腹は減っていない。けれど、なんだかボンボの気遣いを無下には出来なかった。
 オークと言えば、血気盛んなオラオラ系ばかりだと思っていたが、ボンボは例外のようだ。少なくとも、リザミィが今まで会ったオークの中では一番優しくて親切だった。
 リザミィはパンを咀嚼しながら、ライジャーとは離れた位置のパイプ椅子に座った。出来るだけあのトカゲには近付きたくない。

「それにしても、KEMOねぇ……」

 リザミィは呟く。自分で口に出してみてもダサい略称だ。
 パンを食べ終えたライジャーは、机に頬杖をついている。ボンボが次のパン缶を開けながら口を開いた。

「本当に、魔界デスガルドが消えてなくなるのかな」
「どうだかな。未だに悪い冗談としか思えねぇが」

 すると、ぐらりと倉庫が揺れた。
 鉄の棚に立ててあった本が数冊落ちる。揺れはすぐに治まってくれた。
 巨体を縮めたボンボが、きょろきょろと辺りを見回す。

「最近、こういう地震が多くなってきてるのは確かよね」

 リザミィが言うとライジャーは薄笑いを浮かべた。

「まあな。魔王様はさぞご機嫌斜めなんだろうぜ」
「ボクたちが挨拶した時も、怒ってたのかな」
「口調からはあんまりわからなかったわね。態度には出ないタイプでいらっしゃるのかも」
「全く、めんどくさいヤツだな」

 誰かさんの方がよっぽどめんどくさいけど。魔王の悪口を言うライジャーに反論してやろうと思ったが、リザミィはぐっと我慢した。大人の余裕というやつだ。魔王に相応しい完璧な女になるためには、いちいち目くじら立てないことも大事だ。
 ライジャーは机の上に置いてあった魔界終末時計ドゥームズデイ・クロックを眺めている。

「時間は相変わらず11時45分だな」
「これって、魔王様のご機嫌次第では、いきなり12時になっちゃうんだよね?」

 ボンボが怯えた目で時計を覗き込む。
 その様子を見たライジャーが、一瞬唇の端を上げたのをリザミィは見逃さなかった。

「なぁこれ、一気に針を12時まで動かしたらどうなるんだろうな」
「え、えぇ!? ライジャーくん、怖いこと言わないでよ!」
「冗談だっつーの。でも、針を動かせるかどうか確認しておく価値はあるだろ?」
「ど、どうして?」

 ボンボが首を傾げる。

「オレらの仕事の出来の判断材料は、この時計しかねぇんだぞ? グリフォンじいさんが勝手に操作する可能性だってあるわけだ。人為的に動かせるものなのか、そこはちゃんと調べとかないとな。……まぁ、やりようによっちゃあ上手いこと騙せるかもしんねぇし」

 結局、ラクしたいだけじゃない。
 リザミィは無言でライジャーの動向を見守っていた。
 ライジャーは憎たらしい笑みを浮かべながら、指先で45分を指している時計の針に触れた。
 その瞬間、バチンッ! と弾けるような音と、ギャッ! と短い叫び声がほぼ同時に聞こえた。
 ライジャーの体が後ろに跳ね飛ぶ。まるで誰かに突き飛ばされたような勢いだ。ライジャーは倉庫の棚にぶつかると、上から落ちてきた本に埋もれてしまった。

「──ラ、ライジャーくんっ!?」
「言わんこっちゃないわね」
「オ……オマエ、なんも言ってなかっただろ……」

 本に埋もれるライジャーにツッコまれてしまった。
 リザミィはダガーの先で、ちょん、と魔界終末時計ドゥームズデイ・クロックの針に触れてみた。
 ジジジ、と紫色の電流のようなものがダガーと針の間に走る。
 どうやら、触れたら強い電流が流れるようになっているらしい。ライジャーみたいな悪巧みをするやつが、勝手に操作出来ないようにしてあるのだ。
 いい気味ね。リザミィはボンボに引っ張り起こされるライジャーを見て鼻で笑った。ちょっとだけスッキリした。調子に乗るからそんなことになるのよ。

「これでわかったでしょ。ズルしようとしてもダメ。いい? KEMOに配属になった私たちがやることは一つ。魔王様を喜ばせること!」
「……つっても、どうすりゃいいんだ? 魔王を喜ばせるって、そう簡単なもんじゃねぇだろ」

 体に痺れが残るのか、動きにくそうなライジャーに向かって、リザミィは満面の笑みを向けた。

「そこは任せなさい。私にとっておきの作戦があるから!」
「嫌な予感しかしないんだが……」
「とっておきの作戦って?」

 リザミィは腰に手を当て胸を張り、声高らかに宣言した。

「名付けて、「愛のこもったプレゼントでお近づき大作戦」よ!」
しおりを挟む

処理中です...