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Episode2 愛のこもった手料理で胃袋鷲掴み大作戦!

2-13 理想の結婚生活に向けて、一歩ずつ

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 次の日の昼、リザミィたちは昼食を食べにアボロスの北側にある焼き肉屋に来ていた。
 この間ボンボとライジャーがリザミィに内緒で行った焼き肉屋だ。
 復活したボンボは本当に腹痛で休んでいたのかというくらい、さっきから肉を貪っている。病み上がりなのに大丈夫だろうか。またお腹壊したりしない?
 リザミィの心配を他所に、ボンボはにこやかな表情を向ける。

「でも、ボクも食べたかったなぁ。リザミィさんたちのカレーライス」
「おいそこはライジャーくんたちのカレーライスって言えよ。ほとんどオレが作ったようなもんなんだからな!」

 ライジャーが箸で金網に肉を乗せながら文句を言っている。何度も何度もしつこいやつだ。

「だからそこは感謝してるじゃない。ほんと恩着せがましいトカゲねぇ」

 ライジャーは小さな舌打ちをした。そして箸先でこちらを指す。

「っつーか、元はと言えばオマエが料理を作るとか言い出したから大騒ぎになったんじゃねーか」
「なによ! あんたも料理で納得してたじゃない! 今更文句言われてもね!」
「まぁまぁ。魔王様もご機嫌になったんだからいいじゃない」

 ボンボは呑気に焼けた肉を頬張った。
 そんな穏やかな彼の姿を見つめながら、リザミィは机に頬杖をつく。

「けど、今回ボンボには本当に助けてもらったわ。本番は不在だったけどね。救世主シェフボンボよ」
「そんな大袈裟な……」

 ボンボは照れくさそうにはにかんだ。

「ボクの料理でみんなが喜んでくれるなんて、これまで思ってもみなかったから……。それに気付かせてくれたのはリザミィさんとライジャーくんのお陰だよ。ボクの方こそお礼を言わなくちゃ」

 なんだか初めて会った時よりも、ボンボの表情は明るくなっているような気がする。これがKEMOに来たお陰なら同僚としても嬉しい限りだ。
 リザミィは微笑んだ。

「これからはどんどん胸を張っていくべきよ! なんならいつかお店を開いてもいいんじゃないかしら。その時は、私は割引価格でよろしくね」
「ケチくせぇ女だな」
「あら、ギャンブルで大勝ちしてる炯眼けいがんの青龍さんには言われたくないわ」

 ライジャーはぴくっと肩を揺らした。恥ずかしげに顔を歪めている。
 これはいいおもちゃを見つけたかもしれない。リザミィはほくそ笑む。

「あれ、リザミィさんもその名前知ってるんだ」
「ちょっと色々あってね」

 この様子だと、ボンボも既に知っているようだ。
 リザミィはニタリとライジャーに向かって笑ってみせた。

「言っとくけどな、オレが言い出したんじゃねぇからな。周りが勝手につけたあだ名だ」
「でも結構気に入ってるんでしょ」

 ライジャーは肉を焼きながら舌打ちをした。これはきっと図星だ。からかい甲斐がある。

「かっこいいよね。ボクもそういう名前で呼ばれてみたいなぁ」
「シェフボンボも十分かっこいいわよ」

 リザミィの言葉に、ボンボは目尻を下げた。

「そうだシェフボンボ、折り入ってお願いがあるんだけど」

 リザミィが姿勢を正すと、ボンボは数回瞬きをした。

「今度、私に料理を教えてくれないかしら」

 リザミィは料理が苦手だ。今回の件でよく思い知った。
 苦手なものは苦手なままでもいいのかもしれない。ボンボが前に言っていたように、苦手なことを無理する必要はないだろう。いくらだってやりようはある。
 だが、リザミィが描く魔王との結婚生活には手料理が必要不可欠なのだ。
 ちょっとずつでもいいから、克服したい。
 いつかは私の力だけで作った手料理で、魔王様に喜んでもらいたいから。

「もちろんいいよ」

 ボンボは大きく頷いた。
 ライジャーは憎たらしい笑みを浮かべている。

「あの殺人的な料理は一刻も早くどうにかするべきだしな」
「あんたにはもう食べさせることはないから安心して」
「言われなくても、こっちから願い下げだっつーの」

 苦笑したボンボはリザミィに尋ねる。

「何から作ってみる?」
「決まってるでしょ、魔王様の大好物カレーライスよ!」

 声高らかに宣言しながら、リザミィは網の上の肉を全て箸でかっさらった。
 ずっとこの隙をうかがっていた。ふふふ、勝ったわ。

「うあぁっ!?」
「オマッ、なにしやがるッ!? オレの最後の肉が!」

 リザミィは絶叫する二人に向かって満面の笑みを讃えた。

「なーに? あんたたち知らないの? 焼肉は戦争なのよ?」

 するとボンボが目にも止まらぬ速さでシュビッと素早く片手を上げた。

「すみませーん。お肉追加で」
「あぁッ! てめぇボンボ! オレが全額払うって知ってて注文してるだろッ!?」
「私もアイス頼んじゃおっかなぁ。いいわよね、炯眼けいがんの青龍さん?」
炯眼けいがんの青龍くんはきっと多めに見てくれるよ」
「そうよねー」
「クッソ、オマエら覚えてろよ……!」

 にこやかに笑い合うリザミィとボンボとは裏腹に、ライジャーは悔しそうにぎりぎりと歯を食いしばっていた。
 店内で一番賑やかな一席は、しばらく静かになることはなかった。
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