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第1章

一話

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異世界来てから数時間ぶっ通しで歩き続け、やっと落ちてた時に見えた村と思しき場所までやって来れた。この身体凄いぞ、全く疲れを感じない。

『だからって言って途中から延々と後方倒立回転しながら移動するのはおかしいし気持ち悪いの』
「だってアニメでやってたし……」
『アニメの中で出てくる行動を真似しちゃいけません』
「次から控える事を前向きに検討し、可能な限り善処致します」
『それ大体やらない人の台詞!』

 便利な言葉だよなこれ、よくお世話になりました……って違う話が逸れた。レンに村の事を聴かねば。

「なあレン……」
『宿屋は村に入って直ぐ右、冒険者ギルドは入口から真っ直ぐ、道具屋は宿屋の隣よ』  
「まだ何も言ってない」

 心を読んだかの様に聴こうとしていた事を先に言われてしまった。ついでにボケようとしたのにボケを殺された、この人でなし! ボケを殺して楽しいか!

『アホなこと言ってないでさっさと行きなさい』
「アッハイ」

 一蹴されたから渋々村の入口にある門を潜り、村の中へと入る。
 入口からざっと見た感じだとそんなに広い村ではなく、十分そこらあれば充分中を見て回れるだろう。

「取り敢えず定番の流れとしては宿屋からの冒険者ギルドのコンボだな」
『まさに鉄板ね』

 レンからの同意も得られたので先ず向かうは宿屋。案内通りに入口入って右手に、木造建築で長い歴史すら感じさせるその建物があった。
 古さは感じるがそれがまた良い。後看板として木の板にベッドらしき絵が描かれてて、玄関に吊るされていた。やっぱ宿屋ってそのマークなのな。

 早速ドアを開けるとカランカランと鈴の音がなり、中に居たご老人がその音に気付いて読んでいた本を閉じ、オレに向けて柔らかく微笑み、話し掛けてくる。

「こんにちは、どうされましたか?」
「暫くこの村に滞在しようと思うので、宿を取ろうかと思いまして。取り敢えず一週間程部屋を取っても良いですかね?」
「構いませんよ。代金は銅貨十五枚になります」
「じゃあこれで」

 懐から銀貨を取り出し、ご老人に差し出す。渡されたお釣りは銅貨八十五枚だったから、銀貨一枚で銅貨百枚分か。わかり易くて良かった良かった。

「こちらが部屋の鍵となります。お客様の部屋は一番奥となっておりますので」
「はい」

 鍵を受け取り、早速部屋の見学へ。言われた通り一番奥の部屋の前にまで行って鍵を使って中に入ると、大体8畳程の広さとベッド、木製の机と椅子、そして丸テーブルがある至ってシンプルな部屋だった。

「さて、もう次行っちゃうか? あっさりと目的達成したし」
『そうねー……さっさと済ませて今日はゆっくりしちゃいましょ。明日から頑張んなきゃいけないんだし?』
「ああ、働きたくねーなー……」

 身体をベッドに放り投げ、脱力。柔らかいベッドの感触が伝わってとても癒されるわー……

『おい、寝るなよ』
「ひいっドスの効いた声」

 瞼を閉じて心地よい睡魔に襲われたと思ったら地獄の使者に叩き起された。何処から声出したってくらいドス効いててめっちゃ怖かったでぇ……

 まあそれはさておき、レンのお蔭? せい? で目が冴えてしまったので、当初の予定通りに冒険者ギルドに向かう事になってしまった。あー、先輩冒険者に絡まれたりして喧嘩になっちゃうんだろうなー! 怖いなー!

『こんなのがマスターとかないわー』
「え? 絡まれるのって定番中の定番だろ? 返り討ちにしてボコるまでがワンセットで」
『取り敢えずでボコるの止めて? 目を付けられても知らないんだからね』

 そんな人目のある所でやる訳ないジャマイカ。流石に弁えますがな。
 ……え? 人気が無ければやるのかって? 今はノーコメントで。

「ん……しょ」

 大きく伸びをして身体を解し、部屋に備え付けられてた鏡を見つつ身だしなみを整える。そして漸くオレは重い腰を上げて部屋から出る。ここまで大体三十分くらい掛かった。

 部屋から出て鍵を閉め、宿屋の主人に軽く挨拶してからまた村へ繰り出す。まだ日の昇り具合から言って昼過ぎとかそのくらいだろう、まだまだ時間はありそうだ。さっさと行ってさっさと帰ってこよう。

『ギルドはここからだったら……入口まで戻って、そこから真っ直ぐ行った方が分かりやすいわよ』

 レンの助言に従って一旦入口まで戻り、そこからギルドまで向かう。
 途中何人もの村人にすれ違ったが、大体がご老人で子供や若い大人なんかはかなり少なかった。この村は少子高齢化が大分進行してるのか? ジャパァンの将来を見てるようですっごい複雑。

『まあもう関係無い事だから、気にしなくても良いんじゃない?』

 レンがそんな事を言うが、気になるモノは気になる。というか心を読んでるなコイツ、プライバシーのプの字もありゃしない。
 
『ほら着いた。気持ち切り替えなさい』
「お前はオレの親かっての……」
 
 冒険者ギルドの前にまで着いたオレ。ドアの持ち手に手を掛け、深呼吸をして勢いよく開ける。
 
「お邪魔しまー……す?」

 ギルドの中はオレの予想していたのとは全然違った。オレの予想ではむくつけき屈強な冒険者が何人もいて、酒飲んでたり受付ナンパしてたりしてんだろうなって感じだったんだ。でも違った。全然違った。ギルドの中に居たのはたったの1人だけだ。
 銀色の髪を側頭部で結び、まるで人形のように整った顔立ちで、何処か冷めた様な目が印象的な美少女が、受付に座って本を読んでいる。
 
