紅雨 サイドストーリー

法月杏

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伊賀潜入作戦・4 ⚠︎︎

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山の中の拠点。いくつもある屋敷のうちの一つに、大勢の子供が集められていた。

「協力感謝するよ」
「いーえ。丁度そろそろ処分しちゃおうかなって思ってたんだよね」

透き通る白の長髪をフードの下に隠し、口の端を上げる怪しげな青年。いや、青年の姿をしただけで三桁は生きている彼は「またなんかあったら呼んでよ~」と軽い口調で、ひらひらとその手を振りながら森の奥へと消えていった。
それを見て「あ!ちょっと魅弥みや!…ではまた!」と頭を下げたもう一人の青年は、綴と柊がほんの少し視線を外した隙に少年の姿になっていて、魅弥と呼ばれた白髪の青年を追って森に入っていった。

「……風魔の奴等、いつ見ても常軌を逸してるよな」
「紫昏も似たようなものだろう」
「そういやそうだわ」

さてと、と柊は風魔の生き残りを頼ってまで用意した大勢の子供と、その人数分の刀や忍器へと向き直った。

「まさかこんな短期間で揃っちゃうとはね」
「奴等は人攫いのプロだからな…」
「あ、やべ松枷に釘刺しとかないと。しばらく生かすんだぞって」
「それならもう伝えてある」
「さっすがあ」

監視の手伝いとして第一に呼んだはいいものの、拷問好きの松枷は野放しにしておくと指示前に折角集めた子供を殺しかねない。そんな松枷には到底任せられない子供が一人、ここ第一拠点の地下に捕らえられていた。

狼煙を上げたり叫んだりできないように既に喉を潰され手足を拘束されている子供達の間を縫うように、拠点の奥へと入っていく柊。彼はその先で唯一椅子に縛り付けられている子供に「よ」と声をかける。もちろん返事はないが、いつもの無気力な反応と違って今日は柊を睨みつけるくらいの威勢はあった。

「あ、何するかバレてる感じ?流石直属班」

返事はない。柊は勝手に話を続けた。

「……用無しなんだってさ、この子達。可哀想だよな。大人の身勝手で捨てられて、大人の身勝手で拾われて、拾われた先で無能だと判断されて、この有様。最期くらい役に立たせてあげたくてつい引き取っちゃった。…まあその限りではないんだけどさ」

空翔の視線が鋭く柊を刺す。

「そんな睨まないでよ。すぐには殺らない。今伊賀にいる〝空翔〟からの報告待ちだからさ」

ニッ、と笑ってそう言ってみせると、空翔は再び項垂れた。睨むだけ無駄だと、分かりきっていたことを再確認しただけだった。



***



子供達が集められて、どれくらい経っただろうか。
ただ排泄と呼吸を繰り返し、衰弱していく子供の海。それも自分の死体を隠すためだけに集められたらしい彼等。そんな光景を目にし続け、正気を保っていられる忍びなど何処に居ろうか。

(死ぬ前に地獄に連れて来られた……)

目を閉じても、手が使えない分耳も鼻も塞げない。どこに神経を集中させても、この空間では吐き気を抑えることは出来なさそうだった。
胃の内容物などとっくの昔に出し切った。だが空翔に死なれては困るらしい梯の構成員から定期的に栄養剤や兵糧丸が与えられて、辛うじて生き長らえてしまっている現状。これならまだ吐くものがある方が楽だったかもしれない。

誰が起きていて誰が寝ているかさえよく分からない部屋の中、空翔は気付けば意識を部屋の外へとやっていた。
なんとか堪えた吐き気の中目を瞑り、耳を澄ませ、見張りの動向を探っていた。

監禁されている間に観察していた梯の構成員の中で、一番出し抜きやすそうで、だからこそ一番底が知れず恐ろしいのが紀一。金髪をポニーテールにした青年だった。
今日の見張りは確か彼だったはず。そして今はおそらく深夜~朝方で、彼以外はこの部屋の近くに居ない、はず。

力量が測りきれていない現状で動くのは忍びとしては愚行であることは、重々承知だった。それでもこれ以上、彼等に時間の猶予はない。

(今しか…ない……)

縄抜けでまず自身の拘束を外す。近くに転がっていた体格の近い者を自身の代わりに椅子に座らせ、それっぽく装束の上着だけをかけ、見せかけだけの縄を配置。
その状態で椅子の影に隠れながら、床に散乱した吐瀉物と排泄物へと目をやる。

(……………最悪だけど、これしか、ない…よな…)

