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2 新たな仲間たち
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デイケアの門を叩いた。靴を履き替えて、アルコール消毒をし、階段をのんびりとあがった。
「おはようございます!」
薄桃色の制服を着たスタッフに声をかけられた。
「お、おはようございます」
「体験の方ですか? お名前を聞いてもいいですか?」
「石井優陽です」
「私はスタッフの飯野百合香です、よろしくお願いします」
百合香は元気よく話しかけてきた。
じっくり観察してみる。30代前半くらいの様で、目は焦げ茶色、髪は肩につくくらいの短髪で、黒髪、肌は綺麗だ。ガッツリ化粧をしている。
「よろしくお願いします」
「じゃあ、朝のミーティングが始まるから適当に座っていて」
「はい」
隅の席に腰掛けた。利用者の人数は30人くらいで部屋の席もだいぶ埋まっている。空席が5席くらいだ。部屋も畳のゾーンや奥にある個室みたいな場所もあるので皆が大部屋に座っていると広々と感じられた。
「皆さん、おはようございます!」
しばらくして百合香と同じ色の制服を着た別の男性のスタッフが声を張り上げた。黒縁のメガネをかけている。
「「「おはようございます」」」
「これから朝のミーティングを始めます、司会してくれる方?」
前の方に座っていた頭髪の薄いおじさんが手をあげた。
「はい……午前の活動は太極拳、パソコン教室、午後は音楽鑑賞、卓球となってます。今日も暑いので水分補給しっかりとしてください。……はい、腕ー、右ー、頭ー、左ー、頭ー」
いきなり始まった体操に優陽はついていけなかった。皆は腕をあちらこちら動かしている。
「前ー、後ろー」
「無理にやらなくても見ているだけでいいですよ」
同じ制服を着たデイケアの女性スタッフが優陽に告げた。
変な動きしてたかな?
優陽は振り向く。
20代くらいの可愛い顔とポニーテールの髪。ハリのある肌に薄化粧だ。目がとても綺麗で二重だった。
「左腕ー、右腕ー、屈伸、伸脚、アキレス腱、膝を回してください。腕を回してください。手首足首ー、ラジオ体操お願いします」
ラジオ体操、何十年ぶりだ。しかし身体は覚えていた。
ラジオ体操は無事終わりを迎えた。
「皆さん、今日から体験できている石井さんです、1言お願いします」
いきなり紹介された。
優陽は身構えた。
「石井優陽です、よろしくお願いします」
パチパチ。
大勢の拍手をもらった。
優陽は嬉しかった。
「それでは10時から始めますのでホワイトボードに名前の記入、お願いします」
その男性のスタッフや利用者は捌けていった。
「ああ、あ、あのう、お名前なんというんですか?」
「石塚葉子です、宜しくね?」
「石塚さん、石井です。よろしくお願いします」
「さっきも言っていたじゃない、ふふ」
葉子は笑った。
笑った顔も可愛い。
優陽はつられて笑い、口元を隠す。
「石同士ですね?」
「そうですね、石コンビですね」
葉子は優陽のくだらない話しにも微笑んで対応してきた。
何の変哲もない話題なのにまるで2人の世界のようだった。
「石塚さん、パソコン動かなくなっちゃった」
「はーい、それじゃまた!」
葉子は早歩きでいなくなった。
驚くことにパソコンが使えるようだ。
世間はパソコンができると陰キャだのなんだの言われると思っていた、優陽は認識のちがいに驚く。というか、天使のような顔と声にメロメロだった。
優陽の足は葉子のいる奥のパソコンコーナーに駆けていった。
「すみません、僕もパソコンやりたいんですけど!」
「あら、ごめんなさい、ホワイトボードに名前いっぱいになってしまって、今日はパソコン空いてません」