 そんな少女はオレの存在に気付くと本を閉じてゆっくりと顔を上げ、オレの目と彼女の目とが合うとそこからじっと無機質な目でオレを見つめる。これオレを見てるのか違うものを見てるのかわかんねーな。 

『何してるのよ』

 気まずいんだよ察しろ、いや本当に。なんか視線を逸らしたら負けと言うか、しちゃいけないというか……そんな気がしてくるんだ。

「……あの、何か御用でしたら、受付までお越し下さい」
「え……あ、はい、すいません」
「……何故謝罪を? 」
「な、何ででしょうね」

 と、取っ付き難い……! 何を考えてるのかぜんっぜん分からんしペースが凄い乱される! 落ち着けオレ、呑まれるな……!

 取り敢えず言われるがままに受付まで行き、手短に要件を伝えることを試みるが……先に口を開いたのは彼女の方だった。

「ようこそ冒険者ギルドへ、本日はどのようなご用件でしょうか」
「……冒険者登録をしに来ました」
「はい、畏まりました。少々お待ちを」

 彼女は受付の下をゴソゴソと漁り、真っ白なカードを取り出してオレに向ける。これを手に取れと言ってるのか?
 
「こちらが、ギルドカードとなっております。手に取ると魔力を少量吸収し、専用のカードとなります。お受け取りを」
「はい」

 手渡されたカードを手に取ると、確かに指先から何かが吸われる感覚がした。魔力を吸い取ったカードは白から黄金色へと変色し、キラキラと輝いていた。

「これで登録は完了となります。何かご質問等は御座いますか?」
「いえ、特には」
「そうですか。ところで依頼は今日は受けられますか?」
「今日この村に着いたばかりなので、明日からにしようかなと」
「分かりました。ではまた明日、ここでお待ちしております」

 全く表情を変えず会話する彼女に少々恐怖を覚えつつ、冒険者ギルドを後にして宿屋に帰る。
 明日から働かなきゃならんのか……はあ、憂鬱だ。 
 




『チキチキ、明日からの生活どうしようのコーナー!』
「チキチキってあれか、人格破壊でもするのかお前は」
『誰の人格破壊するつもりよ……そうじゃないわ、ていうかそこ触れない! いいわね』

 アッハイ。ていうか宿帰ってきてすることがそれってどうなのよと言わざるをえない。そもそも考えてどうにかなるものなんだろうか。むしろ行き当たりばったりの方が案外上手くいくんじゃないだろうか。

『はいそこ、思考の迷路に迷い込まない。そんな事考えたら負けよ』
「割と色んなことに負けてるから今更だな」
『で、明日から冒険者生活始まるわけだけど、何かある?』
「スルーかよ。なにもないぞ」
『即答て……少しくらい悩みましょうよ』

 レンがそう言うものの、まだ異世界来て数時間だぞ? そんな具体的な考えなんかある訳が無い。今でさえ寝て起きたら自分家でしたみたいなオチなんじゃないかって疑ってるくらいなのに。

『疑り深いわねー。もっと頭空っぽにして異世界楽しみなさいよ』
「お前は頭どころか羞恥心すら足りてないと思うんだが」
『どの辺がよ』

 服装とか色々、と言おうとしたが辞めた。このままだと話が延々と逸れ続けて脱線とかそんなものじゃ収まらない。

「じゃあレン、お前何かあるのかよ」 
『うーん、じゃとりあえず魔王、行っとく?』
「それは魔王を倒すと言う意味なのか魔王になるという意味なのかによって大分変わってくるんだけど」
『別にどっちでも構わないわ』
「オレが構うわ。なんでそんなに魔王に固執してんだ」
『異世界=魔王でしょ?』
「そのりくつはおかしい」 

 何がどうなったらそんな意味不明な方程式が出来上がるのかが知りたい。もっと他にあるだろうに、異世界と言ったらこれ、ってのが。

『じゃあマスターは何があるの? 教えてちょうだいな』
「うーん……パッと思いついたのが奴隷とか、王権主義とか、魔法とか?」
『奴隷が最初に来るあたり業が深いというか……』
「テキトーに思いついたのを並べただけだっての。特に意味は無いからな」

 オレの弁解にレンは怪訝そうな表情を浮かべる。いや本当に他意は無いから、本当だから。

『まあそれは良いわ。郷に入れば郷に従え、そんな諺もあるんだから気の向くままにしたらいいわ』
「そりゃ勿論、そうするつもりだ。オレは自重を捨てるからな」
『ルールは守りなさいよ』 
「そりゃ勿論だし、道徳的にアウトな事も流石にしないって」

 オレにだってまだ良心が1μほど存在してるからな。 

『嘘、私のマスター、外道過ぎ……?』
「ぶっ飛ばすぞAI」

 あたたたたとスマホの画面を名人よろしく高速連打、レンは死ぬ。嘘である。
 死にはしなかったものの、ピクピクと身体を痙攣させて倒れている。

『て、手加減を知りなさいよアンタ……』
「死んでないからヘーキヘーキ」
『もうやだこのサイコパス……』

 酷く疲れきった様子なレンは海よりも深い深い溜息を吐くと、もう寝るとだけ言い残してスマホの電源が切れた。
 どれだけタップしても反応が無いので、仕方なくオレもベッドに横たわり、寝ることにした。
 


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