紅雨-架橋戦記-

法月杏

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一章

二話・春月の光の下で [2]



「……っ!」

 変装を解き終わり帰路についていた里冉は、嫌な予感に立ち止まり、振り向く。
 そして次の瞬間捉えた光景に、考えるより先に叫び、走り出していた。

「らっくん!!!!」



   * * *



 里冉の呼ぶ声が遠くに聞こえる。俺の眼前に広がるのは、さっきまで笑って話していた優と岳火の​───血の海だった​。
 信じられない光景に動けず立ち尽くしていると、殺気が俺に向いたのを感じ​─────

「……ッ、」

 気づけば里冉が、俺へと振り下ろされた刀を忍刀の鞘で受け止めていた。
 
「な……里冉……っ!?」
「あーあ、戻って来ちゃったか~」
「どうして梯が……」
「どうしてって……もちろん仕事だよ」

 里冉はそのまま、キィン、と敵の刀を弾く。
 先程、突如として優達の背後の茂みから現れたのは忍びらしき青年二人組。そして今里冉が、梯って言った…よな? コイツらが…あの……?

「ゆ、優……がく……っ、おい…うそだろ……なあ……!」

 血の海に倒れ込んで動かない二人からの返事は、なかった。なんでこうなったんだっけ。今、何が起こった?
 梯に……やられた……?

「らっくん気を付けて」
「は、え……?」
「伏せて!」

 俺が反射的にしゃがむと、里冉の脚が俺の頭上の空を切り裂き、直後、鈍い音が響いた。どうやら俺の背後から迫り来ていた金髪赤メッシュの男に、回し蹴りをヒットさせたようだった。

「ぐふぅ!」
「ちょ、出てくんなって言ったろ! お前死なせでもしたら俺がリーダーに殺されるって!」
「いてて……」

 紫の髪を頭の後ろで束ねた方の男が、金髪に向かって怒鳴りつける。ていうかちょっと腹押さえて「いてて……」で済むような蹴りじゃなかった気がしたんだが……?

「流石、やるなぁ法雨の坊ちゃん。てっきりお屋敷へお帰りになられるんだと思ったが」

 にやにやしながら里冉を揶揄る紫髪。

「……流石に知られてたか」
「俺たちの仲間を殺したのはアンタなんだってなぁ」
「いやいや、ただの正当防衛ですよ。そんなことより……」

 里冉は胡散臭い笑顔で、続けた。

「俺がそちらの金髪くんを殺せばついでに貴方の首も飛ぶ、って解釈でいいですか?」

 今度は里冉がにやにやする番だった。

「……っ!!」
「まあまずは梅雨梨さん達を拘束している忍をなんとかしたいんですが…」

 そうだ、梅雨梨達……! と視線を菊の露の方へと向けると、玄関口で梯の下っ端らしき忍びに背後から首筋に苦無をあてがわれ動けなくなっている梅雨梨と吟が目に入る。

「つゆ……っ!」

 思わず取り乱しかけた俺を制止するように、俺の前にスッと手を出す里冉。そうだ、こういうときはこっちが下手に動いて刺激しないのが…と思った次の瞬間、里冉が動いた。
 ただでさえ慣らさないとあまり見えないような暗闇の中煙玉を投げつけ視界を奪い、吟を押さえていた方の忍びの手に棒手裏剣を命中させ、その痛みに悶える声に驚くもう片方の隙をついてまた利き腕に棒手裏剣を命中させてみせた。思わず苦無を離す忍び達。その隙に逃げる梅雨梨と吟。……って感じだった。おそらく。煙でちゃんとは見えないのだ。
 こいつ今……飛び道具だけで救出……すごい……。

「なっ、くそ、追え……!」
「させない」

 煙の向こうで俺には見えないのだが、今投げたのは多分……鏢刀ひょうとうで、音からして忍びの背後の戸に刺さったっぽいのだが……。

「動いたら次は目に当てる」

 怖い。狙う、とかじゃなく当てると言い切るあたりが怖い。今俺ら襲撃されてるんだよな……? してる側じゃないよな……? と思わず思うほどあっという間に里冉のペースだ。

「……まあ正直、あまり無駄な殺しはしたくないんですよね、俺。大人しく二人から手を引いてくださればあなた方は見逃してあげてもいいですよ」
「はっ、誰がそんな」
「そうですか、残念です」

