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10話
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良質なSM倶楽部ほど、プレイの前に客の話を聞くものだ。
やりたいプレイ、やってはならないプレイを両者で確認するのはもちろん、時に苦痛を伴うSMだからこそ、どのレベルまでプレイの幅を上げられるかは大事な取り決めだ。
たとえば鞭打ちでも日常生活の影響を考えて、鞭の痕が残らないようにと希望されれば、音が派手でも威力の少ない鞭と技術が用意される。反対に痕を残して欲しいと希望するなら、怪我に至らないレベルで打擲の力を強めて被虐の証拠を残すのだ。
たとえプレイ中は支配者のように振る舞っても、客の希望に沿うためにプレイをコントロールする。それがキャストの仕事だ。
「はじめまして。キャストのルネと申します」
これといった特徴のない顔の男が、丁寧な所作で頭を下げてきた。王族としての教育を受けたロベールからみても綺麗な所作だ。客に対する誠実さが見て取れる態度だった。
目の前の若い男――瑠音がはじめましてと言ったが、ロベールにとっては一年間観察してきた男だ。
そして内臓を炙るような熱を齎した男でもある。
先月の満月の日にロベールはこの地に訪れ、オーナー相手に簡単な面談は済ませている。瑠音は面談時の資料を手に、更に話を詰めていく。
より良いプレイの為の話し合いはもちろんのこと、こうして話す時間を設けることで心の準備と期待値を膨らませるのだ。
あなたの言葉が、希望が、妄想が、もうじき現実になりますよ、と――。
ロベールはその現実を求めていたのだ。
身分は明かせないが、生国ではそれなりに地位にあること。その地位の重さにストレスを感じること。けれど責務から逃げ出すつもりもないこと。
価値を高めるばかりの立場をこの場所で一時忘れ、無価値の人間になりたいこと。
つまりはリセットで生まれ変わりだ。
ロベールの言葉に瑠音は頷いた。
立場の重さに違いはあるが、人から敬われる立場にある人間ほどそのイメージを持するために抑圧されてしまうと彼は知っているのか、特徴のない顔はな真剣なままだった。
ロベールの望みは無価値に成り下がること。
だがこういったプレイは初めてであり、そのことを瑠音に告げるとかれは少し悩んでから魅力的な提案をしてくれた。
初めてならば、心のどこかに拒否反応や怯えがあるかも知れない。けれどそれをむりやり押し込めてるのではなく、あえて開放してその拒否感も楽しもう、と。
二人の間でキーワードを決め、ロベールが自分の本心から無価値になれたと思った時にその言葉を言いましょうと瑠音は笑って言った。
これが誠実さの欠片もない野卑なだけの男だったら、心は拒絶し抵抗しただろう。
彼で良かったと思う。瑠音にようやく会えたロベールは小さく頷いた。
「分かりました。よろしくお願いします」
一年。
一年の時間を有した。
知らなかった世界を知り、感化されて変わっていく己の内面に向き合い、すべてを肯定して覚悟を決め、世界を渡る術を新たに生み出し、ロベールは瑠音のいる場所にやってきたのだ。
見覚えのある石牢だった。
別の人間に憑依した日に観た、あの石作りの牢だ。
さすがに今のロベールならこの世界の常識を知り、禍々しい石牢が本物だとは思っていない。この石牢は罪人を閉じ込めるための場所ではなく、淫らな快楽を生むための舞台だと学んでいた。
魔道士であるロベールは学ぶことは得意だった。だからきっとこの新しい世界も柔軟に、そして貪欲に学ぶはずだ。
錆塗装された太い鎖が耳障りな金属音を鳴らす。
その音を聞いただけで肌が震えた。
首と両手首に感じる初めての圧迫感も、戦慄く震えを助長させている。
