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一章
二十二話・赤
しおりを挟む今日は火鼠での任務の日。それも久々に、雑務以外の任務だった。
何故なら卯李を狙った襲撃の時に負傷した茶紺の腕が完治して、やっと普通に任務に出れるようになったからだ。
……しかし雑務以外とはいえ、梯には関係がない内容の任務。特に問題なく終え、茶紺と一緒に家に帰ってきた。
おせちと遊びながら留守番していたらしい卯李が、おかえり~!! と天使の笑顔で出迎えてくれる。
「ただいま。……あれ? 今日は吟くんが遊びに来る日だろう?」
もう帰っちゃったの? と聞く茶紺に、卯李はコクコクと頷き、その笑顔を少し曇らせる。
「卯李ねぇ、吟にきらわれちゃったかもなの……」
「え……!?」
予想外の言葉に、驚く俺達。心做しかおせちまで驚いている気がするが、さてはおせち……卯李達のことちゃんと見てなかったな……?
「あのね、今日ね、吟元気なくてね……卯李すっごくしんぱいで……」
「うん」
「それでね……」
話を聞くと、どうやら卯李は自分の元気がない時に茶紺がやるように額に手を当て熱を測ろうとしたのだが、その際に吟の長い前髪を上げようと手を近づけたら怯えたように手を払われ、謝ろうとする卯李を遮ってそのまま帰ってしまった……とのこと。
「……そういえば吟くんってなんでずっと前髪長いんだろう」
「あれ以上短くすんのすげえ嫌がるって梅雨梨言ってたな。人見知りなせい……?」
「うぅん……邪魔じゃないのかな……目も悪くなりそうだしなぁあれ……」
パパかよ。いやほぼパパみたいなもんだったわ。
それにしても……吟の元気が無い……? 卯李に心配をかけるほど、か……?
「茶紺んん……どうしよぉぉ……」
「そうだなぁ、まずはちゃんとごめんなさいしたいね」
「うん……」
『しなさい』や『しようか』ではなく『したいね』という言い方をするあたりに、流石だなあ茶紺、と少し感心してしまう。
……こういうの、上忍のスキルなのかパパとしてのスキルなのかいまいちわからないが、ちょっと参考になる。
「……あ、俺菊の露に用事あったの思い出した。ちょっと様子見ついでに行ってくるわ」
「あ、うん、行ってらっしゃい」
吟くんの方は頼んだ、という目で送り出してくれる茶紺。正直あんまり期待はしないで欲しいが、どの道二人の兄貴分としてはやはり放ってはおけない。
……とりあえず、元気が無かった理由だけでもわかればいいな。
そう思いながら俺は、帰ってきたばかりの家をあとにした。
* * *
卯李兄には、見られたくなかった。
だから、体がかってに動いていた。
にげるようにお家にかえってきて、つゆりの呼び止める声も聞かずまっすぐに奥の部屋にとびこんで、閉じこもる。
しばらくたたみの上でうずくまった後、気づいたら僕はいつもはぜったい自分からは近づかない鏡の前にすわっていた。
鏡の中では、だいきらいな僕の目が今にも泣きそうにゆがんでいる。
「悪魔じゃない……僕は……僕は……」
思い出してしまうのは、楽兄のお祝いパーティーでたまたま聞いてしまったお話。
あの人は、あのお兄さんの亡骸は、目をくりぬかれていたというお話。
なんどか菊の露にきていたお兄さん。その目をはじめて見たとき、僕はすごくびっくりしてしまった。
なぜなら、僕の目とそっくりの色をしていたから。
この里ではあの目をもっていても、悪魔の目と言われて、石をなげられて、いばしょがなくなるなんてことはないのだと、お兄さんを見て気づいた。
それでも、僕は自分の目を見せることはできなかった。
こわかった。いつかみんなもあの里の人のようになってしまうんじゃないかと、もうあんな目にはあいたくないと、どうしてもそう思ってしまって。
でもお兄さんを見ていると、いつか僕もあんなふうに目の色を気にしないようになれるかもしれない、とも思えていた。
──────お兄さんが、にんむ中に殺されてしまったと聞くまでは。
それを聞いたしゅんかん、僕は気づいてしまった。
きっとこの目のせいで、殺されてしまったのだということに。
そしてそれは目がくりぬかれていたという話を聞いたことで、かくしんに変わった。
かくさなきゃ。
この目は、かくさなければならない。
ぜったいに、見られてはいけない。
卯李兄にも、楽兄にも、つゆりにも、ぜったい。
だから、卯李兄から逃げてしまった。
卯李兄の手が近づくそのいっしゅんで、あの里の人たちを思い出してしまったから。
『人狼じゃなくて悪魔の仕業だったんだ』
『探せ! 逃がすな!』
「……はぁ……、はっ……」
まるで今聞こえているような、あの里の人たちの声。
思い出せば思い出すほど、息が苦しくなる。
『ヒッ……! うそ、だろ……お前…本当にアイツらを殺して……!!』
『ぎゃあああ!!』
『やめろ…来るな…嫌だ殺されたくない…ッ』
「はぁ、はっ、……っはぁ、は……、ッ!?」
とつぜん、知らないはずの景色がうかぶ。
里から逃げ出したとき……追いかけてきた大人たちが……こちらを見ておびえて……それから……血が……
これは本当に……僕の見た光景…なの……?
