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プロローグ

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 感じるのは妙な浮遊感。聞こえるのは凄まじい風を切る音。そして目を開けると……広大な大地が眼下に広がっていた。

「おいちょっと待て」

 綺麗なモノローグにして現実逃避してる場合じゃない。明らかに生命の危機だから。絶賛自由落下中だから。このままだと異世界デビュー数十秒で幕を閉じちゃうから。
 どこの世界に数十秒で世界からサヨナラ! する異世界人が存在するよ、居たら見てみたいわ。

 ってそうじゃない。今尚落下中なのにこんな平然としてる場合じゃないっての。誰か助けてぇ!

『助けて欲しい?』
「当たり前だ!」
『なら私の言う通りにしなさい』
「おう」
『先ずは身体を丸めて膝を抱えて、そこから宙返り』
「飛び込みじゃねぇか!?」

 下、水じゃねぇからな? 思いっきり地面だからな? このままだとオレそのまま地面に叩きつけられてお陀仏だからな? そこんとこ分かって言ってる?

「普通に! 安全に! 怪我なく着地出来る方法を教えて!」
『仕方ないわねー……ならそのまま落ちなさい』
「話聴いてたか!? このままだと死ぬんだよ!」
『だーいじょうぶ大丈夫。死にゃしないから』
「ああもう話聴きやがらねぇ!」

 そんなやり取りをしてる内にもオレは段々と地面に近づいてきてる。額から冷や汗がタラリと一筋流れ落ち、心臓がバクバクと早鐘を打っている。

「おいクソッタレ、マジで大丈夫なんだろうな!」
『心配性ねぇ。男の子でしょ? ドーンと構えときなさい』

 それが出来たら苦労してねぇと言える余裕は今のオレにはない、パラシュート無しのスカイダイビングをしてる今のオレには。

 やがて抵抗することを諦めたオレは謎の声に従って潔く重力に身を任せ、地面への着地を待つ。これが藁にもすがる思いというヤツか。

『地面まで後四百よ、残り数十秒』
「……」

 チラリと下を見る。落下予測地点より少し離れた所に村らしき物が見えた。もし本当に無事だったなら、彼処に先ずは訪れよう。

『はいさーん、にー、いーち……』
「……っ!」

 激しい激突音と同時に両足にかなりの衝撃が走る。視界は地面との激突により生じた大量の砂埃により遮られ、全く前が見えない。というか目が開けない。

「ゴホッエホッ、い、生きてるよな?」
『当たり前じゃない。だから大丈夫って言ったでしょう』
「んなもんいきなり言われて、はいそうですかって信用出来るか?」
『疑わしいわね』
「だろう? 胡散臭すぎて信用どころじゃねぇよ」

 ……さて、茶番はもういいだろう。そろそろ落ち着いてきたし、聞いておかなければ。

「……で、さっきからオレに話し掛けてくるお前、一体誰だ? オレを転生させてくれた神様とは違うっぽいけど」
『そうね、説明しなきゃいけないわよね。という訳でポケットの中を探ってみなさい』
「ポケット?」

 言われるがままポケットをまさぐると何か硬いものに触れた。そいつを引っ張り出してみると、それは……紛うことなきオレのスマホだった。
 いやさっきまで、というか転生してくる前には何も入ってなかった筈だ。それなのに何故オレのスマホが? まさか自力で脱出を?

『という訳で、これからアナタの異世界生活をサポートする超美少女、レンでーす、よろしくね』
「チェンジで」
『オイ』

 スマホの画面にはどこぞの電脳少女よろしく意思を持ってるような少女が映っていた。
 吸い込まれそうな程黒い髪、やけに整っていて尚且つ幼さを残す美麗な顔立ち、そして極めつけにお前サキュバスじゃねえのかと言ってしまいそうな程、本当に大事な部分しか隠れていないようなまさしくR-15を体現したような服装。健全な青少年の目に非常に宜しくない。

