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2章 1年1学期前半

36話 影で何かが起きている

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「何ですって?もう一度言ってください」


新学期が始まって1月、わたくしはイライラが絶えません。
それと言うのもあの平民から上がって来たガキのせいなのです。


「ちゃんと聞いててくださいよバルサハル様」
「聞いていました!でも、もう一度確認したいのです」
「何度聞いても同じですよ。あのアレシャスと言う学生は、冒険者を雇ってダンジョンを作ろうと動いています」


騎士たちを誘導しダンジョンを育成させなかったのに、あのガキはヘラヘラして困ってもいない。
外出しても何も出来ないと思っていワタクシが間違っていましたわ。


「獣人の従者を連れて来たから、もしかしてと思いましたが」
「なかなかやりますね」
「褒めている場合ではありませんわ。授業に参加しないからどうなっているかと思っていたのに、なんとも忌々しいですね」
「ですがバルサハル様、ダンジョンはそれほど育成できていない様です。冒険者ギルドからは逃げるように出てきましたからね」
「それは何よりです」


冒険者を雇えなかったのならよかったのですが、そこからが問題でしたわ。
報告しているこの諜報部の部下は、あのガキを見失ったのです。


「あなた、レベル30だったわよね」
「そうですね、ちなみに密偵が4で隠密は3です」


たまたまかもしれませんが、そんな者が見失うなんて考えられませんわ。
あの獣人従者の素性もいまだに分かっていませんし、あのガキには何かあると感じているのです。


「それなのに、何も情報が集められないとはどういうことですか」
「そう言われましても、あの学生は直ぐにいなくなるんです。まるで目の間に居なかったかのようですよ」


見習いたいとか言ってくる始末で、ワタクシは更に頭が痛くなってきます。
ダンジョン育成が出来ていないのが救いでしたが、次の報告を聞きワタクシはまた聞き返してしまいます。


「信じられないでしょうが、これはほんとの事ですよバルサハル様」
「商業ギルドがあいつに着いたと言われても、そんな事が出来るのは力のある貴族だけですわ」


どういった経緯なのか詳細を報告させると、なんとあのガキは魔法のテントを商品化したのです。
普通のテントと違い、中がとても広く部屋も何個も付いていて、いわば宿屋の様なテントなのです。


「それをあのガキが作ったというのですか」
「そうですね。冒険者の心をつかむにはもってこいの品で、売れる事間違いなしです」


我が国で騎士たちが使っている、バックパックや収納鞄を応用したのは想像できますわ。
ですがそんな事が出来るなら、既に誰かが作っています。


「何を呑気に言ってるのです!それは我が国が極秘で研究してる、戦争の課題ですわよ」
「そ、そうだったんですか?」
「これは上級貴族よりも上の者しか知らない事です。それをあのガキは成し遂げてしまった・・・商人ギルドが付くのはそれが理由ですわ」


国の研究者たちが悩んでいた応用法、それを見つけてしまった。
これは相当注目されると、ワタクシは焦って来ました。


「あのガキは、それを武器にしているというのですわね」
「その様です・・・実はですねバルサハル様、ここまで調べるのに苦労させられました」


あのガキは偽名を使っていたらしいのですが、それを断定するまでには大変だったそうです。
商業ギルドが情報を出さないのはいつもの事ですが、それでも職員を抱き込めば可能です。


「それも難しかったんですよ」
「余程厳重にしたんですのね。まぁ内容が内容ですから分からなくもありませんわ」


冒険者向きのアイテム販売をして冒険者を雇う、ガキの考えが読めるからこそ阻止したいのです。
ですが、画期的すぎる魔道具なのでそれも出来ない。


「まったく忌々しいですね」
「ですがバルサハル様、偽名を使っているので冒険者を雇う事には繋がりません」
「おバカねインジュ、その魔道具を餌に集める事が出来るのです。これでダンジョン育成が進んでしまいます」


冒険者の方が1年生騎士たちよりも強いのは明白です。
ですが、それが有効なのは1年生まで、そこを考えわたくしも冷静になり、もう勝手にさせようと思いつきましたわ。


「ワタクシは自分のダンジョンを作るのに忙しいのです。インジュは今後も監視をする様に」
「分かりましたバルサハル様・・・それで学園の方は良いのですか?」


痛い所を突いて来るインジュを睨み黙らせます。
きっとあいつの仕業なのは分かっているのです、ですがそれが分からず調査が難航している問題で、使用人たちの噂になっているのです。