「……ッッッ、ひ、ぅ、やめっ……はぁっ、いや、だ……ッ、はあ、はっ……」
息がうまく吸えなくてせきこむ。
苦しい。苦しい。呼吸をととのえようとすればするほど、苦しくなっていく。
それでも記憶は止まない。
見たくないのに、思い出したくないのに、こわくてしかたないのに、止んでくれない。
『君は悪魔の子なんて生温いものじゃない』
「ひ……ッ」
あの声だ。頭の中からひびいてくるあのぶきみな声。
恐怖と苦しさで、なみだがあふれてくる。
呼吸は、ととのわない。
だんだん手足がしびれてきて、まともにすわっていられなくなる。
苦しい。こわい。
頭までいたくなってきて、それでも息はうまく吸えなくて、むせかえる。
このまま息ができなかったら、僕は───────そんなことを考えた、そのとき
「吟!! 大丈夫か!?」
「な、はぁっ……らく、にぃ……っ!?」
* * *
買い物ついでに、吟の様子を見にやって来た菊の露。
吟が居るという部屋の襖を開けた瞬間、俺は心臓が止まるかと思った。
「……落ち着いたか?」
「う、うん……」
襖を開けて真っ先に目に入ったのは、畳の上に転がって苦しそうにする吟だった。
予想もしていない光景に俺までパニックになりかけたのだが、『過呼吸は精神的なストレスや恐怖から起こるもの、時間経過で必ず落ち着く』といつかに聞いたことがあったのを思い出し、とにかく吟の気持ちを落ち着かせようと背中をさすったりゆっくり呼吸させたりしながら「大丈夫、じきに落ち着くからな、苦しいな、でも怖くないからな、大丈夫だぞ」とひたすら話しかけ続けた。(ぶっちゃけ俺のメンタルが大丈夫じゃなかったのだが)
すると段々吟は落ち着いて、俺もやっと一息つくことができた……というのがここ数分での出来事だ。
このことで元気が無いどころの話ではなかったことを察して、待てこれ俺に抱えきれる問題か……? と怖気付いてしまいそうになる。が、まずは話を聞いてみないことには始まらない。
……とはいえ、無理に話させてまた過呼吸を引き起こしてしまったらと思うと、やはり怖くて聞けない。うぅん、どうしよう。
水を飲む吟を見ながらそう考え込んでいると、ふと、小さな声で質問が飛んできた。
「……らくにぃ、みた……?」
「へ? 見たって…何を……?」
「僕の……目………」
「あ、うん……見たけど……?」
聞くなり、またその顔に強い恐怖感を滲ませる吟。……もしかして、ていうかこれは確実に、〝目〟が原因かな。
前髪を伸ばしていたのは、人見知りで相手の目を見て話せないからとかではなく、目を見られたくなかったから……か。
「ごっ、ごめん……嫌だったか……?」
「……っ、えっと……その……楽兄は…なんとも思わなかったの……?」
「え、いや、すげー綺麗な目してんなって……思った……ぞ……?」
何が地雷ワードか分からないため恐る恐る発した俺のその言葉に、吟は少しの間キョトンとする。
まずいか……やったか俺……と内心焦っていると、吟はぽろぽろと涙を零し始めた。それを受け、本格的に焦る俺。
「なっ……ごめん!! や、ちょ、まさか泣くほど嫌とは思わなかっ…ごめんな!?!!」
「ちが、ちがうの……ちがうよ楽兄……」
吟は次々溢れてくる涙を手で拭いながら、嗚咽しながらも言葉を紡いでくれる。
「……っ、あのね……、はじめて…きれいって……っ、ぅ、うれしくて……」
「……!!」
それから吟はしばらく泣いていた。俺は若干おろおろしつつも、さっきやったように背中をさすりながら、落ち着くのを待った。
そうして泣き止むと、吟は俯きながらそっと俺に体を預け、震える声で言った。
「……楽兄は、なんで……怖がらないの……?」
「いや……そもそも怖がる意味がわかんねえっつか……俺だって赤目だし……え、あれ、もしかして俺の目怖い?」
「……!!!」
吟はハッとしたように体を離し、ブンブンと首を横に振る。
「はは、ならよかった。……な、もっかいちゃんと見てもいい?」
「………………うん……」
「嫌そうだな、やめとこうか」
「だ、大丈夫……」
「そう……? んじゃ…」
そっと、できるだけ怖くないように優しくその長い前髪を上げる。