葉子はホワイトボードを手のひらで示す。
「葉子ちゃん、小さな”い"を出すにはどうするの?」
「小さな文字を打つときはLを押してから押すんですよ」
60代くらいのおじいちゃんが葉子にニヤニヤしながら会話している。
石塚葉子ちゃんか。
「楽しくなりそうだ」
優陽は頭に血が上っていた。そして、ケータイを取り出して今の心境と様子をネットに書き込んだ。無論、匿名で。
午前の活動が終わり、食事の時間になった。
今日のメニューは塩焼きそばとスープとサラダとフルーツゼリーだった。
デイケアの食事はとても美味しかった。
そして午後の活動になった。
皆は活動に参加せずともケータイをいじっていたり、折り紙を折っていたり、絵を描いていたり、ピアノを弾いていたり、会談していたり千差万別だ。
暇だな。早く帰ってゲームしたい。
「お兄さん、いくつ?」
二十歳くらいの男性が喋りかけてきた。片耳にワイヤレスイヤホンをつけている。口の斜め下にほくろがある。
「何歳に見える?」
「40?」
「41、惜しかったな」
「俺、何歳に見えます?」
「21?」
「24歳です」
「なんか用?」
「なんか寂しくて。あ、俺の名前、熊野舞桜です」
「熊野君、好きな歌手いる?」
「俺、西野カナが好きです、あとキングヌーとかジェイオーワンとか」
「若いねー」
「え? 何のことですか?」
「いや何でもない、俺はハイスタンダード、ゴリラズなどかな」
「へー、後で聞いてみます」
「あのさ、石塚さんってここでは長いのかな?」
「なんで石塚さん? 僕がここにきて半年はたつけど、初めからいましたよ」
「ふうん、そっか」
「もしかして、石塚さんのこと」
「いやいや、何でもないから」
「既婚者って噂ですけど」
「えー、それホント?」
「何なら訊いてきますよ?」
「僕の名前は出さないでくれよ」
優陽は流し目で横に歩いてくる葉子を見た。
葉子は両手で抱えるほどの大きさのテレビを運んでいた。音楽鑑賞に使うらしい。
「あ、石塚さーん、石塚さんって既婚者ですか?」
「プライベートなことは話さないようにしてるの。ごめんね」
「石井さんがもっと話したいって言ってましたよ」
「そうなの? 忙しいから後でね?」
葉子はニコッと笑い、去っていった。
「お前、言うなって言ったろ」
「ただのアシストですよ、こんな僕もたまには役にたつでしょう?」
「今のは絶対、社交辞令だよ!」
「意外と気があるんじゃないですか?」
「だから、ちょっと気になってるだけだよ!」
優陽は声を荒げる。
「音楽鑑賞します?」
「……ステイゴールド入れる」
「クリップボードに俺が書いときますね」
「はあ」
優陽はため息をつく。
調子狂う。
久々に聞いた、ステイゴールドは、キラキラする世界へようこそと言っているような気がした。
若い娘は若い娘同士で集まっている。舞桜も何故か話しに割り込んでいる。
コミュ力高いな。
優陽は運動がしたかった。そして卓球をしに1階にある多目的室に向かった。
コンコン、カーン。
多目的室は2台の卓球台が用意されていた。
そういえば、中学の頃卓球部だったな。卓球台の青色と白色、ラケットの赤色が懐かしい。
主婦のような方と、年齢不詳の少年(19歳くらいか?)と、50歳くらいのおじさんと、筋肉ムキムキの男っぽくみえる女性なのか男性なのか分からない中年の人が卓球をやっていた。
「石井君、代わるかい?」
「もういいんですか?」
「あ、もしかして涼みに来たの?」
「いえ、やります」
「自分の名前は犬田栄。主婦の青井小春さんと、このデイで1番若い黒澤拓真君、女の子が好きな室間良子さん。自分はイヌタンって呼んでいいよ」
イヌタンは疲れたようで、小春との対決を終えて、戦いの行く末を優陽に譲り渡した。
コンコーン!