忍びは万物を味方につけて、利用してこそ忍びだ。どうせ死ぬなら最期まで忍びでいたい。決心した空翔はまず拷問で剥がされたところ以外の爪をざらつく壁で慎重に研ぎ、鋭利にした後、自身が纏っていたインナーをいくつかにバラし、その中に床に散乱したそれらを適当な配分で詰めていく。何本か髪を抜いて、丸めたそれの口をある程度の衝撃で外れそうな程度に閉じたら、簡易目潰しの完成だ。
使えるものは全部使ってやる。そう思いながら、扉の前に足場を無くすように何人か子供を引き摺って配置し、スゥと息を吸った。

「あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁぁっっっ!!!!!!」

椅子の後ろから苦痛に悶えるような声をあげ、扉の近くの壁に張り付き、待つ。
案の定すぐに開かれた扉からは紀一の姿が。扉の前の子供に引っかかって開ききらなかった扉に紀一が怯んだ一瞬の隙を狙って、先程作った目潰しを押し付けるように叩きつけた。それから間髪入れずに雨戸を狙って研いだ爪で斬り付けた。

「…ッッ!!」
「うえ、さいあく」

避けようが無かった、はずだった。
それでも紀一は空翔が顔面を狙うと察したその瞬間に自身のゴーグルを目元へと下ろし、その手で流れるように急所をガードして見せたのだ。
最悪。それは空翔のセリフだった。

空翔が退こうとする暇もなく、紀一がその細い首を掴もうと襲いかかる。が、足場が悪く動きが鈍る。その隙をつき、逆に紀一の方へと飛び込むことで扉の外へと抜けることに成功してしまった空翔は、考えるより先に階段目掛けて走り出していた。

瞬間。

「……!?」

突如、空翔の視線の高さが変わった。否、視線だけじゃなく頭そのものが、床に転がっていた。

「逃がしてんじゃねえ」
「ごめーんでも聞いてよ最悪なんだよー」
「それは見たらわかる」

どしゃり。倒れた空翔の胴体の上には頭はついていない。代わりに血の海が広がっていく様子を冷たい目で眺めながら、松枷は愛用の大鎌についた血を振り払っていた。

「頭部を切り離す、だったよな」
「そうだね。でもまだ指示待ち段階じゃない?いいの?」
「……………………良くはないが、緊急事態だった」
「そんな分かりやすく目逸らさなくても」

とりあえずお前は顔洗ってこい…と松枷に言われるがまま一階へと上がっていく紀一。その階段で、血の匂いを嗅ぎつけやって来た黒の長髪を靡かせた男とすれ違う。

「ひどい顔」
「でしょー」
「ちょっと貸せ」

遠目でその様子を見ていた松枷。紀一の頭をがしりと掴んで口を開ける男に、相棒が食われるんじゃないかとついヒヤヒヤした松枷だったが、どうやら顔面についた目潰しの中身を舐めとっただけらしい。男は「ごちそうさん」とだけ言ってあっさり紀一を解放した。
階段の下で男を待ち受けていた松枷が、ん、と血溜まりと転がった空翔の頭部を指さす。

「いいの?」
「やっちまったもんは仕方ない。考えるより掃除が先だ」
「わあい」
「体は綺麗に残せよ」

はいはーい。と軽い口調で言う男に表情は無かったが、そこはかとなく嬉しそうにその異形の口を血溜まりへとつけたのだった。



***



「……で、先に殺っちゃったわけね」
「ああ」

松枷と紀一が先に綴に報告していたのが功を奏したのか、起きてきた柊は綴から話を聞いて、あっさりと「まいっか」と言った。

「いいのか」
「うん、いいや。死亡時間に差が出ると特定しやすくなっちゃうから今すぐ全員殺っちゃって。あと拠点にいるメンバー集めて、ばら撒きに行こ」

淡々と次の指示を出す柊。その場にいる構成員が全員「御意」とだけ言い残し、それぞれの持ち場へと散っていった。

その場に残ったのは綴と柊。そして、頭のない空翔の亡骸。
柊が、あーあー目立つってこんな死体、と文句を言いながら研がれた空翔の爪を切り揃え始めた。

「最期まで忍びだったんだな、こいつ」
「…ああ」

ぱちん。ぱちん。

伊賀なんかにいなければ。もしも仲間だったなら。
忍びとして最期の瞬間まで足掻いたことが見て取れるその手を見ながら、ついそんな想像が柊の頭を巡る。だが、空翔が空翔の意志で最期まで伊賀者であったことを、否定してはいけない。そう思い直す。

「……かっけえな」
「ああ」


その数時間後だった。
空翔の忍烏が、梯に吉報を告げたのは。
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