異世界の鏡が奴隷を呼ぶ

柄木

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2話

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 今日は満月だ。
 だから異世界を映し出す鏡は鮮明で、異世人の声すらも聞こえるほどだ。
 おそらく過去に訪れた勇者と同じ世界なのだろう。その恩恵のせいか言語に問題はなく、自国語と遜色なく理解できる。
 人を蔑んだ異世界から届く冷徹な声に肌が震えた。
 王族であるロベールは血筋に関して陰口を言われたことはあったが、それでも王子という身分と自身の優秀さで面と向かって蔑まれたりはしなかった。
 ロベールには黄金に勝る価値がある。
 王子としても、王位継承者としても、優れた魔道士としても、その価値は国にとって計り知れないのだ。

 それなのに鏡越しの異世界人とはいえ、貶める言葉に反応してしまった。
 自分が言われたわけでもないのに、“無価値な家畜”と言われて肌が粟立つのを止められない。
 蔑み、価値を否定し、塵芥に等しい存在と面罵される――その光景に対する感情は怒りや義憤ではなかった。認めたくはなかったが――否定されることへの歓喜だ。

 ロベールはいつの頃からか、人を人とも思わぬように扱う淫らな交わりを覗くことが趣味になっていた。

 『地べたに額をつけて這いつくばれ。チンポしか考えられない空っぽの頭を下足置きに使ってやる』

 小さな鏡の中には尻から豚を模した螺旋状の尻尾を生やした全裸の男が床に額づいていた。その頭を踏むのは踵の高いブーツを履いた青年だ。
 這いつくばる別の青年の後頭部を踏みにじり、乗馬鞭を手にした青年は人の頭を下足置きにしたまま鞭を奮う。薄いミミズ腫れが残る臀部を叩く音は大きかったが、皮膚が裂けたり出血する様子もない。
 王族という支配階級にあるロベールは知っていた。
 鞭とは使い方次第で皮膚や肉を裂くのはもちろん、骨を折ることもできるのだ。
 だが鏡の中の青年の臀部は赤くなっただけで、相当に加減をしてることがわかる。驚嘆に値するほど力加減を巧みに操っている。
 優れた魔道士てあり、攻撃はもちろん治癒魔法にも長けるロベールには分かる。
 男の頭を踏みにじる青年は、相手を痛めつけて再起不能にしようとしているのではない。お互いに了承の上で背徳の遊びに興じ、人生を台無しにしようとしているのではないのだ。

 事実、この背徳の遊びに興じていない間の青年はとても温厚で優しいことを黒い鏡を通じて知っていた。
 あくまでも遊びに興じている間、その背徳の時間だけ人格を否定し、否定される遊びを楽しんでいるだけだ。

 始めは淫らがましい遊びに嫌悪にし、唾棄する気持ちで顔を歪めたロベールも何度も眺めるうち、だんだんとその淫靡な世界にのめり込んでしまったのか、今ではこの映像を目当てに黒い鏡を覗くようになっている。
 淫らで背徳の世界は王族である自分自身とは関係ないはずで、だからこそ抗い難く惹かれてしまうのだ。
 そしていつの間にか「自分もあのように否定されたらどうなるのだろう」と、そう卑しい考えに耽るようになってしまった。

 ずっと秘めていた欲望を自覚してしまう。
 それは苦悩の始まりだった。
 王族でなければ、あるいは自分の血筋が普通であれば、いっそ普通以下の生き物であれば、あの爛れた魅惑的な世界を知れたのだろうか。疼く体を意志で抑え込み、苦しさに胸を抑えて懊悩したりはしなかったのか。
 王族でありながら、否定されることに反応する自分はやはり奴隷の血筋だから、卑しい血筋だからなのか、と――。

 
 だからロベールは決めたのだ。
 魔力が満ちる満月の夜、類稀な魔道士としての力を使い、あの背徳の世界を追経験してみようと。
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