 敵の忍びが返事を言い終わる前にそう言ったかと思うと、里冉は俺の目の前にはもう居なくて。

「梯ならばこのくらい避けられますものね」

 気づいた時には返事をしていた方の敵の喉を、その手の忍刀で一突きにしていて。その光景にビビったのかもう片方が逃げ出すのを「賢明な判断です」と見送り、殺した方の覆面を剥いで顔を確認する。

「やはり雇われヒラ忍者といったところですか……」
「ヒュウ、さっすがー」
「あなた方が傍観していたあたり、正式な仲間でないことは明確でしたが……思った以上に雑魚じゃないですか」

 その雑魚を地面に寝かせ俺の傍に戻ってきながら、舐めてるんですか? と聞く里冉にたいして、梯の男はケラケラと笑う。

「そんなキレんなって、俺らだって想定外だったんだぜ」
「まさかアンタがあんなにあっさり俺らの情報を流すとは思わなくてさ、仕方なく」
「……」
「俺ら別件でこの辺に来てて、たまたま仲間の仇を見かけたからつけてみただけ。そしたら楽しそうな会が開かれてるじゃん?」
「忍びは口伝が基本なことも知らないようなガキにベラベラとさー、まあだいぶ適当言ってたみたいだけど」
「なら何故殺した」
「……お前と戦うためのエサだと言ったら?」
「なるほど、まんまとかかっちゃったわけですか」

 忍刀を構えて、じり……と梯二人と睨み合う里冉。
 ……俺も、戦わなきゃ。見てるだけは、余計に里冉の足でまといになる。里冉はさっきからずっと俺を庇うように、ほぼ常に俺と梯の間に立っている。せめて、自分の命くらい自分で守んなきゃ。懐のくないを握り、立ち上がる。そんな俺に気づいた里冉が少し振り向く。

「らっくんは二人のそばに居て。こいつらに死体回収されたくなかったら、守ってて」
「……!」

 そうか、梯に殺された奴らは死体がほぼ出ないって……なるほど、解剖で武器の形状とか殺し方とか、ある程度の情報取られるもんな。ってことは目撃者も殺されて回収される可能性高すぎね? やっぱ俺下手したら死ぬじゃん?

「らっくん」

 呼ばれて顔を上げると、里冉と目が合う。

「俺がいる限りは、死なせないから」

 自信と、決意……みたいなものが、里冉の金色の瞳に輝くのを見る。仕方ない、信じてやんよと頷いて、亡骸の傍を陣取る。

「何を言い出すか気になっちゃって律儀に待っちゃったじゃん」
「死なせないから、なぁ。言ってみたいセリフだよなぁ」
「それで煽ってるつもりですか?」
「いや美しい友情だなぁと」
「お前言われる側だもんなー」
「うるせー」

 どうやら本当に感心しているらしい。ていうかさっきから会話に緊張感が無さすぎるんだが。

「無駄話なら帰ってからしてくれますか」
「帰してくれる気なんだ優しい」
「いや金輪際するなって意味ですけど」
「見た目に反して結構辛辣だよなお前」

 次の瞬間、里冉が金髪に攻撃を仕掛ける。刃をギリギリ躱したらしい金髪が体勢を崩すその瞬間を見逃さず、一気に距離を詰め肘を入れる里冉。やっぱコイツ超強い。

「ぐ、はっ」

 一瞬で地面に叩きつけられた金髪に向かって里冉は更に刀を突き刺そうとするが、金髪は地面を転がりまたギリギリで避ける。次の一撃を、と動き出そうとした瞬間もう片方の梯の蹴りが背後から里冉を襲う。避けきれずに手甲で蹴りを受け、衝撃に軽く吹っ飛ばされながらも刀を構え直す里冉。真っ直ぐに刃の先を向けられた紫髪の方は、思わず怯む。

「あの刀、なんかやべえ」
「……だよな? 俺も感じた」
「妖刀の一種か何かか?」
「とりあえず当たんないようにしろよ」
「おーけい」
「随分と余裕ですね」
「ふぐっ」

 起き上がりながら呑気に会話していた金髪の背後から、里冉が刀の柄頭で殴る。

「いってぇな!」
「あっはははすげー音した!」
「笑ってんなよ弥弌ィ! 言えよ背後注意とか!」
「ごめんごめん」

 紫髪​──弥弌やいちと呼ばれたそいつが笑いながら謝ると、金髪は殴られた後頭部を擦りながら、今の一撃がヒットしたことに半ば呆れ気味な里冉を見る。ていうかさっきも思ったけどかなりタフだなコイツ。今の、並の忍びが食らったら会話どころじゃないだろうに。