小春は卓球が上手かった。
聞いてみると、小春も中学生の頃卓球部に所属していたらしい。
ブランクがお互いあるけど、このデイケアで卓球をやっているせいか上手だ。
回転のある打球についていけない優陽だった。
しかし、少したつと小春の打球に慣れてきた。ようやく3回に1回くらいは返せるようにはなった。
冷房が効いているが汗で手がベトベトだ。
「あと3本にしましょう?」
ちょうどいいことに、小春の方から休憩を提案してきた。
優陽は言いたくても言えなかったので助かった。
しかし結果的に3本とも小春に取られてしまった。
休憩の椅子が両サイドにあるので、イヌタンの座っている隣の椅子に腰掛けた。
イヌタンは白髪で癖っ毛の髪質だ。
「イヌタンさん、室間さんって女性ですよね?」
「気になる? 本人に聞いてみ?」
「いくつくらいなんだろう? 僕と同年代かな?」
「50代って言ってたけどねぇ。気になるんなら話してみれば?」
イヌタンの声に押されて話すことにした。
「室間さん」
「ああ、石井さん。私って男に見える?」
「えっと。……女性ですよね?」
「うん、そうだよー」
「イヌタンさんから50代って聞いたけど、若く見えますね。僕と同じ40代くらいかと思いました。なにかスポーツやってるんですか? たくましい身体ですね」
「空手の茶帯、持ってるからね」
「空手ですか? 茶帯って凄いんですか?」
「2級の茶帯だよ」
「へえ」
「今も空手のテレビ見てるよ」
「凄いですね」
「私、女の子に興味あるの。男に褒められても嬉しくないや、ハハハ」
良子はおかしそうに笑った。
「10年前には彼女がいたんだ」
「年齢の近い彼女ですか?」
「その時は二十歳くらいの女の子」
「どこで知り合ったのですか?」
「同じグループホームにきてね。……あっちの方は最後までしたよ」
「昼間っから何言ってんすか?」
「仲良い人にエロマ良子って言われてるからね、ハハハ」
「誇って言う事ですかね」
優陽は良子が自分より真逆な明るい人に見えた。
この人も精神障害があるんだな。
優陽はよく笑う良子に尊敬の眼差しを向ける。
その当人はタバコ吸ってくると言ってどこかに消えていった。
タバコは1年前から禁煙してるけど、また吸いたくなってきた。
美優はタバコが大の苦手で優陽の部屋には決して入ろうとしない、昼間、ベランダで吸っているとものすごく睨みつけながら、夜の間だけにしてくれないかと言われてしまう。ガーデニングが好きな美優は優陽が庭でタバコを吸っていると、問答無用で水をかけるときもあった。
「まったくもう、またタバコ吸って! 健康とお財布に悪いよ!」
小声で怒った美優を再現してみた。
なかなか似ているのではないか。
「あー、室間さん、ヘビースモーカーだからねぇ」
「母の真似です」
「そういえば自分は家から来てるけど、どうやって来てるの?」
「電車と徒歩です」
「暑い中、大変だね」
イヌタンが言っている時、多目的室のドアが開かれた。
「いたいた! 石井さん、これからモニタリングをしましょう」
男性のスタッフが優陽を注視しながら言った。
「モニタリング?」
「すぐ終わるから来てください」
首にかかったネームプレートには上野俊と書かれていた。年齢は30代くらいで黒縁のメガネのよく似合う薄いかっこいい顔立ちだった。
ついていくと面談室に入ることになった。
内容手続きの説明、サービス提供記録の作成、リハビリ計画書の作成。個別支援計画書の振り返りは来たばかりなので行わなかった。
優陽は頭の中には初めてのことを詰め込みすぎて、説明を受け流さるざるをえなかった。
「以上です」
「はあ、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
