リアル氷鬼ごっこ

五月萌

文字の大きさ
上 下
3 / 16

3 焦燥

しおりを挟む
麻林丸夫の場合。

子の年齢が決まったらしい。そして鬼役をやらされる人達もだ。
10、12、21、55歳。
誰か1人でも子を捕まえなければ家族の誰かが連れていかれてしまう。
ペケをどうやって、逃げさせよう?
それしか頭になかった。
妻の佳代子にもなんて言おう。スーパーでパートをしている佳代子はこの事に気づいているはずだ。この時間は国民全員がテレビを見ていい、ラジオを聞いていい時間なのだ。
丸夫はラジオで流された抽選会の様子を聞いていた。さっきしていた工事現場の交通整理はもうできそうにない。身体は震えが止まらなかった。
ペケを守れるのなら自分を連れて行かれても構わない。そう思うのだが、一家の大黒柱の自分が捕まっていい理由なんてペケ以外にはなかった。
そうだ、誰か他の子を捕まえよう。そして、何も変わらない毎日を続けよう。

「麻林、もう上がっていいぞ」

現場長のはからいで早く仕事を終えた丸夫はまずは腹を満たすためスーパーに寄った。そこは佳代子の働いている店だ。

「少しでも安心させてやらんとな」

丸夫はひとりごちると、さっそうと歩きだした。
レジを見て回ったが、佳代子の姿がなかった。仕方なく、お弁当を2つ買った。
家に帰るとご飯をテーブルにおいて、外で飼っている愛犬のシベリアンハスキーの、バツを散歩することにした。バツは生まれたときから5年経過していた。誤食する癖がまだ抜けていない。
散歩から帰ってくると、佳代子の靴が玄関にあった。

「あなた、おかえり」
「おう、ただいま」
「お弁当、買ってきてくれたのね、ありがとう」
「早いんだな」
「チーフのはからいでね。今日は手作りハンバーグよ」

2人はいつしか肝心の、氷鬼ごっこの話題に触れないようにしていた。
19時になるとペケはお腹をすかせているので、佳代子はハンバーグを作って食べさせた。
しかし、ペケとは話さずに明日を迎えるのは不安が残る。

「父さん、明日、たくさん子を捕まえるから50人捕まるまでどこに隠れるか相談しよう?」
「あ、その話なんだけど、……学校に隠れることにしたの」
「何でまたそんなところに?」
「学校で逃げている方が都合がいいの。旧校舎もあるし。チェックと玲点も協力してくれるって」
「うーん、子供の言うことはわからんな」
「私の好きにさせてほしい。捕まったとしてもお父さんもお母さんも恨まないよ、絶対」
「あのさあ、俺が恨むからとかじゃなくて心配なんだよ」

しんとする。沈黙を破ったのは、バツだった。
ワンワン!

「そうだ、餌をやるのを忘れていた」

佳代子はリビングのテーブルからそそくさと移動した。

「じゃあ私、勉強するから」

ペケは2階に移動していった。
丸夫と佳代子は2人共下を向いていた。どちらからともなく明日のことをどうするか切り出した。

「近所の浜川優空恵はまかわゆくえちゃんが12歳のはず。6年1組の子だ」
「協力して捕まえましょう。朝から監視しようかしら?」
「ペケには悪いけど、45がこなくてよかったよ、俺達45だからな」
「またあんたそんなこと言って」

ペケの場合。
ペケは耳をそばだてて両親の話を聞いていた。
優空恵は去年引っ越してきた、自分と同じ女子だ。そしてもしかしたら、向こうも同じことを話し合っているかもしれない。
明日、鬼同士殺し合いになるかもしれない。国王はそれを望んでいるのか?
悔しくて下唇を噛む。頭を掻きむしった。イライラとドキドキが収まらない。
2000年前に起こった佐藤姓、大量虐殺の再来だ。年齢バージョンだが。
ペケは寝静まった暑い夜に、見つからないように1人、家を出た。

「玲点に電話しよう」

考えが口に出た。足は自然と近くの公園に向かっていた。
おもむろにケータイを取り出した。

『もしもし、玲点?』
『ペケ? こんな時間にどうした? もう11時だぞ?』
『もう学校に向かおうと思う』

そういった時、向かい風がペケの前髪を好き放題いじった。

『外にいるのか? おーい』
『学校で待ってる』

ペケは通話を切った。

「暑いな」

ペケはダルそうに歩を進めた。
しまった、と思った。ついいつもの癖で、サンダルを引っ掛けてきてしまったと気がついたのは、既に学校の前まで着いてからだった。帰るには30分かかる道のりだ。
どうしよう。そんな時、自転車のライトがペケの姿を照らした。

「ペケ! 朝から隠れようっていう話じゃなかったのか?」
「玲点!」

後をひく涙声が夜を駆けた。

「玲点、靴、間違えてきちゃったよ、どうしよう、ウエエェェン」
「ドジだなぁ、ペケの家まで乗せてくよ、後ろのりな?」

玲点はペケの失態に軽く叱咤すると優しく手をかざした。
ペケは自転車のリアキャリアに腰を下ろした。玲点のお腹に手を回した。

「もう、好き!」
「はいはい」

玲点はいつものことだと受け流した。
「なんで、そんな態度、しくしく」
「30回以上は告白してるだろ。俺は人としてはペケのことが好きだけど、俺は女に興味ない」
「いつも言う、じゃあ男に興味あるの?」
「そうじゃねえんだけどさあ」
「じゃあ私のこと、好きになってよ」
「あんまりしつこいと、振り落とすぞ」

この発言を皮切りに、2人はペケの家まで終始無言だった。

「着いたぞ、ちゃんとスニーカー、履いてこいよ」
「んもう、わかってるよ」
「スコップとハサミ、あるか? ついでに持ってきてくれるか?」
「分かった」

ペケは家に忍び込むようにこっそりとスコップとハサミを持っていき、スニーカーを履いた。外に出るとやはり蒸し蒸しとした暑さがおそった。これから学校へ向かおうとすると、玲点がチェックを呼んだことがわかった。

「コンビニで朝ごはんを買っていこう」

玲点はそう言うと、眼前にそびえ立ったコンビニの前に自転車を止めた。黒いボディバッグから黒い折りたたみ式の財布を出した。

「あ、私、お金、持ってきてない」
「無計画だなぁ、男だったらチョップしてるところだよ、アチョー! つって」
「私のことはいいからさ」
「奢ってやるよ。好きな物買っていいから」
「いいの? じゃあおにぎりとサンドイッチと唐揚げとアメリカンドッグとポテチとあたりめと」
「限度を知れ!」
「うーん、じゃあツナマヨおにぎりだけでいいよ」
「良いよって何様だよ!」
「おねがい?」
「まあ、いいよ。おにぎり、俺も買う、後飲み物も買っとかないとな、チェックはどうなんだろう?」

玲点は悩んだ末おにぎりを3つとスポーツドリンクを3本、購入した。
しおりを挟む

処理中です...