「なんで今、刃の方使わなかった?」
「……無駄な殺しはしたくないと言ったでしょう」
「甘いなぁ」

 俺達、あわよくばアンタを殺そうと思って出てきたんだぜ? そう言って、金髪は懐に手を入れる。

「あ、やべ今日戦闘用装備じゃねーんだった」
「おいバカうそだろバカ」
「てか俺まず戦闘要員じゃねーもん!」
「それはそうだけどぉ!」

 思わず気の抜ける俺。しかし里冉は少しも敵から目を離さない。

「……ま、これ一本で十分だしな」

 金髪が構え直した苦無には、血がついたままで。思わず視線を逸らすと、足元にある血溜まりが目に入る。だめだ、今は辛くなってる場合じゃない。この状況を切り抜けなきゃ。悲しむのはそれからだ。
 そんなことを考えていると、里冉の刀と金髪の苦無がぶつかる音が聞こえてくる。音の方を見ると、暗闇じゃ目で追うのが精一杯な激しい戦いが繰り広げられていて。俺には里冉が一方的に攻撃を当てているように見えるが、たまに里冉が引くあたり、弥弌とやらが里冉の攻撃の瞬間を狙って打撃を入れてきてるようだ。しばらく攻防を続けた後、ふと弥弌が俺の方をチラリと見る。

「……立花の坊ちゃんとはあんま戦いたくないんだけどなァ」
「……!」
「なんで知ってるって顔だな? そりゃ有名だからな、籠の鳥、可哀想な伊賀のお姫様って」
「誰が姫だ!?」
「お、いいツッコミ」

 ……ツッコんでる場合じゃない。なんだ? 俺そんなんで有名なの? 俺が籠の鳥? どういう意味だよ?

「その顔は噂の存在すら知らないってとこか。はは、マジで何も教えて貰えないんだ」
「噂って……なんだよ……」
「あっは、声震えちゃって、かわいー」

 里冉が弥弌を警戒し始めたその隙を見て、金髪はスッと気配を消して里冉から離れる。それに気づいた弥弌は小さく舌打ちした。

「ま、やっぱこのコンビじゃ無理あるよなァ」
「……?」
「副リーダーさんの判断に感謝しな。そいつらは諦めてやるよ、よかったな」
「はぁ?」

 金髪アイツ副リーダーだったのか。てかやっぱ逃げる気か。

「……おとなしく逃がすとでも?」
「あー、じゃあここで追えば問答無用でアンタの大事な人の首が飛ぶ、って言えば逃げれる?」 

 里冉が小さくぴくりとした気がした。

「残念、甲賀の忍び相手にそれは弱ぇーよ。こういう時はさっきの写真とメモを里のお偉いさんに送り付けちゃうぞ☆って言うんだ」

 どこからか金髪の声が聞こえてきて、メモ?これか、と弥弌が優のメモ帳を取り出す。

「っ! いつの間に……!?」
「そんじゃーな坊ちゃん、また会おうぜ」

 煙玉の煙を残して、梯二人は去っていった。
 奴らの脅しが効いたのか単に深追いする気が無いだけなのか、追うのを諦めた里冉が刀を鞘に仕舞いながら、静かに俺に近づいてくる。意外にあっさり引いた梯に驚いて立ち竦む俺に触れようとして躊躇い、手を引く里冉。

「ごめんね、逃がしちゃった」
「俺こそ……ごめん……全然役に立てなくて……足でまといに……」
「いいよ、らっくんが無事だっただけで十分」

 緊張が解けた俺は、その場にへたり込む。その瞬間一気に状況を認識してしまい、俺はそのまま泣き崩れた。

「なぁ……ぅ、二人が…………もう、息……してな……ッ、…ぅ、……里冉……っなんで……」

 守れなかった。何も出来なかった。優と岳火が動かなくなってしまったことと自分のあまりの情けなさが、悔しくて悲しくてたまらなくて。里冉がいなかったら絶対俺も死んでた。梅雨梨と吟だって守れなかった。そう思うと怖くて仕方なくなって。
 泣くと余計情けなくなることはわかってる。わかってるけど、それでも涙が止まらなかった。

 里冉は今度は俺をその胸に優しく抱き寄せて、泣かないで、ごめんね、巻き込んだ俺のせいだ、と謝り続けた。



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