ここに通っている利用者もスタッフも元気がいっぱいだった。
ここに居させてもらって良いのかな。
優陽は不安になってきた。
そう考えているとまたミーティングの時間となったようで、朝と同じく、皆席についた。
「帰りのミーティングの時間です。司会をしてくれる方?」
俊は遠くの人や耳の不自由な人のためだろうか、大声を出した。
「おはようございます!」
薄桃色の制服を着たスタッフに声をかけられた。
「お、おはようございます」
「体験の方ですか? お名前を聞いてもいいですか?」
「石井優陽です」
「私はスタッフの飯野百合香です、よろしくお願いします」
百合香は元気よく話しかけてきた。
じっくり観察してみる。30代前半くらいの様で、目は焦げ茶色、髪は肩につくくらいの短髪で、黒髪、肌は綺麗だ。ガッツリ化粧をしている。
「よろしくお願いします」
「じゃあ、朝のミーティングが始まるから適当に座っていて」
「はい」
隅の席に腰掛けた。利用者の人数は30人くらいで部屋の席もだいぶ埋まっている。空席が5席くらいだ。部屋も畳のゾーンや奥にある個室みたいな場所もあるので皆が大部屋に座っていると広々と感じられた。
「皆さん、おはようございます!」
しばらくして百合香と同じ色の制服を着た別の男性のスタッフが声を張り上げた。黒縁のメガネをかけている。
「「「おはようございます」」」
「これから朝のミーティングを始めます、司会してくれる方?」
前の方に座っていた頭髪の薄いおじさんが手をあげた。
「はい……午前の活動は太極拳、パソコン教室、午後は音楽鑑賞、卓球となってます。今日も暑いので水分補給しっかりとしてください。……はい、腕ー、右ー、頭ー、左ー、頭ー」
いきなり始まった体操に優陽はついていけなかった。皆は腕をあちらこちら動かしている。
「前ー、後ろー」
「無理にやらなくても見ているだけでいいですよ」
同じ制服を着たデイケアの女性スタッフが優陽に告げた。
変な動きしてたかな?
優陽は振り向く。
20代くらいの可愛い顔とポニーテールの髪。ハリのある肌に薄化粧だ。目がとても綺麗で二重だった。
「左腕ー、右腕ー、屈伸、伸脚、アキレス腱、膝を回してください。腕を回してください。手首足首ー、ラジオ体操お願いします」
ラジオ体操、何十年ぶりだ。しかし身体は覚えていた。
ラジオ体操は無事終わりを迎えた。
「皆さん、今日から体験できている石井さんです、1言お願いします」
いきなり紹介された。
優陽は身構えた。
「石井優陽です、よろしくお願いします」
パチパチ。
大勢の拍手をもらった。
優陽は嬉しかった。
「それでは10時から始めますのでホワイトボードに名前の記入、お願いします」
その男性のスタッフや利用者は捌けていった。
「ああ、あ、あのう、お名前なんというんですか?」
「石塚葉子です、宜しくね?」
「石塚さん、石井です。よろしくお願いします」
「さっきも言っていたじゃない、ふふ」
葉子は笑った。
笑った顔も可愛い。
優陽はつられて笑い、口元を隠す。
「石同士ですね?」
「そうですね、石コンビですね」
葉子は優陽のくだらない話しにも微笑んで対応してきた。
何の変哲もない話題なのにまるで2人の世界のようだった。
「石塚さん、パソコン動かなくなっちゃった」
「はーい、それじゃまた!」
葉子は早歩きでいなくなった。
驚くことにパソコンが使えるようだ。
世間はパソコンができると陰キャだのなんだの言われると思っていた、優陽は認識のちがいに驚く。というか、天使のような顔と声にメロメロだった。
優陽の足は葉子のいる奥のパソコンコーナーに駆けていった。
「すみません、僕もパソコンやりたいんですけど!」
「あら、ごめんなさい、ホワイトボードに名前いっぱいになってしまって、今日はパソコン空いてません」