すると、少し垂れ目がちなその目があらわになった。俺よりずっと鮮やかで透き通るような、それでいて緑や黄色に輝いてるようにも見えるまるで宝石のような赤。それをじっと見つめて、ふ、笑う。
「……うん、やっぱ超綺麗」
「……っ!」
「キラキラしてて宝石みてぇ。俺は好きだな。怖いとか全然思わねえよ」
「ぶきみじゃ……ない……?」
「おう」
ふと、吟の背後にある鏡に視線が向く。そこに映るの俺の目は、吟と同じ垂れ目がちな赤目をしていて。
「……あれな、赤い目、俺とお揃いだな!」
言いながら、にまっと笑ってみせた。
すると吟は目を見開いて驚く。
「そ、そんな……楽兄とおそろいだなんて……」
「んだよー! 同じ赤だろー!? 俺とお揃いは嫌かぁ~~!?」
「ひ、あ、ちがくて……! 僕なんかが楽兄とおそろいなんて……おこがましい……かなって……」
「何言ってんだ? むしろお前のが綺麗なんだからさ、ただの赤目と一緒にすんじゃねえこちとら宝石やぞ、くらいの気持ちでいりゃいいんだよ」
「そ、それはむりだよ~……!」
「っはは、だよな」
というか、初めて言われたってことは梅雨梨にも見せてなかったりすんのかな。
流石に一緒に暮らしてると何かの拍子に見たりはしてそうだけど……あれだな、見てたとしても吟が隠したがってるのをよく知ってるであろう梅雨梨は無理に話題に出したりしねえよな。
……にしても、吟の言動から察するにこの目で過去に何かがあった……というのは確定だろう。
今思い出させるのは悪手すぎる気がするからこれ以上は聞けないが、明らかにこの歳の子供が一人で背負うには重すぎるものを背負っているであろうことだけはわかった。
いつか自分から話してくれたらいいんだけど、まあでも話したくなかったらそれでも……なんて思いながら、吟の頭を優しく撫でた。
「……ふは、泣き虫」
「な、泣いてない……っ」
「はは、冗談。……でもいいんだぞ、泣いても」
「……!」
「詳しいことはなんもわかんねえけどさ、全部一人で背負う必要なんてないんだからな。……つかお前マジでしっかりし過ぎなんだよ。辛かったら辛いって言っていいし、周り頼れよ。俺とかほら、頼りないかもだけど兄貴分だし、ちゃんと一緒に背負ってやっからさ」
「……っ、ずるいよ楽兄……」
そう言って、吟は俺に抱き着いて泣き出した。珍しい姿に俺は思わず「お、おお……」とびっくりしてしまうが、とりあえず抱き締めて、泣き止むのをただ待ったのだった。
* * *
「目、腫れちゃったなぁ」
「いいの、どうせかくすから」
楽兄は「そっか」と微笑んで、僕の頭をやさしくなでてくれる。
「ちょっとはスッキリしたか?」
「うんっ」
人にこの目を見せるのが怖いことには変わりない。
それでも、楽兄がきれい、すきだと言ってくれたことで、気もちはずっとかるくなった。
ねえ楽兄、楽兄のおかげで夢ができたよ。
僕も楽兄みたいに、正しい心をもった忍びになるって夢が。
こまってる人の味方になれるような、そしていつか楽兄がこまったときにこんどは僕が力になれるような、そんな忍びに。
……それから、苦しくなったときに見た、あの光景。
あれが本当なら、僕は人を殺してしまったことになる。殺そうとしてきたのはあっちだったとはいえ、殺人は殺人だ。
それにあのときだけではない。里での人狼さわぎの犯人も、本当に僕なのかもしれない。
このことが知れてしまったら、そのとき僕はばつを受けるだろう。
でも今は夢のためにも、知られるわけにはいかない。
だからせめて、知れる日がくるまで、一人でもおおくの人の役に立って、できるだけつぐなおう。
そのためにもまずは卯李兄に、ちゃんと目を見てごめんねを言うんだ。
しんぱいしてくれたのに、逃げちゃってごめんねって。
でも、その前に。
「楽兄っ!」
「……ん?」
楽兄の手を引き、見上げる。
それから目を合わせて、たくさんあるおれいのかわりに、めいっぱいの笑顔で。
「赤、おそろいっ!」
そのときの楽兄のうれしそうな顔を、僕はずっとわすれないだろう。
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