『まあチェンジは不可能だし、クーリングオフも勿論無理よ』
「使えねー」

 こんなのに異世界生活サポートされるって言われてもなあ……せいぜい面白半分でその場を引っ掻き回す位しかしなさそうな予感。

『言ったわね? その言葉覚えときなさい。絶ッ対後悔させてやるんだからね!』
「あーはいはい、期待しとくねー」
『くっ……このマスター意外に手強いわね』

 煽るのと喧嘩はそれなりに得意ですから。

『まあそれはおいおい見返していくとして、マスター、アナタの名前は? 』
「オレ? 鹿角 碧だ」
『オーケー、それで登録しとくわ。ついでにマスターのステータスを画面に表示するから、目を通しておいて』
「おう」

 オレの返事を聞くや否や、画面がパッと暗転し、切り替わる。
 次の画面では本当にオレのステータスの様なものが記載されていて、思わず目を疑った。

『鹿角 碧』
HP 5799
MP 5800
攻撃2000
防御4000
魔法攻撃3000
魔法防御4000 

スキル
威圧level8
聖魔法level8
闇魔法level8
補助魔法level8

パッシヴスキル
己が身一つ…素手での攻撃力にプラス補正
我流格闘術…素手での攻撃力にプラス補正
■神の加護…■魔法にプラス補正
テンション・アッパー…気分によりステータスが変動
気配察知…生ある者の気配を察知できる
心眼…常に最適解を導き出し、相手の一歩二歩先を行く

……致命的にスキルとステータス噛み合ってねえぇぇぇぇ!? なにこの、なに? ちぐはぐ過ぎて最早尊敬するわ!?
 魔法攻撃の方がステ高いのに補正一切掛かってないし、逆に補正掛かってる攻撃は一切スキル無いし、何だよこれ。
 
『ちなみにレベル1だから伸び代めっちゃあるわよ。というかスキル無いのレベル1なのが原因だから。上げたらスキル勝手に生えてくるから』
「んな雑草みたいな……」

 ステータスを最後まで見終わるとまたも画面が代わって痴女レンが現れる。
 レンは何故か自慢げに無い胸を張りつつドヤァ……と憎たらしい笑みを浮かべてこちらを見ていたので試しに画面をつついてみる。
 つつく度に身体を震わせ、無駄に艶かしい声を上げるレン。段々とレンの頬が朱色に染まっていくのに反比例してオレの心は何してんだろうと虚しくなって急速に冷めていく。

「さて話を戻すぞ変態レン
『ねえ……さっきから貶してない? 私の事。とてつもなく不名誉な言葉に私のルビ振ってない?』
「何の事だ露出狂レン
『もういい……取り敢えずポケットをもう一回漁って』
「いやもう流石に何も……おおっとぉ?」

 スマホが入っていた方とは別のポケットを漁るとまた硬い感触が。同じように引っ張り出すと数枚の金色と銀色の丸い物体と生前愛用してたコードレスイヤホン。まさかこんなものまであるとは……

「ワイヤレスイヤホンは兎も角、まさかこの物体Xって……」
『お察しの通り、この世界の通貨よ』

 ですよね。まあ序盤から金欠で金策に奔走しなきゃいけない事態は避けられたか。
 でも分からないのはイヤホンだ。何で必要になるんだ? 絶対使わないだろ。

『マスター、アナタ街中でスマホ出して私と会話するつもり? 』
「……ああ、そういう事か。でもさ、ほら、そういう魔法とかあったりしないのか? 『こいつ、直接脳内に……!』みたいなの」
『あるにはあるけど……それ使用してる間ずっと魔力消費すんのよ? いざという時困るでしょ? 魔力枯渇したら』

 レンの言うことも分かる。でも男ならば何も持たずに頭の中で会話する事に憧れるんだ。大事な話してる友達に『チキンください』と脳内に送って邪魔したりする事に憧れるんだ。そんなロマン、貴女には分からないでしょうね。

『そーれーよーり、何時までこんな草原に居るつもり? さっさと街行きましょ街。RPGといったら先ず街でしょ?』
「これゲームじゃなくてリアルだぞ」
『そんな些細な事はどーでもいいの! ほらさっさと歩いた歩いた!』 

 お前オレの従者だろうと言う言葉を飲み込み、言われるがままにイヤホンを耳に付けてレンのナビに従って歩き始める。
 爺ちゃん、婆ちゃん、異世界に来たら口煩くて露出が凄い仲間が出来ました。これから不安です。どうか別世界から応援しててください。






 
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