葉子はホワイトボードを手のひらで示す。
「葉子ちゃん、小さな”い"を出すにはどうするの?」
「小さな文字を打つときはLを押してから押すんですよ」
60代くらいのおじいちゃんが葉子にニヤニヤしながら会話している。
石塚葉子ちゃんか。
「楽しくなりそうだ」
優陽は頭に血が上っていた。そして、ケータイを取り出して今の心境と様子をネットに書き込んだ。無論、匿名で。
午前の活動が終わり、食事の時間になった。
今日のメニューは塩焼きそばとスープとサラダとフルーツゼリーだった。
デイケアの食事はとても美味しかった。
そして午後の活動になった。
皆は活動に参加せずともケータイをいじっていたり、折り紙を折っていたり、絵を描いていたり、ピアノを弾いていたり、会談していたり千差万別だ。
暇だな。早く帰ってゲームしたい。
「お兄さん、いくつ?」
二十歳くらいの男性が喋りかけてきた。片耳にワイヤレスイヤホンをつけている。口の斜め下にほくろがある。
「何歳に見える?」
「40?」
「41、惜しかったな」
「俺、何歳に見えます?」
「21?」
「24歳です」
「なんか用?」
「なんか寂しくて。あ、俺の名前、熊野舞桜です」
「熊野君、好きな歌手いる?」
「俺、西野カナが好きです、あとキングヌーとかジェイオーワンとか」
「若いねー」
「え? 何のことですか?」
「いや何でもない、俺はハイスタンダード、ゴリラズなどかな」
「へー、後で聞いてみます」
「あのさ、石塚さんってここでは長いのかな?」
「なんで石塚さん? 僕がここにきて半年はたつけど、初めからいましたよ」
「ふうん、そっか」
「もしかして、石塚さんのこと」
「いやいや、何でもないから」
「既婚者って噂ですけど」
「えー、それホント?」
「何なら訊いてきますよ?」
「僕の名前は出さないでくれよ」
優陽は流し目で横に歩いてくる葉子を見た。
葉子は両手で抱えるほどの大きさのテレビを運んでいた。音楽鑑賞に使うらしい。
「あ、石塚さーん、石塚さんって既婚者ですか?」
「プライベートなことは話さないようにしてるの。ごめんね」
「石井さんがもっと話したいって言ってましたよ」
「そうなの? 忙しいから後でね?」
葉子はニコッと笑い、去っていった。
「お前、言うなって言ったろ」
「ただのアシストですよ、こんな僕もたまには役にたつでしょう?」
「今のは絶対、社交辞令だよ!」
「意外と気があるんじゃないですか?」
「だから、ちょっと気になってるだけだよ!」
優陽は声を荒げる。
「音楽鑑賞します?」
「……ステイゴールド入れる」
「クリップボードに俺が書いときますね」
「はあ」
優陽はため息をつく。
調子狂う。
久々に聞いた、ステイゴールドは、キラキラする世界へようこそと言っているような気がした。
若い娘は若い娘同士で集まっている。舞桜も何故か話しに割り込んでいる。
コミュ力高いな。
優陽は運動がしたかった。そして卓球をしに1階にある多目的室に向かった。
コンコン、カーン。
多目的室は2台の卓球台が用意されていた。
そういえば、中学の頃卓球部だったな。卓球台の青色と白色、ラケットの赤色が懐かしい。
主婦のような方と、年齢不詳の少年(19歳くらいか?)と、50歳くらいのおじさんと、筋肉ムキムキの男っぽくみえる女性なのか男性なのか分からない中年の人が卓球をやっていた。
「石井君、代わるかい?」
「もういいんですか?」
「あ、もしかして涼みに来たの?」
「いえ、やります」
「自分の名前は犬田栄。主婦の青井小春さんと、このデイで1番若い黒澤拓真君、女の子が好きな室間良子さん。自分はイヌタンって呼んでいいよ」
イヌタンは疲れたようで、小春との対決を終えて、戦いの行く末を優陽に譲り渡した。
コンコーン!