板に三つの穴を開け、首と両手を同じ高さに揃えて拘束する晒し台。ロベールの生国でも使用されるそれは、王族に連なるものが着けるにはあまりに惨めな姿だった。
やりたいプレイ、やってはならないプレイを両者で確認するのはもちろん、時に苦痛を伴うSMだからこそ、どのレベルまでプレイの幅を上げられるかは大事な取り決めだ。
たとえば鞭打ちでも日常生活の影響を考えて、鞭の痕が残らないようにと希望されれば、音が派手でも威力の少ない鞭と技術が用意される。反対に痕を残して欲しいと希望するなら、怪我に至らないレベルで打擲の力を強めて被虐の証拠を残すのだ。
たとえプレイ中は支配者のように振る舞っても、客の希望に沿うためにプレイをコントロールする。それがキャストの仕事だ。
「はじめまして。キャストのルネと申します」
これといった特徴のない顔の男が、丁寧な所作で頭を下げてきた。王族としての教育を受けたロベールからみても綺麗な所作だ。客に対する誠実さが見て取れる態度だった。
目の前の若い男――瑠音がはじめましてと言ったが、ロベールにとっては一年間観察してきた男だ。
そして内臓を炙るような熱を齎した男でもある。
先月の満月の日にロベールはこの地に訪れ、オーナー相手に簡単な面談は済ませている。瑠音は面談時の資料を手に、更に話を詰めていく。
より良いプレイの為の話し合いはもちろんのこと、こうして話す時間を設けることで心の準備と期待値を膨らませるのだ。
あなたの言葉が、希望が、妄想が、もうじき現実になりますよ、と――。
ロベールはその現実を求めていたのだ。
身分は明かせないが、生国ではそれなりに地位にあること。その地位の重さにストレスを感じること。けれど責務から逃げ出すつもりもないこと。
価値を高めるばかりの立場をこの場所で一時忘れ、無価値の人間になりたいこと。
つまりはリセットで生まれ変わりだ。
ロベールの言葉に瑠音は頷いた。
立場の重さに違いはあるが、人から敬われる立場にある人間ほどそのイメージを持するために抑圧されてしまうと彼は知っているのか、特徴のない顔はな真剣なままだった。
ロベールの望みは無価値に成り下がること。
だがこういったプレイは初めてであり、そのことを瑠音に告げるとかれは少し悩んでから魅力的な提案をしてくれた。
初めてならば、心のどこかに拒否反応や怯えがあるかも知れない。けれどそれをむりやり押し込めてるのではなく、あえて開放してその拒否感も楽しもう、と。
二人の間でキーワードを決め、ロベールが自分の本心から無価値になれたと思った時にその言葉を言いましょうと瑠音は笑って言った。
これが誠実さの欠片もない野卑なだけの男だったら、心は拒絶し抵抗しただろう。
彼で良かったと思う。瑠音にようやく会えたロベールは小さく頷いた。
「分かりました。よろしくお願いします」
一年。
一年の時間を有した。
知らなかった世界を知り、感化されて変わっていく己の内面に向き合い、すべてを肯定して覚悟を決め、世界を渡る術を新たに生み出し、ロベールは瑠音のいる場所にやってきたのだ。
見覚えのある石牢だった。
別の人間に憑依した日に観た、あの石作りの牢だ。
さすがに今のロベールならこの世界の常識を知り、禍々しい石牢が本物だとは思っていない。この石牢は罪人を閉じ込めるための場所ではなく、淫らな快楽を生むための舞台だと学んでいた。
魔道士であるロベールは学ぶことは得意だった。だからきっとこの新しい世界も柔軟に、そして貪欲に学ぶはずだ。
錆塗装された太い鎖が耳障りな金属音を鳴らす。
その音を聞いただけで肌が震えた。
首と両手首に感じる初めての圧迫感も、戦慄く震えを助長させている。
板に三つの穴を開け、首と両手を同じ高さに揃えて拘束する晒し台。ロベールの生国でも使用されるそれは、王族に連なるものが着けるにはあまりに惨めな姿だった。
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