「使用人たちだけですから、まだ泳がせますわ」
「騒ぎは起こしてませんからね」
「一言多いですわよ」


はははっと笑うインジュを睨みワタクシはあのガキに言いたいです。
影でコソコソしろとは言った覚えはないのです。
まったくイライラするとテーブルを叩き、壊しても良いくらいイライラしてきましたわ。


「大体使用人たちも騒ぎ過ぎなのです。お菓子や料理の差し入れ程度でざわついて」
「まぁ、味がすごく良いと噂ですからね」


インジュが知ってて、わたくしは睨んで問いただしました。
学園の調査よりも外の方を優先させたのに、仕事が遅いのもそのせいではないかと指摘しましたわ。


「そんな事はしませんよ」
「嘘を付いても分かります。白状しなさい」


インジュはたまたま手に入れたと言い訳を口にします。
ですが、外に行っていたのにそんなはずはないとお仕置きを考えました。


「そ、そんな!?ワタシは友人から貰って知っていただけですよバルサハル様」
「その友人から情報をもっと聞き出しなさい!それをしないから怒っているのです」
「それは・・・漏らすと貰えなくなるからで」


そんな理由でっと怒鳴りつけ、わたくしは喋らせます。
ですが内容は既に知っているモノで、全然得られる物がありませんでした。


「扉の前に置かれている。それだけしか分からないのですか?」
「そうなんです、だからジブンも言わなかったんですよ」
「そうやって言い訳をして、お仕置き決定ですね」


情報を聞きだしてもその程度、それだけ貰う品が注目されているんでしょう。
そして、絶対あのガキなんだと確定したのです。


「獣人の従者を虐めるなとか手紙が入っていれば、それはもうあいつしか当てはまりませんものねぇ~」
「そうなんですよバルサハル様、どうせちょっかいなんて掛ける必要もない平民上がりですし、勝手に部屋の前に置かれているので、誰も損はしません」
「それも情報通りですね」


獣人の従者を連れているのは、アイツだけではなく沢山います。
ですが虐めるなと言ってくる者はいませんから、絶対あの平民上がりがやっているのです。
教育施設での指導が甘かったのか、ここは注意する様に報告しようと手紙を書きましたわ。


「そ、そんな事をして平気でしょうか?」
「何を言っているのですインジュ、貴族として教育がなっていないからこんな事になっているんです。全部そこの教育のせいです」


教育係全員を首にして当然なのです。
あのガキはどうにもなりませんが、今後は出てこられてもこちらが困ります。


「平気でしょうか?」
「何を言ってるのですインジュ。罰を与えるのは当然でしょう」


そもそも使用人が訳の分からない者の品を大事にするなんてあってはいけませんわ。
ワタクシなら貰っても捨ててやりますわよ。


「なんだがそれ、ただ単にいじけているみたいですよバルサハル様」
「そんな事はありません!!それよりも冒険者がダンジョンに入った時は、必ずワタクシに報告するのですよ」
「分かりましたけど、今更冒険者を雇ってもポイントは手に入らないでしょう」


それはどうだろうと返したワタクシですが、何か嫌な予感がするのです。
1年生ですから無いとは思います。ですが良い成績を出されるとこちらが困るのです。


「今期には、12代国王のご子息の息子と15代女帝のご息女の娘がいるのです」


今期のふたりはどちらも公爵令家、その方たちに何かあれば大変だと頭を抱えてしまいます。
どうしてこんな時にあんなガキが出て来るのかと、ほんとに悩ましい問題ですわ。


「身分をわきまえている貴族たちなら良いのです。ですが平民上がりはいつもそう言った危険を起こします」
「例年の暴力騒動ですね。分からなくもないですけど、今回の子はそれほど暴力的ではないでしょう」
「分かりませんよインジュ、いきなり殴って来るかもしれません」


それが一番困る事だとインジュに伝え、部屋を出る様に指示を出し、ワタクシは自分のダンジョンの育成に戻りました。


「これは、あちらに付くべきかな」


部屋を出る手前でインジュが何かを呟いていましたが、わたくしはその時にはダンジョンの事で頭がいっぱいで聞こえていませんでした。
やっと自分の事が出来ると安堵しますが、その後インジュとその部下たちが戻って来る事は無く、それからワタクシの周りで次々に部下がいなくなっていきますが、この時のワタクシは知らずにダンジョンを作っていました。
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