紅雨 サイドストーリー

法月杏

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伊賀潜入作戦・6[終]

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この日、空翔は道場にいた。
引き上げの合図である首無し少年の死体が見つかって、少しした頃。氷鶏としての任務が忙しくなってなかなか道場に顔を出せない日が続いていたが、刹那の〝お迎え〟を決行する日が丁度氷鶏の休みだったのもあり、作戦の協力の為にも道場に向かった。するとそこでは最近弟子入りしたらしい楽が修行をしていた。

そしてそれは、どうしてか楽と二人になってしまった休憩時間のことだった。恋華や桜日のようにその場を離れればよかったものを、と思いながらも、好奇心が勝ってしまった。

『辛くないの?』

道場で出会っていた友達が不幸にも今回の作戦に巻き込まれていた楽へのその問い。思い返して、どの口が。と紗として自嘲した。
そりゃ辛いよ。そう言いながらも空翔の心配をし、更にはお礼まで言った楽の笑顔が頭から消えない。それと同時に、頭を撫でたあの手も。
この時、紗の中にはどうしてか空翔への羨望のような感情が芽生えていた。見ないフリをしたその感情は、確かに梯の紗にとっては必要のないものだった。

刹那を迎えに来た桜樹とも会った。「ついでにアンタも回収してきたらって言われたんだけど、どうする?」という桜樹の言葉に、紗の口は自然と「いいや、自分で帰るよ」と答えていた。
なんとなく、まだやり残したことがある気がした。紗の、空翔の頭に浮かんでいたのは桐の顔だった。

だから高台に来たのに。今日に限って、彼は現れなかった。
さよならくらいは言いたかった。なんなら欲を言えばもう少し彼の恋路を見守っていたかった。でもそんな未来はもちろん無い。明日からはまた、いつも通りの紗に戻るだけ。
それに、空翔の居場所も時期、伊賀にはなくなる。訃報が流れれば、もう二度と空翔として伊賀に姿を見せることはできなくなる。

まあ、いいか。既に死んでいる空翔じゃ、空翔を殺した僕じゃ、桐に合わせる顔なんてないし。紗はそう割り切って、今夜中に梯に帰ることを心に決めた。

するとふと空翔としての自分が、伊賀を見下ろしながら自然と微笑んでいることに気付く。

(友達らしい友達なんていなかったのにな)

(桐に空翔って呼んでもらえるの、嬉しかった)

(家族との関係は相変わらずで、僕が偽物なことに最後まで気付かないくらいだったけど)

(それでも、楽しかったよ)

(君のおかげで、空を翔ぶことができたし)

紗が作り出した偽物の空翔であることは分かっていた。
分かってはいたが、確かに空翔は自我を持って、紗に語りかけていた。

(最期だけでも僕を生きてくれて、夢を叶えてくれて、ありがと)

紗は空を見上げ、するりとマフラーを外した。

「……ごめんね」

桐と、そして空翔に向け、少年は静かに別れを告げた。



***



帰るまでが任務。
リーダー達が普段から口を酸っぱくして言っているその言葉の通り、紗は拠点に到着するまで一瞬たりとも気を抜くことはなかった。

久しぶりに帰ってきた拠点では、他のメンバーと共に伊賀潜入の成果そのものである面々が紗を待っていた。
梵に、朱花、そして刹那。
空翔ではない紗の本来の姿を初めて見る彼らからの視線を一身に受けながらも、紗は伊賀潜入で得た情報を事細かにリーダー達に報告し、荷物を片付け、やっと気を緩めた。

「つっかれた~~~……」

紅乃が出してくれたココアの温もりを手に感じながら、机に突っ伏す。

「数ヶ月に渡る大仕事だものねえ、本当お疲れ様。よくやりきったわ」
「無事帰ってきてえらいで~~~」
「いつもなら子供扱いしないでって言うとこだけど今日ばかりは最年少の特権フル活用で褒めまくられたい気分だからもっと言って」

淡々とそう返した紗に、紅乃が安心したように笑った。

「ふふ、よかった、いつもの紗ちゃんだわ」
「いつもと違う気分って話だったんだけど」
「そこじゃないわ、ちゃんと紗ちゃんが戻ってきてよかったってことよ」
「出発前からもう別人だったからさ、紗じゃなくて空翔が帰ってきたらどうしようって話してたんだよ」
「ちょっと、それってぼくのこと馬鹿にしてるよねぇ?」
「いやいや、むしろすげーなって」

柊にそう言われたことで、「ふうん?」と満更でもなさそうな反応をする紗。そんな彼の背後から、拠点ではまだ聞き慣れない男の声が降ってきた。

「この任務でお主の器用さも課題も見えただろう。いい経験になったんじゃないか」
「師匠。……って僕が呼ぶのは変か」
「いいや?いいんじゃないか?」
「いいんだ…」

振り向いた紗にいつもの微笑みを向ける刹那が、相変わらずのマイペースさで話の舵を握る。

「空翔に飲まれている時もあったみたいだからな、危うさも自覚できたろう。とはいえお主の変装術は見事だった、人の懐に入り込む力もな」
「ふ、ふふん、まあ僕だからね」

やっぱバレてたんだ、と少し恥じつつ、褒められたことで紗は得意げに目を細めた。

「ま、上には上がいるものだがな」

そう言って、得意げな紗に含みのある視線を向ける刹那。紅乃が横から「あら、一体何があったのかしら」と口を挟む。当の紗は疲労もあってか半分くらいは聞き流しているらしく、あまりピンときていない。

「その気持ちが〝どちら〟としてのものなのか、気付く日が楽しみだな」

刹那のその言葉に、紗より先に何かを察したらしい紅乃と紫昏が顔を見合わせる。

「まじか、そうか、そうなんか」
「あらあらあら…あらあらあらあら……」
「おいおい、こういうのは自発的に気付いてこそだろ」

とっくに気付いていたとでも言わんばかりの柊がニヤニヤし始めた二人を止める。そうして何かを話しながら二人を連れてその場を去って行った。

「なにあれ…なんの話してんの……」
「お前さんが今回の任務で成長したって話だ」
「えー、ほんとにぃ?」

褒めるなら僕に向かって直接褒めてよ~~と口を尖らせる紗を見て、刹那がくくくと笑う。


こうして、以前より少し賑やかになった梯での日常がまた、始まりを告げたのだった。



***



高台の朽ちかけの柵に括り付けられた、一枚のマフラー。
残されたそれを手に取って微笑む、一羽の鴉天狗の姿があった。

「君がどこの誰でも、おれには関係ないよ」

彼が想い人から聞いた伊賀での悲劇は、あくまでも伊賀者にとっての悲劇だ。

これは今生の別れなんかじゃない。
桐にとっての空翔は、死んでなどいない。


​────​だから。

「またね!」



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