小春は卓球が上手かった。
聞いてみると、小春も中学生の頃卓球部に所属していたらしい。
ブランクがお互いあるけど、このデイケアで卓球をやっているせいか上手だ。
回転のある打球についていけない優陽だった。
しかし、少したつと小春の打球に慣れてきた。ようやく3回に1回くらいは返せるようにはなった。
冷房が効いているが汗で手がベトベトだ。
「あと3本にしましょう?」
ちょうどいいことに、小春の方から休憩を提案してきた。
優陽は言いたくても言えなかったので助かった。
しかし結果的に3本とも小春に取られてしまった。
休憩の椅子が両サイドにあるので、イヌタンの座っている隣の椅子に腰掛けた。
イヌタンは白髪で癖っ毛の髪質だ。
「イヌタンさん、室間さんって女性ですよね?」
「気になる? 本人に聞いてみ?」
「いくつくらいなんだろう? 僕と同年代かな?」
「50代って言ってたけどねぇ。気になるんなら話してみれば?」
イヌタンの声に押されて話すことにした。
「室間さん」
「ああ、石井さん。私って男に見える?」
「えっと。……女性ですよね?」
「うん、そうだよー」
「イヌタンさんから50代って聞いたけど、若く見えますね。僕と同じ40代くらいかと思いました。なにかスポーツやってるんですか? たくましい身体ですね」
「空手の茶帯、持ってるからね」
「空手ですか? 茶帯って凄いんですか?」
「2級の茶帯だよ」
「へえ」
「今も空手のテレビ見てるよ」
「凄いですね」
「私、女の子に興味あるの。男に褒められても嬉しくないや、ハハハ」
良子はおかしそうに笑った。
「10年前には彼女がいたんだ」
「年齢の近い彼女ですか?」
「その時は二十歳くらいの女の子」
「どこで知り合ったのですか?」
「同じグループホームにきてね。……あっちの方は最後までしたよ」
「昼間っから何言ってんすか?」
「仲良い人にエロマ良子って言われてるからね、ハハハ」
「誇って言う事ですかね」
優陽は良子が自分より真逆な明るい人に見えた。
この人も精神障害があるんだな。
優陽はよく笑う良子に尊敬の眼差しを向ける。
その当人はタバコ吸ってくると言ってどこかに消えていった。
タバコは1年前から禁煙してるけど、また吸いたくなってきた。
美優はタバコが大の苦手で優陽の部屋には決して入ろうとしない、昼間、ベランダで吸っているとものすごく睨みつけながら、夜の間だけにしてくれないかと言われてしまう。ガーデニングが好きな美優は優陽が庭でタバコを吸っていると、問答無用で水をかけるときもあった。
「まったくもう、またタバコ吸って! 健康とお財布に悪いよ!」
小声で怒った美優を再現してみた。
なかなか似ているのではないか。
「あー、室間さん、ヘビースモーカーだからねぇ」
「母の真似です」
「そういえば自分は家から来てるけど、どうやって来てるの?」
「電車と徒歩です」
「暑い中、大変だね」
イヌタンが言っている時、多目的室のドアが開かれた。
「いたいた! 石井さん、これからモニタリングをしましょう」
男性のスタッフが優陽を注視しながら言った。
「モニタリング?」
「すぐ終わるから来てください」
首にかかったネームプレートには上野俊と書かれていた。年齢は30代くらいで黒縁のメガネのよく似合う薄いかっこいい顔立ちだった。
ついていくと面談室に入ることになった。
内容手続きの説明、サービス提供記録の作成、リハビリ計画書の作成。個別支援計画書の振り返りは来たばかりなので行わなかった。
優陽は頭の中には初めてのことを詰め込みすぎて、説明を受け流さるざるをえなかった。
「以上です」
「はあ、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
ここに通っている利用者もスタッフも元気がいっぱいだった。
ここに居させてもらって良いのかな。
優陽は不安になってきた。
そう考えているとまたミーティングの時間となったようで、朝と同じく、皆席についた。
「帰りのミーティングの時間です。司会をしてくれる方?」
俊は遠くの人や耳の不自由な人のためだろうか、大声を出した。
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